無慈悲なる絶対的な『死』
「――なるほど、マサクルタイラントの変異体か……」
オーウェンは顎に手を当て、考える仕草をする。
「あぁそうだ、異様に硬かったし、すごく強かった」
俺は今、冒険者ギルドの執務室に来ていた。
今日の狩りで出会った異様なマサクルタイラント。流石にこいつは報告しなければならないだろうと思い、オーウェンに報告しに来たのだ。
なお、アリスとアルバニアはギルドの解体室で今日狩った魔物を解体してもらっているため、ここにはいない。
「恐らくだが、そいつは『クレイジータイラント』といわれてるやつだな」
「クレイジータイラント? マサクルタイラントとはなにが違うんだ?」
「いや、同じ種類の魔物ではある。クレイジータイラントとは、マサクルタイラントの成体がなんらかの原因で脱皮不全になった個体のことをいうんだ」
なるほど、魔物はそのときの状態で名前が変わったりもするのか。
ぶりとかすずきのような出世魚みたいだな。
「マサクルタイラントの成体は、約千分の一匹の確率でクレイジータイラントとなることがある。脱皮不全になると外骨格が硬質化し、凶暴性が一段と増す。獰猛になると同時に戦闘能力も上がるみたいでな、マサクルタイラントはランクAに指定されているんだ」
ランクAか、そりゃああれだけ強いわけだ。
「……なぁ、そんなの放っておいたらまずくないか?」
「あぁ、そうだな。だが、飛び去って行ったのは街道の方ではないんだろ? なら大丈夫だ。やつらは脱皮不全になると、最長でも十日ほどしか生きることができなくなってしまうからな」
クレイジータイラントが飛んで行った方向は果ての森の反対方向だった。つまり、フェリクスの森の向こうに飛んでいったのだ。
その方向にはオーウェンの口振りからすると、町などはないのだろう。
「別に勝手に死ぬのなら、放って置いても問題はないのか」
「そうだな。しかし流石になにもしないのは色々とまずいからな、近隣の町と王都に報告書を送っておくことにする」
「そうか、ならよかった。――じゃ、俺は帰るよ」
俺は座っていたソファーから立ち上がる。
「もう行くのか?」
「あぁ、下で二人に解体を任せているからな、そろそろ行かないと」
「そうか、またな」
俺はオーウェンに軽く手を振ると、扉を開けて執務室を出ていった。
―― ―― ―― ―― ――
夜になり、人々が寝静まった閑静な村。
付近には強力な魔物が生息していないために、安価な柵しか村を守るものを設置していないこの村は、ベネット王国に属する村の一つだった。
そんな村にある一軒の寝室で寝ている男――『レニー』は元冒険者だった。
年の関係で前線で戦うのに限界を感じたので、生まれ育ったこの村に戻ってきたレニーは、この村の警護を務めていた。しかしこの村は平和そのもので、ゴブリンが出ただけでも大騒ぎになるほどだった。
そういうわけで、警護をするのは日の出ている間だけで、夜の間は行われていなかった。
『なにも襲撃しに来ないのであれば警戒していても無駄だろう』というのが、村長の判断だった。これまでに一度も問題は起こっていなかったのだから、その判断はあながち間違いではなかったのだろう。
――そう、この後に惨劇が起こるまでは。
「……ん?」
異変を感じると、レニーはベットから体を起こしてそばに置いてあった愛用のロングソードを手に取った。
レニーの耳に聞こえてきたのは、木を強引に破壊する音と女の悲鳴。『なにかがあったのだろう』と思い、剣を手に家を飛び出す。
その状況判断の早さは、長年冒険者をやっていたからこその賜物だろう。しかし、目の前の光景はレニーの頭を真っ白にするのに充分だった。
そこにいたのは、三メートルほどの巨大な黒い昆虫の魔物。
その魔物は逃げ惑う人々へ無慈悲に死の鎌を振るう。人々はなんとかその魔物から逃げようとするが、標的となった者はすぐに殺されどんどんと生きている者の数が減っていく。
「ギシャアアアアアアアァッ!!」
「いやあああああああっ!?」
レニーは女の悲鳴で我に返り、女へと鎌が振り下ろされる前にロングソードで攻撃を防いだ。
「ぐぅっ!?」
レニーは手に響く衝撃で苦しそうに声を漏らす。
魔物は急に攻撃を受け止めたレニーに驚いたのか、後ずさった。
短時間であれば全盛期と比べればその動きは劣るが、レニーは戦うことができた。
しかし、レニーは理解した――いや、してしまった。目の前にいる魔物は、とても自分では敵わないということに。
そう判断したレニーの行動は早い。
「早く逃げなさいっ!! こいつは私が引き受ける!!」
「あ、ありがとうございます!」
先ほど庇った女に叫ぶと、レニーはロングソードを構えなおした。
レニーのする行動、それはできるだけ多くの者を逃がすために、自らおとりとなることだった。
当然、そんなことをすれば自分の命はここで散らす事となるだろう。しかし、レニーはこの村が、そしてこの村の住人のことが好きだった。そのためなら、自分の命など惜しくないほどに。
「レニーさん! 俺も加勢します!!」
「いいのか? 死ぬぞ?」
レニーに一人の男が声をかけ、その横に立った。その男の手には使い込まれた槍が握られている。
そんな男に、レニーは魔物から視線を外さないようにしながら問いかけた。
「かまいません、愛する妻と子供を逃がすためです。そのためなら、死ぬことなんて怖くありません!」
語勢を強めて男は言ったが、レニーはその男の足が震えている事に気がついた。
「無理に戦うことはない。死にたくないのなら早く逃げなさい」
「……いえ、問題ないです。それに、二人には別れの言葉を言ったのでね、今更尻尾を巻いて逃げるのは俺のプライドが許さないんです」
「そうか……じゅあ、いくぞぉっ!!」
「うおおおおぉっ!!」
レニーと男は魔物をできるだけ足止めするために走り出す。魔物もそれに従うように、その鎌を振り上げた――。




