第1話:全部持ってた、はずだった
金運最強、人運最悪だった男が――
異世界で“真逆の運命”を背負わされます。
ゆるく読める逆転系コメディです。
金には困ったことがなかった。
むしろ、金だけは俺のことを裏切らなかった。
気づけば事業は当たり、投資は外れず、宝くじすら何度か当てた。通帳の数字は増え続け、使い切ることのない資産が積み上がっていく。
だが――人は、違った。
「すみません、やっぱり結婚は……」
三度目の婚約破棄だった。
理由はいつも同じだ。「一緒にいても楽しくない」「何を考えているかわからない」「冷たい人」。言葉を変えているだけで、中身は同じ。
社員もそうだ。金払いはいいはずなのに、気づけば人が辞めていく。残るのは数字だけを見て動く連中か、最初から何かを奪うつもりの連中だけ。
金は集まる。人は離れる。
それが、俺の人生だった。
「……まぁ、今さらか」
夜の高層ビル。最上階のオフィスから見下ろす街は、相変わらず綺麗で、どこか他人事みたいに遠かった。
その時だった。
――ガシャンッ!
背後で、何かが割れる音。
振り返る間もなく、強い衝撃が背中を押した。
「え――」
視界が反転する。
落ちている、と理解した時には、もう遅かった。
最後に見えたのは、割れたガラスと、誰かの影。
そして、思った。
――ああ、最後まで人運は最悪か。
⸻
……はずだった。
⸻
「おぎゃああああああああああ!!」
情けない声が、口から飛び出した。
いや、待て。何だこの声。というか、ここはどこだ。
「生まれたぞ!元気な男の子だ!」
「まぁ……!この子、なんて優しい目をしてるのかしら……!」
――知らない言葉なのに、なぜか理解できる。
それよりも問題は、視界だ。ぼやけている。体が、思うように動かない。
そして、決定的だったのは――
(……小さすぎるだろ、俺の手)
赤ん坊だった。
どう見ても、どう考えても、完全に。
(ふざけんなよ……)
いや、ふざけているのは状況の方か。
死んで、落ちて、気づいたらこれだ。いわゆる“異世界転生”というやつか? そんな都合のいい話、信じたこともなかったのに。
「この子はきっと、人に恵まれる子になるわ」
母親らしき女性が、そう言って俺を抱き上げる。
柔らかい腕だった。
温かくて、安心するような――そんな感覚。
その瞬間、妙な違和感が胸に広がった。
今までの人生で、こんな風に誰かに抱き上げられた記憶が……あっただろうか?
――いや、ない。
断言できる。
俺の人生には、“こういう温度”がなかった。
(……なんだよ、それ)
じわりと、胸の奥が熱くなる。
理解できない感情だった。
だが、それ以上に不可解なことがあった。
周囲の人間の反応だ。
「この子、さっきから笑ってるぞ」
「本当だ……!こんなに愛想のいい子、初めて見た!」
(いや、笑ってねぇよ)
否定したはずなのに、頬の筋肉が勝手に動く。
そして――
「かわいい……!」
「将来はきっと皆に愛される子になるわね」
やけに、周りが優しい。
明らかに、優しすぎる。
(……なんだ、これ)
前世ではありえなかった。
何もしなくても、人が寄ってくる。
しかも、好意的に。
気味が悪いくらいに。
だが――
(悪く、ないな)
そう思ってしまった時点で、もう認めるしかなかった。
俺は今――
“人運最強”の人生に放り込まれたらしい。
そして、数年後。
その代償を、俺は嫌というほど思い知ることになる。
――財布の中身が、常に空になるという形で。
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次回金運最低なことに気づきます。




