不法侵入
視点移動や時間関係が少し複雑になっています。
五つのダッシュ(――)で区切られている場所は視点移動、改行を二行しているところは時間が少々経過しています。
まだ日も出てあさい早朝の頃。レナード帝国を囲む長大な城壁の上には、眠そうな兵士たちが見張りをしていた。
レナード帝国は国土のほとんどが平坦であり、その国土は敵の進行を阻止するため巨大な城壁がぐるりと囲むように存在していた。
――『敵』。
それは魔物であったり人であったりと様々だが、この城壁を突破するのは困難を極めるだろう。
「……んぁ? なんだ?」
一人の兵士が見回りをしていると、急にあたりが霧に飲み込まれた。兵士は槍を構えて、なにがあっても対応できるように警戒する。
本来であればこのあたりに霧が発生することは無いと言ってもいい。この霧は明らかに異常だったのだ。
「――っ!?」
突如、兵士のすぐそばをナニかが通りすぎた。
兵士は咄嗟に持っていた槍で突きを放ったが、命中はしていなかった。そしてしばらくすると、霧は何事もなかったかのように晴れていく。
晴れた先にあったのは、以前となにも変わらない光景だった。
「な、なんだったんだ……」
その兵士のつぶやきは、虚空に吸い込まれていくようにして消えていった。
―― ―― ―― ―― ――
あっぶな……っ! 魔法を維持することに夢中になっていて、人がいたことに全然気がつかなかった……。
兵士はきょろきょろと周りを見渡しているので見つかってはいないようだが、もう少しで見つかるところだった。ちょっと不注意が過ぎたな。
――俺はなんとかレナード帝国に侵入することができた。
レナード帝国はかなり監視が厳しく、入るのにかなり苦労しそうだったのだ。そこで俺は強引に魔法を使って突破したのだが、作戦自体にかなり無理があった。
今回使ったのは、《インビジブルミスト》という体を透明化することのできる魔法だ。
霧を操る魔法はまとめて『霧魔法』というのだが、霧魔法には決して小さいとは言えない欠陥がある。それは『維持の難しさ』だ。
ただ魔法で霧を発生させただけではすぐに拡散してしまう。それを防ぐにはつねに霧をコントロールする必要があるのだが、それが異様に難しいのだ。
少し気をそらすと霧の濃度が一定ではなくなり、今度は維持することばかりに気を取られていると他のことが疎かになる。そして、維持するには魔力が大量に必要というのも無視できない欠点だ。
それに、霧魔法はあまり汎用性がない。
誰が戦闘で大量の魔力を使って霧を発生させるというのか。そんなことをするくらいならば大量のファイアボールでも放った方がよっぽど建設的である。
日常生活でも霧魔法を使う機会はほぼないしな。
《ポイズンミスト》という毒の霧を発生させる事のできるものもあるのだが、敵味方問わず――それこそ術者にさえも作用してしまうので、はっきり言って全然使えない。
だが、その霧魔法の中でもインビジブルミストはまだ使える方である。霧を発生させるので目立ちはするが、霧に触れている限り体が透明になるのだ。
まぁ気を抜いたら透明化も普通に解けるのだが。
「……とりあえず、ここを離れるか」
俺は近くにあった林の中に入っていった。
――俺は道沿いにあった町で宿を取って休んでいた。
さすがに一日に何時間も歩き続けていたら疲れてくる。今日はここで一泊し、翌日に皇帝のいる『帝都』を目指すことにした。
どうやら国が違っても通貨は同じのようで、特に問題なく宿に泊ることができた。
もし通貨が違ったらちょっとまずい事になっていた。昼はまだいいが、宿を取ることができなくて野宿をするのは絶対に避けたかったからな。
ちなみに、この体は不思議なことに飲食の必要が一切ない。この体でいるときは、空腹を感じたりのどが渇いたりすることはないのだ。
アリス曰く、勝手に魔力がエネルギーや水に変換されているらしい。つねに点滴されているような状態だろうか?
