書籍化記念SS:ソレイユ男装誕生秘話
「ここまで完成度が高いなんて……」
鏡に映る自分の姿を見つめながら、私はぽつりと呟いた。感心が二割、呆れが八割。そんな複雑な心境である。
鏡の中にいるのは、どう見ても完璧な男性だった。
すらりとした体つきに、涼しげな目元。輪郭はすっきりとしていて、全体的に中性的ではあるものの、きちんと男性らしさがある。想像していた以上に完成度が高い。というか、かなり高い。なんならちょっとタイプですらある。
だが、その完成度の裏には、先輩メイドたちの尋常ではない努力が詰まっている。
「いい? 顔には絶対に触らないでね」
「眉は太めに描いてあるし、鼻筋の横には陰影を出すためにパウダーを入れてるの。唇も、男性らしく見えるように肌色のファンデーションで色味を抑えてあるから」
「……わ、分かりました」
次々に注意事項を告げられ、私は素直に頷く。
ふと、前世の知人だった男装レイヤーの言葉を思い出した。
『コスプレの化粧は、化粧じゃないから。工事だから』
当時は「そうなんだ」くらいに思っていた。けれど、こうして顔に液体やら粉やらを何層も重ねられると、その意味が嫌というほど分かる。顔が少し重たい気がするのも、きっと気のせいではない。
それにしても、だ。
コスプレという概念すらないこの世界で、なぜここまで完成度の高い男装メイクができるのだろう。おそるおそる尋ねてみる。
「先輩方って、どこで男装用のメイクなんて覚えたんですか?」
すると、化粧道具を片づけていたメイドの一人が、少し考えるように手を止めてから答えてくれた。
「昔ね、みんなで話してたのよ。結婚するなら、どんな見た目の男性がいいかって」
「はあ」
「でも話せば話すほど、理想の男性なんてこの世にいないわね、って結論になって」
「それは……ずいぶん悲しい結論ですね」
「でしょう? だから、じゃあ自分たちで理想の顔を作ってみようって話になったの」
なければ作ればいい、の精神である。
その発想に、私は妙な親近感を覚えた。原作で出会わないダミアンとロザリア様を何百万字もかけて出会わせてきた身としては、分からなくもない感情だった。
すると、別の先輩メイドが会話に加わってくる。
「最初はお互いに化粧し合って試してたのよ。でも、なかなか理想通りの顔立ちにはならなかったの」
「そうそう。でも、ソレイユならきっと素敵になると思っていたのよね」
突然名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
彼女は私の顔をしげしげと眺めながら、満足そうに頷く。
「まず背が高いのがいいわ。それに輪郭はシュッとしているし、鼻も高い。顔立ちそのものが整ってるもの」
思いがけない褒め言葉の連打に、じわじわと気分が良くなっていく。
「それに、雰囲気に女っ気が少ないし、胸も絶望的に小さいし」
前言撤回。急に雲行きが怪しくなった。
今はソレイユの体ではあるけれど、前世の私も胸は慎ましい方だったので、妙に他人事と思えない。
けれど先輩たちはそんな私の心境など露知らず、鏡越しの私をうっとりと眺めていた。
「やっぱり私たちの見立ては間違ってなかったわね!」
「素晴らしいわ、ソレイユ!」
「……ありがとうございます」
かなり複雑な気持ちではあったが、相手は先輩である。とりあえず素直に頭を下げておく。
すると彼女たちは、揃って「はぁ~」とため息をついた。
「どこかに素敵な男性はいないかしら」
「分かるわぁ。私も結婚したい」
「……ちなみに、どんな男性が理想なんですか?」
何気なく尋ねてみると、彼女たちは待ってましたとばかりに、淀みなく答え始めた。
「まず顔がいいこと」
「背が高くて、体も鍛えていてほしいわね」
「家柄が良くて、お金も持っていると最高」
「女心が分かっていて、私の生き方に口出ししない人」
「り、理想が高すぎる……」
失礼だとは思いつつ、思わず本音が口をついて出た。
するとメイドたちは、きょとんとした顔で私を見た。
「当然でしょう?」
「私たちは、あのヴァレンティーノ家のメイドなのよ?」
聞きようによっては、ずいぶん尊大な物言いだ。だが、この屋敷のメイドたちはそれを口にするだけの実力があるのも事実だった。
掃除や洗濯、料理補助といった家事全般はもちろん、帳簿をつけたり、屋敷全体の管理を任されたりすることもあるらしい。中には評判を呼んで、他家のメイドに指導へ行く者までいるという。
優秀なメイドが集まっている理由には、「カゼッタ」の存在が大きい。優秀なメイドに関する情報を、絶えず仕入れていると聞いていた。
そして優秀がゆえか、彼女たちはみな自立心も強い。この世界に根強く残る「女性は男性を立てるべき」という価値観を当然のように押しつけてくる男性とは、うまくいかないことも多いらしい。
そのためか、独り身を貫いているメイドがほとんどだった。
先輩メイドの一人が、ふっとやわらかく笑う。
「だから胸を張って行きなさい。私たちが太鼓判を押すんだもの、パーティ会場でいちばん注目を浴びるはずよ」
「が、頑張ります」
そう言われると、緊張と同時に少しだけ勇気も湧いてくる。
私は鏡の中の自分を見つめ、気を引き締めた。
そして、先輩メイドたちの予言通り。
ロザリア様の真珠と、男装した私の登場によって、「アストレイヤの会」で会場の注目をさらうことになるのだが──
それはまた、別のお話である。




