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15 - エルフの少女



(……あの子、初めて見る)



 お昼過ぎ、訪れてくれた人々で賑わう庭の端っこに、一人所在なさげに佇む少女の姿を見つけた。

 光を反射する美しい銀の髪。長い前髪から僅かにのぞける瞳は宝石よりも美しい赤。透き通るような真っ白な肌――。

 少女の容姿は周りから明らかに浮いていて、目線が吸い寄せられるようだった。初めて見る子だ。手紙教室の噂を聞いてやってきたのだろうか。

 親らしき姿は近くにはない。声をかけるべきか迷ったが、寂しそうな横顔を放っておく気にはなれなくて、驚かせないように小声で声をかけた。



「手紙を書きに来てくれたの?」



 少女は勢いよく顔を上げた。絡んだ視線に、数秒、見惚れてしまう。遠くから見ていたときも整った容姿の少女だと思っていたが、こうして近くで目を合わせると、その美しさに言葉を失った。完璧な造形をしたパーツが、完璧な位置におさまっている。

 不意に丹精込めて作られた人形のような顔立ちが歪んだ。きっと眉が吊り上げられ、赤い瞳が私を睨む。そして、



「何よ、感謝の手紙って……!」



 少女は右手を大きく振りかぶった。何かを投げつけてくるのだと思い、私は咄嗟に身構える。そして彼女の右手をじっと凝視し――くしゃくしゃに丸められた紙が、私の胸元あたりにこつんとあたった。

 被害は全くないものの、突然物を投げつけられたことに驚きを隠せない。彼女の機嫌を損ねるようなことをしてしまっただろうかと疑問に思いつつ、心当たりがない以上どう声をかけるのかが正解か分からなくて、私がまごついている内に少女はその場から走り去ってしまった。



「あ、ちょっと!」



 遠ざかっていく背中を呼び止める。しかし少女が足を止めることはなく、彼女がすぐ先の角を曲がったことで完全に姿を見失ってしまった。

 ――いったいなんだったのだろう。少女の正体は? なぜ彼女は急に怒った?

 晴れないモヤモヤを抱えたまま、投げつけられたくしゃくしゃの紙を拾おうとその場に膝をつく。――と、突然影ができた。太陽と自分の間に誰かが立ったのだと理解し、顔を上げれば、



「どうした、何かあったのか?」



 セルジュが身を屈め、こちらを見つめていた。

 私は丸められた紙を拾って立ち上がる。そして苦笑を浮かべながら答えた。



「私が何か粗相をしてしまったみたいで……って、これ、白紙のメッセージカード……?」



 少女が投げつけてきたのは、どうやら手紙教室のために用意していたメッセージカードだったようだ。やはり誰かに手紙を書きに来たのだろうか。だとしたら、私が不用意に声をかけてしまったことで驚かせた?



「フィフィのところの娘っ子だな、ありゃ」


「フィフィ?」



 背後から割り込んできた声に振り返る。そこには複数人の男女が立っていて、少女が走り去っていった先を見つめていた。



「町のはずれに住んでたエルフだよ。数か月前に死んじまって……まだ幼い子が一人で暮らすのは心細いだろうから、町の中に越してこないかって説得してるんだけどなぁ」



 じょりじょりと髭をさすりながら話してくれたのは漁師の男性。彼は「なぁ」と隣に立っていた女性に声をかけると、その女性は「ねぇ」と相槌を打った。

 エルフ――。その存在は知っている。そしておそらくこの世界にいるだろうと思っていた。だから突然飛び出てきた単語に驚きはしなかったものの、元の世界の娯楽映画から仕入れた不確かな知識しかないため、少女の人種を知れたところでいまいちイメージが掴めない。

 それよりも気になる情報があった。少女は数か月前に親を亡くしている――?



「名前は……なんていったっけか」



 周りの人々に尋ねるように男性が声を張り上げる。しかしその問いに答える人は誰もいなかった。どうやら少女は町の人々との交流がほとんどないようだ。



「フィフィは気さくなエルフだったが、娘っ子は人見知りするみたいで、ほとんど町に来たことはなかったな」


「前見たときよりも痩せて見えたけど……ちゃんと食べてるのかしら」



 人々は口々に心配を口にする。しかし少女が走り去った後を追おうとする人は誰一人としていなかった。

 町はずれに一人で住む、親を亡くしたばかりのエルフの少女。話を聞いて、まず何よりも先にこのまま放っておくことはできないと思った。きっと困っているはずだ。――少し前の、私のように。

 親を亡くし、一人になってしまったときの絶望感を私は知っている。悲しみに泣き、途方に暮れ、未来を見失う。私は幸運にもエヴァ伯爵に拾ってもらい、少しずつ前を向けているけれど、エルフの少女は今も一人で孤独に耐えているかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなかった。



「エルフってあまり人間の集落には馴染まない人種なんですか?」



 その日の夕食時、ドワーフであるメイド・ペルナさんに尋ねてみた。

 ドワーフもエルフもいない世界で生まれ育った私は、彼らの歴史や常識を全く知らないのだ。



「私たちドワーフよりはそうですねぇ。大昔は精霊の使いとして他の人種を導いていた、上位種でしたから」


「むしろ今は絶滅が危惧されている種族だな。長寿の種とされているが、変化にめっぽう弱い繊細な種で、新しい流行り病が出てくる度に確実に数を減らしている」



 ペルナさんの答えに、すかさず同席していたセルジュが補足する。

 かつての上位種。しかし今は絶滅が危惧されている希少種。

 ぼんやりとしていたエルフのイメージが徐々に輪郭を持っていく。



「だがエルフ差別があるわけじゃない。どちらかというとエルフの方が……言葉は悪いが選民思想を持っている者が多く、人間と慣れ合おうとしないんだ」



 人間と慣れ合おうとしないのはやはり過去、上位種であったが故だろうか。しかしだとすると、町のはずれとはいえ人間たちの集落のすぐそばに家を構え、更には交流していたらしい少女の親のエルフは、かなりの変わり者だったのかもしれない。



「フィフィさんという方は……」


「エルフとしてはとても気さくな方でしたねぇ。私たちに対しても好意的で、多くの方々ととても仲良くされていました」



 昔を懐かしむようにペルナさんはしみじみと頷く。彼女自身、フィフィさんと仲が良かったような口ぶりだった。



「娘のルールーも、何度か町に来てはいたんですが、あまり町の子どもたちと馴染めなくて……」



 ルールー。それが町の人々が知らなかったフィフィさんの娘――今朝の少女の名前だろう。やはりペルナさんはフィフィさんたちと交流があったとみて間違いない。それも、他の人たちよりも深い交流が。

 ペルナさんならば知っているかと思い尋ねた。



「ルールーは今どこに住んでいるんですか?」


「フィフィが残した屋敷に一人で住んでいると思います。それ以外に、彼女に行くところはありませんから」



 明日屋敷を訪ねてみようと心に決め、まだ残っていた夕食を冷める前に頂いた。

 ――ルールーはあたたかい食事を食べられているだろうか。

 勝手に彼女の暮らしを想像して、勝手に胸を痛める。今自分が抱いているのは自分勝手で独りよがりな同情だと理解しつつも、ルールーをこのまま一人にしておくことはできそうになかった。



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