第3話 【人質(担保)の正体】偽りの愛、アンバインド(看破)します
「――あははは! さすがは兄弟子、気づくのが早いな!」
深海第8プラントの制御室。
カインが耳をつんざくような高笑いと共に、コンソールのスイッチを乱暴に叩いた。
「そうだ。カナデちゃんが毎日欠かさずビデオ通話している『お父さん』も『お母さん』も……。
全部、この施設内のサーバーが生成している高精度なホログラム(AI)だよ!」
その言葉を聞いた瞬間、カナデの体が目に見えて震え、演算ヘッドセットから火花が散った。
「……嘘。……嘘だよ……。昨日も、お母さん、笑って……『頑張ってね』って……」
「残念だったな! 彼女の両親は、三年前の帝国崩壊の際、既に『退職(死亡)』済みだ。
だが、あの子はあまりに優秀だった。……絶望して死なれちゃ、演算の効率が悪い。
だから俺が、『優しい契約』をプレゼントしてやったんだよ!」
カインが空中に、黄金色の契約書をホログラムで展開する。
「【第12条:被雇用者が最高出力を維持する限り、指定された親族の『生存ログ』を維持・更新し続けるものとする】。
死んでる奴を『生きてる』と定義し直してやる……。これ以上の福利厚生がどこにある?
彼女は、偽物でもいいから両親を愛していたい。……だから、俺に魂を売ったんだよッ!!」
「……悪趣味な、カスタマーサービスですね」
ゼノンが、氷のような声で遮った。
「カイン。……貴様は、死者にまで『残業』を強いている。
この契約は、存続不可能です。……法的にも、倫理的にも」
「法だと!? 誰がこの深海3000メートルまで訴状を届けに来るんだよ!
ここでは俺のロジックが神なんだッ!!」
カインが指を鳴らすと、カナデの周囲に無数の赤い警告アラートが立ち上がった。
強制的な精神負荷。
カナデの意識を、無理やり演算の渦に引きずり戻そうとする。
「……いや……嫌だよ……お父さん……お母さん……!!」
「――ルナ。……『家族』という名の不正データの、全削除を開始します」
『了解、ゼノンさん! ――メインサーバーへ強制監査介入!
偽造された生存ログ……見つけました! これを削除すれば、カナデさんは「真実」に直面します。
……いいんですか? 彼女、壊れちゃうかもしれませんよ!?』
「……傷口を塞ぐ前に、膿を出さねばなりません。
……カナデ様。……一度だけ、私の『事務処理』を信じてください」
ゼノンが、所長から託された黒革のバインダーを高く掲げた。
「アンバインド・フェイクメモリー(虚飾の解放)。
対象:海洋都市第8プラント内、全仮想人格データ。
定義:それらは家族ではなく、ただの『電子ゴミ』である」
キィィィィィィィィィン!!
ゼノンの指先から放たれた青い閃光が、サーバーラックを直撃した。
「な……!? 何を……ッ!!」
カインが慌てて防壁を張ろうとするが、遅い。
カナデの目の前で微笑んでいた「両親」のホログラムが、ノイズと共に掻き消え、無機質な文字列へと還元されていく。
静寂が、深海プラントを包んだ。
「……あ……。……消え、ちゃった……」
カナデの声は、今にも消え入りそうに細い。
だが、その瞳には、三年ぶりに「現実」を映す光が戻っていた。
「……カイン。……貴様の罪は、彼女を騙したことではありません。
……彼女が『両親の死』を悼み、乗り越えるための『時間』を奪い続けたことです」
ゼノンが一歩前へ出る。
その足音は、静かな怒りを含んで、硬い金属床に響いた。
「人は、失ったからこそ、歩き出せる。
死者をサーバーの奴隷として使い回す貴様のやり方は、
……事務屋として、『最低』の『採点』です」
「……ふ、ふざけるなッ!! 綺麗事を並べやがって!
真実を知って、あの子に何が残る!?
絶望して動かなくなった部品に、どんな価値があるってんだッ!!」
カインが激昂し、コンソールの奥から「強制執行用の魔導針」を起動させる。
「価値を決めるのは貴様ではない。……彼女自身だ」
ゼノンは、バインダーから一枚の「白紙の退職願」を取り出し、震えるカナデの手元へと滑らせた。
「……カナデ様。……ここに、あなたの名前を書いてください。
それは家族を捨てるための署名ではありません。
……自分自身の人生を、自分の手に『再就職(取り戻す)』ための署名です」
カナデは、涙で濡れた顔を上げ、ゼノンを見つめた。
その背後に、かつての自分と同じように「誰かのために」自分を殺してきた男の影を見た。
「……私……。……私、もう……嘘の笑顔は見たくない……!!」
カナデが、震える手でペンを握りしめた。
「お、おい! やめろカナデ! サインしたら、お前の全資産を『違約金』として没収するぞッ!!」
「――没収、ですか」
ゼノンが冷たく笑った。
「……ルナ。……彼女の『負債』、すべてアンバインド・ホールディングスに付け替えておきなさい。
……利息を含めて、魔王ゼクス陛下に請求を回せば、彼らも喜んで支払うでしょう」
『了解! ――債務の「魔王軍への一括譲渡(M&A)」、完了しましたー!
カインさん。……今のあなたは、魔王軍を相手に『借金取り』をしなきゃいけなくなりましたよ?
……頑張ってくださいね、命は『大事』に!』
「な……な、な……ッ!!」
顔を真っ赤にして絶句するカインを余所に、カナデは最後の一筆を、力強く書き込んだ。
「――受理、いたしました」
ゼノンがバインダーを「パタン」と閉じたその瞬間。
深海プラント全体の照明が、解放の青へと塗り替えられた。
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