446 【付録】第二次世界大戦後の日本帝国の軍備の変遷(2)
■米ソ冷戦後期の日本軍
ベトナム戦争後、デタント(緊張緩和)を挟んで米ソが過剰すぎる核戦力を向け合って冷戦が激化する。
主にヨーロッパ正面でも巨大な軍備が睨み合った。
日本の場合は、1970年代のうちはデタントに便乗したような形でソ連との軍備は若干減らしたが、共産中華に対しては国境警備を大幅に強化した。
文革により国が崩壊して難民が溢れる事を恐れたからだ。
しかしこの頃の満州の国境防衛は、最悪の場合に備えて多数の難民を撃退する為に特化した、ある意味で不健全な軍備となった。
そして備えこそしたが、軍人数全体の数はほとんど増えていない。
一方で、共産中華での文革が落ち着いた1970年代の半ばに、日本軍の陣容が米ソ冷戦時代を通じての安定期と言える編成に落ち着いた。
日本帝国は、基本的には限定的な徴兵制を敷いていた。
だが総人口が3億人ともなると、20歳の男子だけで平均して200万人を超える。
例えば1984年度だと、総人口が約3億3500万人で20歳の男子は約250万人いた。
兵役が第二次世界大戦前のように2年だとしたら、兵士の成り手は500万人いることになる。
もちろん健常者しか兵士にはなれないし、ベトナム戦争後の1975年の改訂で兵役は1年とされた。このため最大でも200万人程度。実際は100万人も必要なかった。
何しろ、徴兵された兵士以外にも将校や下士官の職業軍人が加わる。
そしてこの頃の日本帝国軍は、予算の都合もあって総数約120万人。満州を支援して、陸軍の編成を大幅に減らしていた。
陸軍70万人、海軍25万人、空軍22万、戦略宇宙軍3万人、これに国防省の文官組織の5万人が加わる。
有事には予備役兵の動員で兵士を充足し、さらに足りない分を徴兵で充足する。
それに海軍と空軍は専門技術が必要な場合が多く、徴兵された兵士ではあまり役には立たない。
このため平時は、徴兵する兵士の数は抑制されていた。
戦時に予備役で兵士を補充する形なので、120万人のうち半数以上が将校、下士官となる。加えて志願兵で徴兵枠のかなりが埋まってしまうので、徴兵で必要の数は40万人程度。
実際に徴兵されるのは、5人か6人に1人ほどだった。
ただし大学生、理系技術者、一部の職人(技術者)は免除され、また視力など一部の身体能力が審査対象とされたので、それなりに絞られる。
また徴兵される者は、軍に残る道以外に除隊後の就学(主に大学)、就職に優位とされる制度が作られた。
加えて徴兵を能動的に避ける者には、1年間の政府主導の社会奉仕活動を行うことで代替とする制度も設けられた。
そして、第二次世界大戦後も中満戦争、ベトナム戦争と10年置きくらいに戦争をしている影響もあって国民の軍への関心は高く、徴兵への忌避感も比較的弱く、軍が徴兵で苦労するという事はなかった。
徴兵制度自体は、米ソ冷戦の終了に伴う大幅な軍備削減の影響で1992年に一部制限され、1995年に廃止された。以後は志願性軍隊となっている。
21世紀の兵員の定数は、全体で80万人程度。
そしてどの時代を見ても、兵員数はアメリカ軍の半分程度だった。
なお米ソ冷戦終了後の兵員削減と徴兵制廃止は、満州防衛をさらに満州国軍に委ねるようになった影響も大きく、陸軍が大幅削減したためだ。
一方の国防予算だが、軍事費は国にとって常に頭の痛い問題だった。
日本帝国も例外ではなく、第二次世界大戦より以前の時代は高い軍事費を捻出するために非常に苦労した。
国が発展してからは比較的楽になり、1960年代に国防予算「GNP3%」の不文律がアメリカとの協調のもとで政治的スローガンの一つとなった。
この「GNP3%」はベトナム戦争の参戦の間は達成できなかったが、ベトナム戦争が終わった1970年代の半ばくらいからは安定した。
しかし「GNP3%」は、米ソ冷戦時代は西側先進国の中では低い方の比率だった。
5%はザラで、アメリカの国防予算は日本と同じ国民所得の時期だと二倍の開きがあった。
例えば1984年の日本の国防予算は、米ドル換算で約950億ドル。これに対してアメリカは、約1800億ドルあった。
同年のソ連が1400億ドル、ドイツが430億ドルなので、どの程度か分かるだろう。
(神の視点より:この世界の1980年代半ばのGNP3%だと約950億ドル=史実の日本円に換算すると約24兆円。史実の日本はGNP1%で3兆円(120億ドル)程度。)
(神の視点より:史実の1984年の国防予算:米:約2000億ドル ソ:約1400億ドル 独:約340億ドル。この世界では、アメリカは5から10%少ない。ドイツは25%多くなる。)
そして、アメリカを除けば潤沢な軍事予算を有するので、日本独自の軍需産業も盛んだった。
加えて満州、韓国という衛星国もあり、自力での兵器生産が行われてきた。
神羅、剣菱など軍需企業も多数あり、衛星国以外への輸出にも積極的だ。
一方では、中満戦争、ベトナム戦争と続いた事もあり、アメリカからの兵器導入も一定程度行われた。また米ソ冷戦もあるので、兵器運用の効率化もあってNATO基準が徐々に取り入れられている。
