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『異世界退職代行』〜魔王軍から勇者パーティまで、不当な契約をアンバインド(解放)します〜  作者: 街角のコータロー
世界退職(ワールド・アンバインド)編

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第14話 【最後の署名】自由の契約主体、アンバインド(更新)します

天界が消滅し、空にはただ、どこまでも透明な青が広がっていた。

 ゼノンとルナ、そしてオーウェン所長の三人は、ゆっくりと地上へと降り立った。

 

 

 かつて戦場だった荒野には、今や神の呪縛から解き放たれた数万の民衆が集まり、戸惑いながらも、互いの無事を確認し合っていた。

 「……ゼノンさん。……見てください。……みんな、自分の足で立っています」

 実体化したルナが、その温かな手でゼノンの腕を掴む。

 

 

 全能感を失ったゼノンの瞳には、もう数式や因果の糸は見えない。

 

 

 ただ、埃っぽく、騒がしく、それでいて生命力に満ちた「人間たちの営み」が映っていた。

 「……ええ。……これからは、誰に指示されることもなく、彼ら自身が『契約主体』となって明日を切り拓く。

 

 

 ……事務屋としては、……管理コストが跳ね上がりそうで、気が重いですがね」

 ゼノンはいつものように眼鏡を押し上げ、不敵に口角を上げた。

 「――やあ、ゼノン殿!! ――遅かったじゃないか!」

 人混みを割って現れたのは、黄金の加護を失い、ボロボロの鋼の剣を腰に下げたアルフレッドだった。

 

 

 その顔には、かつての「選ばれた勇者」という悲壮感はなく、一人の「若きリーダー」としての清々しい自信が漲っていた。

 「……アルフレッド様。……その格好、随分と『低予算』になりましたね」

 「ははは! 言ってくれるね。……加護も聖剣もないが、……僕は今、初めて自分の力でこの大陸を守っていると実感している。

 

 

 ……これから僕は、勇者連合を『復興支援ギルド』に書き換えるつもりだよ。……ゼノン殿、その時はまた、手続きを頼む。」

 「……ええ。……相応の『手数料』を準備しておいてください」

 アルフレッドと固い握手を交わす。

 

 

 その隣には、魔王ゼクスが腕を組んで立っていた。

 「……フン。……神がいない世界など、魔王にとっては退屈極まりない。

 

 

 ……だが、ゼノン。……お前の言った通り、我が軍の技術(魔導科学)を、これからは『世界の再建インフラ』に投資することにした。

 

 

 ……我が『魔王ホールディングス』の株、……今のうちに買っておいて損はないぞ?」

 「……検討しておきます、陛下」

 さらに、背後からはカナデがノートパソコン(今や自作の魔導計算機)を叩きながら駆け寄ってきた。

 「ゼノンさーん! ルナさーん!

 

 

 ……見てください! 世界中のステータス画面を『個人用日記帳』に魔改造しちゃいました!

 

 

 ……これからは、自分のレベルは自分で決める時代ですよ!」

 「……相変わらず、規約破りの天才ですね、カナデ様」

 そして、遠くの木陰には、体中を包帯で巻いたカインが、皮肉げな笑みを浮かべて寄りかかっていた。

 「……ケッ、しけた面してんな、ゼノン。

 

 

 ……俺の『再契約』の能力も、これからは不当労働を強いるクソ野郎どもを縛るために使ってやるよ。

 

 

 ……お前の『アンバインド』とは、また違うやり方でな」

 「……ええ。……あなたらしい、最悪の『債権回収』を期待していますよ」

 かつての依頼人たち、そしてライバル。

 

 

 彼ら全員が、神の筋書きから外れ、自分たちの「意志サイン」で人生を歩み始めていた。

 「……さて。……ルナ。……我々も、最後の手続きをしましょうか」

 「……え? ……最後の手続き?」

 ゼノンは懐から、一枚の真っ白な契約書を取り出した。

 

 

 それは、退職代行『アンバインド』の事務所用ではなく、ゼノン個人が用意した、この世に一枚しかない書類。

 「……ルナ。……あなたはもう、私の『デバイス』ではありません。

 

 

 ……一人の人間として、……これからも私の隣で、世界を『整理』し続けるつもりはありますか?」

 ゼノンが差し出したペンの先を、ルナはじっと見つめる。

 「……それって、……『業務委託』ですか?

 

 

 ……それとも……」

 「……いえ。……生涯にわたる『共同経営パートナーシップ』の提案です」

 ゼノンは珍しく、少しだけ視線を逸らし、頬を微かに染めて言った。

 「……ふふっ。……いいですよ。……でも、私の『報酬』、高いですよ?

 

 

 ……朝のコーヒーは絶対一緒に飲むこと。……それから、たまにはギャグを言って笑わせてくれること!」

 「……前者は受理しますが、後者は『要検討』ですね」

 ルナは満面の笑みで、ゼノンのペンを受け取った。

 

 

 真っ白な紙に、二人の名前が並んで記される。

 

 

 それは、神の法も、天界の規約も関係ない。

 

 

 一人の男と、一人の女が、自分の意志で交わした「世界で最も自由な契約」であった。

 「――よし! 決まりだな!」

 オーウェン所長が、三人の署名を満足げに眺め、空のポットを掲げた。

 「……じゃあ、帰るとしようか。

 

 

 ……『かえる』だけに……『かえる』が鳴くから……、なーんてね!」

 「「…………」」

 ゼノンとルナの冷ややかな沈黙を置き去りに、所長は鼻歌を歌いながら、夕暮れに染まり始めた道を歩き出す。

 「……行きましょう、ルナ。……明日の朝の『事務作業』は、きっと山積みですよ」

 「はい、マスター!!」

 二人は並んで歩き始めた。

 

 

 長く、苦しく、不条理だった「世界の退職手続き」は、今、ここに完了した。

 物語は、最高の「朝」へ。



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