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推しの悪女の侍女になりました 〜断罪フラグ? 推し愛で全てへし折ります〜【書籍化・コミカライズ】  作者: 海城あおの
第三章 ダミアン過去編

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10.美しい推しがキレるとめちゃくちゃ怖い

 

「お待たせしました! ほら、挨拶して!」


 背中をバン!と強く叩かれ、男性は前につんのめった。「いってぇ……」と小さく呟く声が、低く響く。

 女性は私たちに頭を下げ、「ではごゆっくり」と言い残して再び路地裏へ消えた。

 私は男の様子を盗み見る。

 まず目を引いたのは、背の高さだった。百九十センチはあるだろう。

 ボサボサの黒髪はひとまとめに結ばれ、顎には無精髭が伸びている。肌の白さが、室内で過ごす時間の長さを物語っていた。

 うつむくように歩いていた彼は、顔を上げてこちらを見た。長い前髪の陰に隠れて、瞳の色までは見えない。

 彼は後頭部をボリボリと掻くと、面倒そうに尋ねてきた。


「ジュールだ。俺に何の用だ?」

「こちらの商品、どれも素晴らしかったですわ」

「はぁ……どうも」


 褒められても、けだるそうに答えるジュール。その口調には謙遜でも照れでもなく、ただ心底面倒そうな響きがある。

 しかしロザリア様は気にした様子もなく、ジュールに尋ねる。


「単刀直入に聞きますわ。私のブランドの新商品を、依頼することは可能かしら?」

「ブランド?」

「えぇ、『ルストレア』と言うブランドなんですが」


 ジュールの表情が、露骨に面倒くさそうに変わった。「関わりたくない」と顔に書かれている。


「悪いが、そういう依頼は断ってるんだ」

「報酬はお支払いしますわ」

「今のままでも細々とやっていけてるんでね。俺はのんびりとやっていたいんだ」


 ジュールは気怠そうに答えた。

 それでもロザリア様は諦めきれないのか、食い下がった。


「せめてお話だけでもさせていただけませんか?」

「悪いけど、忙しいんでね」


(さっき「のんびりやってる」って言ったばっかじゃない!)


 心の中で思わずツッコんでしまう。

 ロザリア様は小さく息を吐き、指先で頬を叩いた。そして穏やかに微笑みながら言葉を続ける。


「貴方の腕前なら、エルフェリア王国でも名を馳せられると思うのですが」


 その瞬間、男の雰囲気が変わった。


「エル、フェリア……?」

「?」


 ジュールの声が掠れた。その反応に、ロザリア様は首を傾げる。

 先ほどまでの気怠い無関心が、跡形もなく消える。目の前の男は、石のように固まっていた。

「あの?」とロザリア様が呼びかけた瞬間、ジュールが突然、私たちの背後を勢いよく指さした。


「あ!!!」


 ばっと私たちは振り返る。しかし、そこには祭りを楽しむ人々がいるだけだった。異変の気配はない。

 困惑して再度ジュールの方を見るが、彼は忽然と消えていた。


 代わりに──

 でっかい雪だるまが鎮座していた。


 ロザリア様は思わず声を出す。


「────は?」


 すると雪だるまの背後で、何かが閃いた。そして空気を裂くように、何かが飛んでくる。

 危機を察知した私は反射的に叫んだ。


「ロザリア様!」


 そのまま彼女を庇うように体を覆い、雪の上に倒れ込む。雪の上に転がった衝撃とともに、背中にずしりとした感触がのしかかった。

 痛みは──なかった。

 代わりに、冷たい雪玉が後頭部を滑り落ちていった。何が起きたのかと顔をあげたとき、子どもたちが弾けるような笑い声で駆け寄ってくる。


「ねーちゃんたち、雪だらけだ!」

「ジュールおじちゃんと雪合戦してんの?」

「勝てっこないよ! おじちゃん、超つえーから!」


 子どもたちはきゃいきゃいと騒ぎ立ててる。

 一方で、私は心臓がバクバクと鳴るのを感じていた。

 突然現れた雪だるま。さらに大量に投げ込まれた雪玉。

 これは多分──魔法だ。

 この世界で魔法が扱えるのは、ごく限られた貴族だけ。平民の職人が使えるはずない。さらに「エルフェリア王国」と聞いたときの反応。まさか彼は……

 一人の人物が思いついたところで、雪に埋もれていたロザリア様はゆらりと立ち上がった。頭から雪がぱらぱらとこぼれ落ちる。

 その視線は、ジュールが逃げたであろう路地裏を鋭く射貫いていた。


「あの男、よくも私をコケにしてくれたわね」


(ひい! ガチギレモード!!)


 美しいロザリア様が怒っていると迫力がありすぎる。うっすらと微笑んでいるのがさらに恐ろしい。

 ロザリア様は服についた雪を払うと、後ろにいた護衛に命じた。


「護衛たちに伝えなさい」

「はっ!」

「街を包囲するように、私服で待機。そして対象の男がいたら、捕らえて、私の元に連れてきなさい」

「はっ! どのような特徴の男でしょうか!」

「髪は黒で、手入れされていない。無精髭が生えていて、グレーのコートを着ていたわ。でも着替えている可能性があるわね……」


 ロザリア様は指先でこめかみを軽く叩きながら、記憶を正確に引き出していく。


「歩幅は約八十センチ。姿勢は猫背気味。利き手は、右肩がわずかに盛り上がっていたし、おそらく右手ね。あとは職人特有の指ダコがあるわ」


 あの短時間でそこまで把握していたのかと舌を巻く。

 護衛は正義感に満ちた表情で敬礼し、街の中へと消えていった。

 ロザリア様は私の方に向き合った。背筋を伸ばし、彼女の命令を待つ。


「ソレイユ」

「はい!」

「あそこの屋台にあるものを、すべて買い占めてくれる?」


 ロザリア様は街の一角にある屋台を指さした。

 予想外のものが売られており、目を丸くする。するとロザリア様は子どもたちを見下ろし、にやりと笑った。


「買収するわ」



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― 新着の感想 ―
おお、悪役令嬢らしいやり口!(笑) きぃきぃ癇癪を起こしているロザリア様を想像するとちょっと可愛い(*´ω`*)
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