第4話「見えてる理由」
実習室。
白い光。
静かな空気の中で、学生たちが患者役のシミュレーターを囲んでいる。
順番に評価される形式。
ラーナの番は、問題なく終わった。
無駄がない。
正確で、速い。
周りの視線が、自然と集まる。
「やっぱすごいね、ラーナ」
誰かが小声で言う。
ラーナは何も返さない。
ただ、次を見ている。
(……まだ足りない)
そのとき。
「はい次、レオ」
軽い声。
空気が少しだけ変わる。
「はーい」
いつもの調子で前に出る。
気負いはない。
でも。
(……)
ラーナは、視線を外さない。
始まる。
問診。
触診。
判断。
「ここ、痛い?」
柔らかい声。
距離の取り方が自然すぎる。
「じゃあ一回深呼吸してみて」
誘導がうまい。
無理がない。
(……速い)
ラーナの中で、ひとつ評価が変わる。
(でも――)
次の瞬間。
「たぶんこれ、原因ここじゃないでしょ」
さらっと言う。
「……え?」
指導医が、わずかに反応する。
「最初の所見だとそう見えるけど、押したときの反応と、さっきの呼吸のズレ違ったし」
軽い口調のまま。
でも。
ズレていない。
(……見えてる)
ラーナの思考が止まる。
「たぶんこっち。確認していい?」
許可を待つ前に、手が動く。
迷いがない。
結果。
「……正解」
指導医が、短く言う。
空気が、わずかにざわつく。
⸻
終わったあと。
自然と人が集まる。
「レオすごくない?」
「さっきのやつ普通気づかないでしょ」
笑いながら受け流している。
「いやいや、たまたまっしょ」
軽い。
軽すぎる。
(……違う)
ラーナは、その輪の外から見ていた。
(あれは、たまたまじゃない)
⸻
帰り道。
廊下。
「ねえ」
声をかける。
「ん?」
振り返る。
いつもの顔。
「……なんで分かったの」
単刀直入。
「んー?」
少し考えるふりをして、笑う。
「勘?」
「違う」
即答だった。
「即否定ウケるんだけど」
軽く笑う。
でも。
「……見てたでしょ」
一歩踏み込む。
「最初から全部」
「反応も、ズレも」
沈黙。
一瞬だけ。
レオの目が、ほんの少しだけ変わる。
(……今)
ラーナは見逃さない。
「……まあ」
小さく肩をすくめる。
「見てるよ、普通に」
「普通じゃない」
「厳し」
笑う。
でも。
「……親、医者だからさ」
ぽつりと落ちる。
「小さい頃から、ずっと見てた」
一拍。
「診察も、判断も」
軽い口調のまま。
でも。
「癖みたいなもん」
視線を逸らす。
「……それだけ?」
ラーナが問う。
「それだけ」
即答。
「今までは?」
「ん?」
「なんで今ここにいるの」
一瞬だけ、間。
でもすぐに、いつもの顔に戻る。
「……フリーターしてたよ」
「適当に」
軽い声。
「バイトして、遊んで」
「……それ、嘘」
「え、なんで?」
「顔」
短い答え。
レオが一瞬だけ吹き出す。
「なにそれ、顔って」
「今、一瞬だけ違った」
逃がさない。
少しの沈黙。
レオが、ゆっくり息を吐く。
「……めんどくさ」
でも。
嫌そうではない。
「まあいいや」
一歩、距離を詰める。
「気になる?」
「……別に」
「嘘」
即返し。
ラーナの眉がわずかに動く。
「でさ」
レオが、少しだけ声を落とす。
「そんな顔してるけど」
一拍。
「負けて悔しい?」
直球。
「……」
否定しない。
それだけで、十分だった。
レオが、ふっと笑う。
今までで一番、楽しそうに。
「いいね」
一歩、さらに近づく。
「その顔」
低くなる声。
「やっと崩れた」
「……」
ラーナは何も言わない。
でも。
目だけは逸らさない。
「じゃあさ」
レオが軽く手を振る。
「次もちゃんと来いよ、優等生」
振り返ることなく、歩いていく。
⸻
残されたラーナ。
(……あいつ)
静かに、息を吐く。
(適当じゃない)
(見てる)
(積み重ねてる)
一拍。
(……同じだ)
(だから、目を逸らせない)
その事実が。
初めて、はっきりと形になった。




