霧に溶ける者
俺は数日、城周辺の警備の状況を調査をした。
わかったことは、まるで隙という隙が無いことだ。つねに昼夜問わず兵士が見回りをしており、忍び込むのは極めて困難だろう。
忍び込むことが可能であろう窓には全て鉄格子が設置されており、侵入可能な場所は正面玄関かバルコニーぐらいしか思いつかなかった。しかし当然というべきか、そういう場所にはつねに兵士が常駐しており、そこから侵入するのは難しいだろう。
わかっていたことではあるが、さすがは王の住む城だ。どうあがいても入り込む隙が見当たらなかった。
俺は今まで暗殺する気でいたのだが、どうにも無理そうなので手法を変えることにした。
暗殺ができないというのなら、もう大胆にやってしまおうと思う。
近々帝城前の広場にて、皇帝が直々に演説をするそうだ。
当然警備は厳しいだろうが、手が届かないわけではない。いくら警備が厳しくとも、即興で作られた舞台では穴が必ずあるはずだ。
しかし皇帝の警備にはつねに遠距離攻撃を受けた際に対抗できる魔法使いが常駐しているらしく、遠距離攻撃で殺すのは難しい。
警備さえ素通りすることができれば、殺すこと自体は難しくないだろう。だがそこで問題になるのは、『どうやって皇帝に近づくか』なのだが――俺は《インビジブルミスト》を使おうと思っている。
さすがに視界をうばってしまえば隙ができるはずだ。そこで一気に近づき、首元を掻き切る――。
これでダメならもうお手上げだ。
霧魔法の術者は自身が発生させた霧で視界がぼやけたりすることはなく、ある程度だが鮮明に見ることができる。なので俺が皇帝を見失うことはない。
とりあえず成功し次第すぐに帝都を離れることにしよう。
皇帝が死んだことに気がつかれたら早急に犯人探しが始まるだろう。そうなると町全体の警備がさらに強化され、帝都から出ることが困難になってしまうかもしれない。それは不味い。
まぁ演説は四日後なんだ、まだまだ考える時間はある。妙案が思いつき次第、随時計画を変更していくことにしよう。
―― ―― ―― ―― ――
帝城前の広場には数え切れないほどの民衆が皇帝――『リロイ・メルキオール・ヒドルストン』の演説を聞くために集っていた。
それにともないかなりの数の兵士もおり、皆真剣な顔で警備に当たっている。
広場に作られた舞台の近くにも一際上質な鎧を纏った『近衛騎士』がおり、警備はかなり厳重である。
近衛騎士は一人一人の実力が冒険者でいうCからBランクほどと高く、例え複数人の暴徒が舞台に近づこうとしたとしても、一人残らず斬り捨てられるだろう。
また、舞台のわきには異常な『グレートソード』を携えた男がいた。
その男は退屈そうにしげしげと空を何度も見上げている。
そんな中、しばらくすると皇帝が姿を現した。
皇帝のそばには近衛騎士団の団長や宮廷魔法使いたちなどがおり、その者たちは皇帝からある程度離れ、事前に決められていた場所へと待機した。
『――皆の者!! 私がレナード帝国第六十一代皇帝、リロイ・メルキオール・ヒドルストンである!』
広場の様々な場所に設置されていたマジックアイテムから、皇帝の声が広場に響き渡る。
それを聞いた者は即座に友人などと話を切り上げると、皇帝の声に耳を傾けた。
『昨今、我が国は危機に瀕している! それは、『鉱物資源の不足』だ!! 我が国にある数少ない鉱山も、後五年もすれば底を突くと言われている! だが、隣国のベネット王国は鉱物資源に恵まれている! それはなぜか!? それは昔時、ベネット王国の無頼の徒が不当に我が国の国土を略奪したからだ!!』
皇帝は意気揚々と声を張り上げる。皇帝の言っていることに、民衆は一切疑いを持ってる様子はない。
『なぜ我々が苦しまなければならない! なぜ我々が王国の不当な行いを甘受しなければならない! 今こそ立ち上がるのだ! 今こそ不逞の輩に鉄槌を下すのだ! 我々はいつまでも狩られるだけの羊ではない! 我々は狼だ!! 我々はベネット王国という羊を屠る、勇敢な狼だ!!』
皇帝の演説に熱が帯びる。民衆は静かに、そして烈しい眼差しを皇帝へと向けている。
ここにいる誰もが思っているのだ、これ以上自分たちを苦しめる宿敵――『ベネット王国』の好きにさせてはならないのだと。だからこそ、民衆は強い期待を皇帝に寄せているのだ。
『さぁ立ち上がるのだ!! 勇敢な狼たちよ!! いつまでもベネット王国の好きにさせてはならない!! 我々を踏み躙ってきた代償は計り知れない!! 弄んで殺すのだ!! 切り刻んで嬲るのだ!! 甚振って耐え難い苦痛をあたえるのだ!! ありとあらゆる辱めをあたえて隷属させるのだ!! 今こそ、再起のときだっ!!』
『わあああああああああああああああぁっ!!』
皇帝の演説を聞いていた者たちが、一斉に歓声を上げた。それは高らかにこだまする。
