第5話:組織の存続、アンバインド(倒産)します
アデルバイド王国とガレリア帝国の国境、通称「断罪の平原」。
そこには、両国の全戦力が集結していた。
数万の重装騎士、数千の魔導兵、そして帝国が誇る「無停止型(24時間稼働)ゴーレム部隊」。
その中央、巨大な処刑台の上には、ゼノンが救った兵士や聖女たちの「家族」が、魔法の鎖で繋がれ、見せしめにされていた。
「――さあ、出てこい代行屋ッ!!」
処刑台の上で声を張り上げたのは、王国騎士団の生き残りであるバッシュ、そして帝国司令官アイアンサイド。
彼らはゼノンの呪いを「一時的な魔力注入」で無理やり抑え込み、狂気に満ちた目で周囲を睨みつけていた。
「貴様が救った連中の家族は預かったぞ!
今すぐ投降し、我ら巨大組織の軍門に降れ! さもなくば、この者たちの命はないッ!!」
「クハハハ! 結局は力なのだッ!
いくら屁理屈を並べようと、数と暴力がすべてを支配するッ!!」
連合軍が武器を打ち鳴らし、大地を揺らす。
その圧倒的な威圧感の前に、世界が絶望に沈むかと思われた、その時。
「――『数』と『暴力』。なるほど、前時代的で分かりやすい、倒産寸前の企業の断末魔ですね」
静寂を切り裂き、処刑台の目の前に、黒いコートの男が一人で現れた。
ゼノンである。
「来たかッ! 愚か者が! 貴様一人で、この数万の軍勢に勝てると思っているのかッ!?」
「一人? ……いいえ、違いますよ」
ゼノンは無造作に、手に持ったバインダーを宙に放り投げた。
バインダーは魔法の光を放ちながら展開され、巨大なスクリーンとなって空を覆い尽くす。
「本日午前9時を以て、アデルバイド王国およびガレリア帝国の全資産は、――『差し押さえ』られました」
「……は? 差し押さえだと? 何をバカな……」
『本当ですよー! アイアンサイドおじさん! ――ルナです!
あなたたちが家族を拉致するために動かした「極秘の軍事予算」……。
実はそれ、我が「アンバインド・フィナンシャル」が発行した高利貸し(債権)から流用されてたんです!』
連合軍の足元から、黄金の魔法陣が浮かび上がる。
「なっ……何だ、この陣は!? 魔力が……吸い取られていく!?」
「あなた方が軍を維持するために費やした莫大なコスト。
その支払いが滞ったため、契約に基づき、兵士たちの『装備』と『魔力』、そして『給与』を強制的に回収させていただきます」
ゼノンが指を鳴らした瞬間。
カシャン、カシャン、カシャン!!
数万の騎士たちが纏っていた最高級の鎧が、一斉に霧散して消えた。
後に残されたのは、パンツ一丁で震える、ただの男たちの群れだった。
「あ、俺の剣が消えた!?」「盾もだ! なんでだ!!」
「――アンバインド・アセット(資産の解放)」
さらにルナの声が響く。
『あ、忘れてました。帝国と王国の「王宮」も、今この瞬間、競売にかけられて売却完了しました!
買い手は……魔王ゼクス陛下です!
今日からあなたたちのお城、魔王軍の「従業員保養所」になりますので、速やかに立ち退いてくださーい!』
「ば、バカな……!! 城が売られただと!? 我が国が……消えたというのかッ!!」
バッシュとアイアンサイドが絶叫する。
権力という鎧を剥がされ、経済という基盤を失った彼らは、もはや道化でしかなかった。
「――仕上げです。ルナ。全兵士へ『最終通告』を」
『了解! ――連合軍の皆さん!
あなたたちの主君は破産しました。給料は一銭も出ません。
今すぐその武器(残った棒切れ)を捨てて、ゼノンさんに降伏すれば……。
魔王領の「家族再会ツアー・焼肉食べ放題付き」へのチケットを差し上げまーす!』
兵士たちの間に、劇的な沈黙が流れた後。
「……やってられるかぁぁッ!!」「俺も家族のところへ行くぞッ!!」
数万の兵士たちが一斉に反旗を翻し、処刑台を守っていたガードたちを叩きのめした。
「家族」たちは次々と解放され、兵士たちと抱き合い、涙を流す。
「ま、待て! お前ら、国への忠誠はどうしたんだッ!!」
「――忠誠とは、愛する家族を守る組織にのみ捧げるものです」
ゼノンは、処刑台の上で孤立したバッシュとアイアンサイドを見下ろした。
「あなた方は、組織を守るために家族を奪った。
その瞬間に、あなた方の『国』という会社は倒産したのですよ」
ゼノンが杖を振ると、二人を縛っていた抑止魔法が解け、激しい眠気と疲労が彼らを襲う。
「……が、は……。俺たちの……帝国が……王国の栄光が……」
「……さようなら。……無能な経営陣」
バッシュとアイアンサイドは、自分たちが裏切った数万の「元社員」たちの怒声に包まれながら、無様に地面を転がり、絶望の中で意識を失った。
地平線の向こうから、魔王ゼクス率いる「救援物資(お弁当)部隊」が、温かい湯気を立ててやってくる。
戦場だった場所は、今や巨大な「合同就職説明会」と「祝賀会場」へと変貌していた。
「……完璧なアンバインドでしたね、ゼノン」
歩み寄ってきたゼクスが、感嘆の声を漏らす。
「いいえ。……本当のアンバインドは、これからです」
ゼノンは、再会を喜ぶ家族たちの笑顔を見つめ、静かに眼鏡を拭いた。
「世界中のブラック組織が消えるまで……。
私のバインダーが閉じることはありません」
退職代行『アンバインド』。
彼らの伝説は、今、真の平和の歴史として刻まれ始めた。
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