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太陽を飲み込め

 思いがけない指名に、鳩が豆鉄砲を食ったかのように固まる秘書さん。


 「わ……私ですか?」


 「えぇ、この中で飛べるのはあなただけですから!教えて欲しいんですが、俺を抱えて飛べますか?こう、緩やかに落下する程度でいいんで」


 「何なのです、貴方は。私に心中せよとおっしゃりますか!?はっ、まさかあのときのことを根にもって……」

 「時間がないんです!早く!」

 「……短い間ならおそらく。でも、宙に浮かぶなんて恐ろしい真似、嫌ですよ!」

 「お願いします!あなただけが希望なんです!」

 鳥のくせに何言ってんだよといいたいのを堪え、宥める。



 「カトレア殿……餅太朗殿への助力をお願いできないでしょうか」

 秘書さんに頭を下げる将軍。

 「頭を上げてください!……あぁ!わかりましたよ!協力すればよいのでしょう!?」

 「ありがとうございます!ではこちらへ。メープル頼む」

 「……無理や過信はするなよ」

 「あぁ、こんなところで死ぬつもりはないからな」

 こちらの返答に頷くと、メープルはいつぞやの液体を取り出し、掌や腕にかける。


 「万人の守護者たる双水の女神よ、敬虔(けいけん)なる信徒の願いを聞き届け(たま)え。我、水の羽衣を求める者なり。聖なる水を依代に、(おの)が魔力を供物とし捧げん。災禍と渇きを退け、彼の者らに安寧を。万界揺蕩(たゆた)う水の精霊たちよ、女神の眷属たる其方らに望む。その身に宿しマナを我らの力に。彼の者らを包み、守り給え……シャウムキュッセ」

ひんやりとした半透明の泡が全身を覆う。


 「ありがとう、メープル。将軍たちは避難してください」

 「……わかりました。餅太朗殿、カトレア殿、どうかご無事で」

 「死んだら元も子もねぇんだ。無理はすんなよ!」

 将軍たちが避難するのを見送る。



 城壁の上には秘書さんと二人きり。

 「それで……その作戦とやらを教えてもらってもよろしいでしょうか?フォールロックのために命を懸ける覚悟は、元よりできておりますが、可能性の低い作戦で命を浪費するつもりはありませんので」

 「では説……」

 「またせたなぁ!蛮族共!!」


 響き渡るガラガラ声。

 

 ついに極大魔法が完成してしまったらしい。

 城壁の外へ目を遣れば、汗だくで苦しそうな顔の魔族。

 単純に暑いのか、極大魔法だけあって負担が大きいのか。

 しかし、不敵な笑みを浮かべている。

 

 「がははは!随分と数が減ったじゃねぇの!恐れをなして逃げたか!だが、今更逃げたところで間に合うようなチンケな魔法じゃねぇ!無駄なんだよ無駄ぁ!さぁ、これは始まりのゴングだ。最後の仕上げイクぜ!!!」

 

 「やばい!秘書さん!俺が今から言う通りに動いて!」


 「四荒八極を照らし一木一草すら灰燼と帰せ!マジカルメラメラパンパンカッカみんなまとめて燃えてなくなぁ~れ……改め、ゼンザイ式クルスタッド・オ・パワーボムNEO!!!」

 

 魔族の動作に合わせ、ゆっくりと動き出す太陽。

 いや、デカすぎてゆっくり見えるだけで、実際は結構速そうだ。

 

 

 「もう少し引きつけましょう!」

 「恨みます恨みます恨みます……」

 まさに恨み言が頭のすぐ後ろから聞こえる。


 太陽が近づくにつれ、城壁が赤く照らされる。

 俺の顔も必然的に真っ赤に染まり火照っている。

 それは保護魔法が思いのほか効いていないためか、この状況のためか……。


 というのも、俺たちはいつでも飛び出せるように城壁の端っこに立っているのだが、秘書さんが俺に密着して背中から手を前に回し、なんというか、抱きしめられている体勢なのだ。

 恨み言の度に耳にかかる息や、背中に感じる鳩胸に、身じろぎの度に泡がこすれ合う音、何より鼻をつく甘い香りが何というか……と、いかんいかん。

 そんなことを考えている状況ではない!!


 「さぁ!そろそろです!お願いします!」

 「お父様、お母様先立つ不孝をお許しください……」

 「早く、タイミングが重要なんです!」

 「わかってます!やればいいんでしょ!やれば!」


 秘書さんがその大きな翼を広げ、羽ばたきながら城壁から飛びだす。

 足元がなくなったせいで、身体が下へ引っ張られるのを感じる。

 城壁の上に転がっていたロープでお互いの身体は一応縛ってあるが、基本は秘書さんが腕で俺の腹を抱えている方式なので、内臓が圧迫されてかなりつらい。



 太陽の正面に向かって移動するが、近づくにつれチリチリした感覚が身体を襲う。

 保護膜も限界なのか、焦げるような音と共に次々と泡が蒸発している。

 てか、眩しすぎて目を開けていられない。


 だが、これだけ城壁から離れればもう大丈夫だろう。



 「行きます!アイテムボックス!!」

 右の掌の先へ出現するのは直径25cmの黒円。


 そして、その場に固定されるように意識する。

 「いいって言うまで離れてください!」

 「はい!」

 待ってましたと言わんばかりに後退を始める秘書さん。

 