なにかを食べたり飲んだりしようと思えばできることにはできる。しかし、なぜか味がしないし、それをしたところで意味は全くないのだ。
……というか、この体は消化をすることができないのか、飲食をして時間がたつとだんだんと気持ち悪くなってくるのだ。それが原因で一回吐いてしまった。それ以降はこの体では飲食はしないことにしている。
プラスが無いどころか、むしろマイナスでしかないからだ。
俺は明日に備え、少し早めに寝ることにしたのだった。
「――やっと着いたか」
数日後の昼前、俺の姿は帝都付近にあった。
レナード帝国の国境は監視がかなり厳しかったが、一度中に入ってしまえばかなりザルだった。都市間の行き来には特に制限がなく、町の中へも好き勝手に入ることができる。
俺にとっては好都合だが、これでいいんだろうか?
俺は帝都の中に入る。門のそばには兵士が立ってはいるが、特に身分証などを要求されることもなく、俺は素通りした。
「まずは宿か、ある程度滞在する予定だしな」
俺は適当に宿を見つけると、泊るために中へと入っていった。
―― ―― ―― ―― ――
俺の名は『オーランド』。帝都を守護する兵士の一人だ。……と言っても、下っ端なんだがな。
俺は常連になっている酒場で日課のエールを呷り、串焼きをかじっていた。
兵士の仕事といっても一概には言えないが、俺が担当しているのは『門番』だ。門番といっても城や街中など様々な場所にいるが、俺は町の入り口である城門を担当している。
門番は基本的には暇な仕事だ。
ときどき頭のおかしな奴を追い返すこともあるが、普段は特になにもしない。ただ門のそばに立って、遊びに行く子供たちに手を振ることがあるくらいだ。
最初はただ立っているだけでもつらかったが、さすがに何年も同じことをやっていると慣れてくるものだ。
ただ、こんな仕事でも町人たちには慕われているし、給料はかなりもらえる。
お飾りに近い仕事だが俺はこの仕事を気に入ってる、そして誇りにも思っていた。
「……かーっ!! やっぱり仕事終わりのエールは最高だな!」
俺はエールを呷り、声を上げた。だが酒場は騒がしく、俺の声を気にする者はいない。
ビールもたまらないが、俺はエールのこのフルーティーでコクのある独特な味わいが好きだった。
これがまた串焼きにあうのだ。食が進むのなんのってな!
「――そこの人、少しいい?」
俺が食事を楽しんでいると、急に声をかけられた。振り向くと、そこには小さな女の子がいた。
金髪で赤い目をしており、黒いフードの付いたドレスを着ているという、なんとも珍しい容姿をしている。
「ん? なんだ? ここは酒場だぞ、子供はいちゃダメだ。さぁ、帰った帰った」
「そんなことはいいから。――あっ、これでこの人に適当になにか出してあげて」
女の子は俺の横のカウンター席に座ると、店員に金貨を一枚渡した。
「おっ、おい」
「別に気にしなくていいよ、あなたは私の聞きたいことに答えてくれればいいだけだから」
いや気にするなと言われても、どうすればいいか困るんだが……。もしかして、詐欺かなんかだろうか?
「聞きたいことって、一体なんなんだ?」
「帝都の最近の情勢を教えて欲しいの。まずはそうだな……」
女の子は最近起きた事件や、近々開催される予定の催し物なんかを聞いてくる。中には知っていて当たり前のことも聞いてきた。
そしてある程度質問に答えると、女の子は椅子から立ち上がった。
「ありがとう、助かったよ」
女の子はそう言うと、特になにか食べるでもなく酒場から出ていった。
「な、何者だったんだ……?」
仕草や言葉遣いがどこか男勝りで、つかみどころのない子だった。どこかで見たような気もするが……どこだったかな?
「それにしても、これをどうするか……」
俺の前には様々な料理が所狭しと置かれていた。これは女の子と話している間に店員が持ってきたものだ。
……絶対にこの量は一人では食切れねぇって。
―― ―― ―― ―― ――
「――さすがにふざけ過ぎたな……」
怪しいまれないように、できるだけ女の子っぽい言動をしてみたが、あまりにもずさんすぎたな。後から思ったが、絶対引かれてたよな……。
ま、まぁ、知りたいことは大体知ることができたし、あとは自分で調査するしかない。城周辺の警備の状況とかは誰にも聞くことができないしな。
首を洗って待っていろよ皇帝、絶対にその首を掻き切ってやるからな――!