アメリカ兵器の導入は、1980年代終盤に行われた日米貿易摩擦解消の一環としてのアメリカ製兵器の大量導入などもあり、日本軍の兵器のかなりを占めた。
それでも日本企業による兵器生産、そして独自の兵器体系の維持が行われてきている。
しかし兵器産業は利益の出にくいものだし、兵器は時代とともに高性能になり、そして高価なものになった。開発費も増加し続けた。
このため企業の兵器部門は統廃合されたり、軍需企業同士の合併も進んでいった。
21世紀には戦闘機を製造するのは実質1社だけになり、それですら欧米との共同開発という状況になっていった。
しかし日本の場合は、21世紀になると満州の企業も十分に成長したので満州との共同や合同による兵器開発と調達が日常化している。特に陸空兵器で顕著だった。
海軍の艦船については、日本が長期間世界一の造船大国であり続けた事もあって自力での建造がずっと続いている。
輸出にも積極的で、海軍大国、海運大国としての面子を保ち続けている。
■1990年代以後
米ソ冷戦が終わると、膨大な核軍備、通常戦力を向け合う時代は終わった。少なくとも、米ソ両陣営の間では大幅な軍備の削減が実施されていった。
その象徴のように、もしくは在庫一斉処分のように、1991年の「湾岸戦争」で西側陣営の兵器が大量に使用された。
日本軍も例外ではなく、兵員数で3分の2に削減される。しかしヨーロッパ諸国と比べると削減幅は狭い。
ヨーロッパ諸国が軍備を激減させたのに対して日本の兵力削減が少ないのは、中華人民共和国(共産中華)の存在があったからだ。
しかも共産中華は1980年代から経済発展が始まり、年々軍の近代化と強化も進んでいった。
そして膨大な通常戦力を向け合う時代が終わると、次は非対称戦の時代が到来したと言われる。
通常の軍事力ではなく、一般的には弱者が強者を打ち破るための手段で、ゲリラ戦、テロ、情報戦、民間兵器の利用などを行う戦い方を指す。
しかし日本軍(と満州軍)は、少し違っていた。
満州国境の向こうには、共産中華の人民解放軍の大軍が布陣したままだった。台湾海峡の向こうも同様で、兵隊は並べていないが多数の海空軍が配備されたままだった。
だからこそ日本は、軍備の削減をヨーロッパ諸国ほど行えなかったと言える。
それでも日本は、ソ連がロシアとなって軍備が大幅に減ったのに合わせる。満州国境防衛の多くを国が発展した満州国に任せ、陸軍の大幅削減を実施した。
海空軍も削減したが、削減した規模は陸軍が最も大きかった。
だからこそ、徴兵制も廃止できたと言えるだろう。
その証拠と言うべきか、満州国では21世紀になっても依然として選抜徴兵制が続いている。
日本軍は全体として3分の2の兵員数になったが、陸軍は実質的に半減し、海空軍も8割程度になった。
大型空母の数は、冷戦時代の6隻体制から5隻体制になったのが、分かりやすい削減幅だとされている。
それでも海空軍の装備は金がかかるので、裕福な日本が各国に代わって装備する目的もあって削減幅が少なかった。
一方で増えたのは、非対称戦を前提とした少数精鋭と表現されることもある特殊戦部隊。それに電脳戦などと言われる事もある、電子戦部隊。
また、無人偵察機など遠隔操作による古い言葉で言えばラジコンのような無人兵器を運用する事が急速に増えていった。
また、非対称戦に対応する一環として、PMC(民間軍事会社)も日本で作られるようになった。
要するに正規軍以外の傭兵だが、日本では利権もあって警備会社、安全保障会社の一部門として作られた。
こうした会社は、米ソ冷戦終了に伴う退役軍人の受け入れ先ともなり、日本でも急速に拡大した。
PMCは21世紀に入りアフガン、イラクなどに派遣され、軍の活動の一翼を担った。
活動はアジアが中心で、日本の利権がないこともあって欧米の同種の企業と違い、需要の多いアフリカには殆ど派遣されていない。
一方で、今まで通りの軍備、戦争形態も手は抜いていなかった。
日本そして満州の主な仮想敵は、中華人民共和国、それにロシアもまだまだ仮想敵として十分に脅威だった。
二つの国対しては、従来のものをさらに進歩させた兵器と軍事力が必要で、兵器の開発と配備に余念がなかった。
新たな世代の無人兵器、ドローンの開発も、共産中華が民生を含めて開発が活発なこともあり精力的に行われた。
戦車、戦闘機は定期的に新型が開発され、大型空母も5隻体制ながら新型への更新が行われた。
さらに2010年代からは、一気に近代化と兵力増強を進めた共産中華の人民解放軍に対抗するため、新装備の配備数の大幅な強化が実施された。
軍事費も2010年代から再び増額に転じ、米ソ冷戦時代の最盛期と同様のGDP3%が目安となっている。
(※GDP3%=2020年だと約7000億ドル。史実の為替レート計算だと、80兆円以上。)
核戦力に関しても、配備数はそのままながらアメリカとも連携した弾道弾迎撃能力の向上に余念がなかった。
そうした日本の強気の姿勢は、今後も続いていくと予測されている。