『私は……! ――む?』
皇帝が再び演説をしようとすると、突如として舞台が濃い霧に包まれた。……いや、舞台だけではない。
広場全体が濃霧に包まれていく。その濃さは目先でさえも見えないほどで、民衆からも戸惑いと混乱の声が上がっている。
「おいっ!! これはどうなっている!!」
皇帝は拡声器のスイッチを切ると、そう叫んだ。その顔は演説を邪魔されたからか怒りに歪んでいる。
「少々お待ちください! すぐに原因を究明いたします!」
「早くしろ! これでは演説がままならん!」
宮廷魔法使いたちが魔法で風を起こすが、一向に霧が晴れることはない。
「全く、一体なんなのだ? 急に霧など発生しよって。術者を見つけ次第、必ず処刑してや――っ!?」
皇帝は突然喉に強かな衝撃を感じ、地面に倒れ込んだ。声を上げようとするが、なぜか上手く出すことができない。
「――死ぬのはお前だよ、皇帝」
皇帝は代わりにそんな声を耳にしたのだった。
―― ―― ―― ―― ――
俺は民衆にまぎれて帝城前の広場にいた。
わかっていたことだが、むちゃくちゃ人が多い。広場には地を埋め尽くすほどの民衆がひしめき合っている。
ちなみに、俺は民衆の最前列にいる。
できるだけ近くで皇帝の面を見るために、朝一で来てやった。それに、近い場所じゃないと舞台をちゃんと見ることができないからな。
現に後ろには俺の身長を優に超える者が五万といるし。
そして、しばらく待っていると皇帝が舞台に姿を現した。
初めて皇帝をこの目で見たが、思っていたよりも年を取っていた。年齢は五十歳くらいか?
『――皆の者!! 私がレナード帝国第六十一代皇帝、リロイ・メルキオール・ヒドルストンである!』
様々な場所に設置されていたマジックアイテムから皇帝の声が聞こえてくる。
俺は大規模に《インビジブルミスト》を発動させるために、魔力を練り上げ始めた。
魔力を操作しながら皇帝の演説を聴いていたのだが……こいつは、一体なにを言っているのだろうか?
俺はチェイスの図書館で歴史をいくらか学んでいたのだが、皇帝の言っていることはあまりにもでたらめすぎる。
皇帝はベネット王国が不当に国土を略奪したと言っていたが、歴史書の中でそんな内容は一度も目にしたことがない。
皇帝はいけしゃあしゃあと民衆に焚きつけるようなことを言う。民衆に皇帝の言っていることを疑問に思っている様子は、全くなかった。
……本当に、民衆はこんなでたらめなことを信じているのだろうか?
『――今こそ、再起のときだっ!!』
『わあああああああああああああああぁっ!!』
民衆が一斉に歓声を上げた。俺はインビジブルミストを発動する。
『私は……! ――む?』
空から非常に濃い霧が降りてきて、広場全体を包み込む。そして、俺は《転移魔法》を発動して、皇帝の真横に転移した。
「――術者を見つけ次第、必ず処刑してや――っ!?」
俺はストレージから取り出した『冥府の短剣』を皇帝の首に突き刺さして、そのまま喉元を掻き切った。皇帝は首から大量の血を噴き出しながら地面に倒れ込む。
「死ぬのはお前だよ、皇帝」
俺は思わずそんなことを口走った。
……って、そんな場合じゃないな。とりあえず、早急に帝都を離れないと。
俺は再び転移魔法を発動し、人気のない路地裏へと転移したのだった。
―― ―― ―― ―― ――
次第に広場を包んでいた霧は晴れていく。それにともなって民衆の混乱も収まっていった。だがしかし――。
「陛下っ!?」
近衛騎士団の団長が目を見開き声を荒げた。
そこには何者かに首を斬り裂かれた皇帝が地面に倒れ込んでいた。皇帝のまわりにはおびただしい量の血が流れ出ている。
皇帝の変貌した様子を見て、民衆は恐慌状態に陥った。
「くっ……! 回復魔法使いは、回復魔法使いはおらんのか!!」
「ここにおります!! 《リジェネレーション》!!」
皇帝はまだ生きていた。舞台にいた宮廷魔法使いが急いで皇帝に回復魔法を掛けるが、傷は一向に治らない。
「――なっ!? ダ、ダメです!! なにかに阻害されているようで、魔法が発動しませんっ!!」
「くそっ!! ……陛下? 陛下っ!!」
結局、傷は治すことはできずに皇帝は息を引き取った。
先ほどの恐慌状態とは打って変わり、その場に重い静寂が訪れる。
「……なんとしても、なんとしても実行犯を捕らえよ!! まだ近くにいるはずだ! なんとしても捕らえるのだぁっ!!」
近衛騎士団の団長は、兵士たちに叫ぶように命令を下した。
「…………」
まわりが再び慌ただしくなる中、グレートソードを携えた男はなにをするでもなく、ただその場に立ち尽くしていた。しかし途方に暮れているわけではない。
男の無表情はその瞬間、不気味な笑みへとわかった。そのことを知る者は――誰もいない。