 「離れすぎると解けちゃうんで、もっとゆっくり!……はい、この場所です!」

その言葉を聞き、ホバリングするようにその場に停止する秘書さん。

 「あの……もっと離れられませんか!?」

 「ここが限界です」

 あからさまに不安気な表情を見せる秘書さん。


 俺だってもっと離れたいが、これ以上離れるとアイテムボックスが解除されてしまう。

 クッキーに蹴とばされ判明した、アイテムボックス空間固定時の解除の仕様。

 あの後検証を重ね、離れられる距離はバッチリ把握している。

 そう考えると、クッキーのシゴキも無駄ではなかったね、うん。



 そうこうしている内に、ゆっくりと黒円に近づく太陽。

 秘書さんと共に固唾を飲んで、その様子を見守る。


 「あの……本当にアレを防げるのですか?」

 秘書さんが不安そうに聞いてくる。


 迫りくる太陽の大きさに比べ、直径25cmの黒円はあまりにも無力に見えるのだろう。


 「勿論」

 心のうちから湧き上がる感情を押さえこみ、自信満々にそう答える。


 《……ですよね!?女神さま!》

 《当然です!何せ自信作ですから!さぁ、偉大なる奇跡の力を世に示すのです!》

 画面越しに何とも調子のよい返事が返ってくる。

 が、今は女神の言葉を信じるしかない。



 太陽はいよいよ黒円に接触するほど接近する。

 その様子はさながら、太陽黒点のようだ。


 そして、太陽が触れそうになったその瞬間……黒円が広がり始めた。


 太陽の行進に合わせ、どんどんと急激に大きくなる黒円。

 今のところ、透過したり突き破ってくる様子はない。

 

 ついには視界を覆いつくすほどに広がり、向こう側が全く見えなくなる。


 広がった黒円により本物の太陽も遮られ、街に暗い影を落とす。

 


 どうだ!行けるか!?

 心臓がバクバク波打つのが聞こえる。

 

 

 永遠に感じられる程に長い時間。

 

 しかし、ついに黒円に動きがあった。

 広がりきった黒円の端がゆっくりと縮小を始めたのだ!


 そして、次第に収縮のスピードも速くなっていき、黒円が元の大きさに戻った時……その先に太陽の姿はなく……


 代わりに視界を埋め尽くしていたのは、無数の牙だった!



 ……はっ!!??



「嫌ぁあああああああ!!!」

 甲高い悲鳴と共に視界がぐるぐる回り、数拍遅れ、凄まじい衝撃が腹部を襲う。

 続いて、身体が引っ張られるのを感じ、反射的に上を見れば、ピンと張られたロープと我武者羅に羽ばたく秘書さんの姿。


 そして、秘書さんと俺の間に存在する、光り輝く巨大な魚。


 ……はっ!?魚!?えっ……何あれ!?



 巨大な魚は、白い大きな翼をバサバサと羽ばたかせており、その度に魚の身体は揺れ、全身を覆う鱗が太陽光を乱反射する。

 そして、どうやらロープを咥えているようで、魚が翼を羽ばたかせる度、必然的にロープの先に繋がれている俺も揺れ動く。


 表情を窺い知れないその眼で虚空を見つめている巨大な魚。

 何を思ったか、その大きな口をだらしなく開ける。

 どうやら、ロープは噛み切られていたようで、魚の口が開くと同時に、我武者羅に羽ばたいていた秘書さんが、制御を取り戻したかのように、飛行を始める。

 

 その瞬間、頭を身体ごと上へ向ける魚。

 次の瞬間には、俺の身体がもの凄い力で上へ引っ張られる。

 

 そして、続けて感じるは浮遊感。

 

 回転する視界の中、魚の歯の出っ張りに引っかかっていた、俺側のロープが外れるのが見え、どうやら俺は宙に放り投げられたのだと気づく。

 

 そして、下から迫るは、人など容易に飲み込めそうな巨大な口と、その内側にびっしりと生える鉄板すら貫通しそうな鋭い牙。

 


 あ……これ、死んだな。



 数秒先には訪れるだろう、己の未来を確信する。


 頭の中では女神が時間を稼げと(わめ)いている。

 だが、足掻こうにも、空中では為す術もない。

 

 魚と違って人は空を飛べないのだ。



 しかし、女神に復活してもらって始まったこの冒険も、これで終わりか。

 

 なんともあっけないものだ。

 

 だが、チートも何もない中、俺にしては頑張ったほうではないだろうか?


 空飛ぶ魚に食べられて終わりというのは予想外だったが、何とか街を守れたわけだしな。


 

 しかし、心残りがないわけではない。

 

 

 どうせ最期なのだ。

 ダメ元でお願いしてみよう。


 《偉大なる女神さま。どうかお願いです。ばぁちゃんを元の世界に帰してあげてください。愚かな信徒の最期の願いです。どうかお願いします》


 急いで打ち込んだ脳内メッセージを送信する。


 

 最期に視界に映ったのは、フォールロックの堅牢な城壁と、城壁より高くそびえる漆黒のエアラクリス。


 思い出されるは昨日の隕石くぐり。

 最期に思い出されるのがそれとは、存外俺も楽しんでいたということか。

 もう一度乗るのを女神と約束したが、こんなことなら10回でも100回でも付き合ってやればよかったか。


 《はぁ……まったく人の子というのは世話が焼ける。ふふん、約束ですよ》


 そんな女神の返答と共に、勝手に発動するアイテムボックスの奇跡。

 俺と魚の中間点に円は固定される。


 「あれ?何で」


 さらにステータスの奇跡が発動し、とても細く、しかし、とんでもなく長い、トライデントのような山字型の石棒が目の高さに出現し、落下を始めた。


 石棒の先端が黒円に触れるや否や、山字の横棒部分が収納可能なサイズまで拡大し、そのサイズを保ったまま収納していく。



 そして、続けて俺も広がった円の中にダイブした。


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