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~十月五日~ 6

 少年は細切れにし火まで付けたところでようやく気が済んだのか、ナイフをどこかにしまった。その手に暖かいココアを乗せてやれば微笑んで礼を言われる。足元に広がる炭がなんとも無残だ。それを見ていればまた少年が不機嫌になるような気がして、香丸はそっと目を逸らした。

 二人はようやく家路に着いた。同じ道をゆっくりと歩いて帰る。南音に拾われた子どもたちは、全員同じマンションに住んでいる。まだそのことを知らないのは運び屋の彼女くらいだろうか。彼女はまだ仕事を始めていないはずだから、これからゆっくりと色んなことを知っていけばいい。夜の街は逃げたりしない。

「明日も学校だな」

「そうですね。明日も授業に出るのは難しそうです」

「なんで?」

「授業中寝てしまうのはポリシーに反しますので」

 授業中に寝てしまうくらいなら、授業をサボって寝ていたいと、香丸は思っていた。それでいつも少年と共に生活指導の教師には目をつけられている。前日の仕事が遅くまであると眠くて仕方ないのだから見逃してほしいとも思う。

 いつものように軽い会話を続けながら道を進んでいた。けれどマンションの前の公園に差し掛かったとき、ふと、少年の空気が変わる。

「因果な商売だよなぁ。依頼は来るのに誰からも感謝されない。誰にも必要とされてないんだ。……なんで続けてんの?」

 驚いて少年を見る。十一年間共に過ごしてきたが、こんな質問は一度だって彼が口にしたことは無い。軽い口調で言って見せたものの、顔を背けているから、その表情は窺えない。どんな気持ちでその言葉を紡いだのだろうか。一呼吸置いて、香丸は答えた。

「生きるため、ですかね。私はこれ以外の方法を知らないんです」

 自分自身、なぜこの仕事を続けるのかと自問自答を繰り返した。テロに参加したときも、プロローグに入るときも、今この瞬間も。幼いころから両親に教え込まれ、人の死が分からなくなった。自分に関係のない他人が傷ついたところで、何を感じることもない。その結果、いつも辿り着くのは同じ答え。どうやって生きていいのか分からない。これ以外に方法を知らないのだ。昼の世界では他人と笑い合って生きている。けれどいつもどこか息苦しい。根っからの犯罪者なのかと絶望したこともある。

 だからこそ少年の質問に躊躇うことなく返事することが出来たのだ。けれど少年は「そう」と呟くだけだった。沈黙が降りる。目の前にいる彼が、なんだかとても遠く見えた。

「突然どうしたんですか?」

「特に意味はないけど」

 少年に何があったのか、香丸には分からなかった。もしかしたら、彼も自分と同じように、昼の世界が生きづらくなってしまったのかもしれない。けれどまだ夜の世界がある。自分はまだ彼の隣で笑っている。けれど少年は冷めた表情で香丸を見上げた。

「で? 香丸はいつになったらオレを殺してくれるわけ?」

 少年の蒼い瞳は悲しいのだと。もう疲れたのだと叫んでいた。蒼い瞳はいつもと変わらないはずなのに、今はただ苦しそうに見える。エピローグに入るときに、三人で決めた約束。それを彼はまだ憶えていたのだ。自分もまだ確かに覚えている。少女もきっと忘れていないだろう。「誰かに殺されるくらいなら」と、みんなで考えた。大人には知られていけない、大切な約束。今の少女に頼むことは出来ないから、こうして自分を頼ってくれているのだろう。

 もちろんそれが彼の心の底からの本心で、本気でそう思っているのであれば、香丸は引き金を引くことは厭わない。けれどそうではないのだ。少年は何か別のことを望んでいるような気がする。例えば、そう、断罪のようなもの。

 少年の瞳は相変わらず真っ直ぐと香丸を見つめていた。少年自らが語らない限り、何を思っているのかを知る術はない。昼の街に疲れてしまったなら、止めてしまえばいい。夜の街でだけ生きて、プロローグだけ考えて笑って生きればいい。夜の街に疲れてしまったのなら、止めてしまえばいい。昼の街でだけ生きて、学校に通って笑ってくれればいい。どちらにも疲れてしまったのだとしても、生きていてほしいと思った。香丸があの約束を後悔したことはない。けれどそれが彼にとって重荷なら、破棄してしまってもいいのかもしれない。

「もう少し、生きてみませんか?」

 痛みを訴え続けている、今は立ち止まってしまった少年。その腕を引いて香丸は囁く。まだ決定打を聞いていないから、彼に少年を殺すことは出来ない。そんなことは言い訳だと知っていても、目を閉じて見ないようにするしかないのだ。

 風に揺れる赤い髪が、蛍光灯の光を跳ね返して金色に光る。

 少年は今にも泣いてしまいそうな瞳を伏せた。抗う気はないのか、腕は振り解かれない。小さな声で「でも」を紡ぐ。それを無視して、少年の手を引いたまま香丸はみんなの暮らすマンションへと向かった。言葉が見つからない。同じ孤独を抱えているからこそ、少年の望む言葉が分からなかった。救われたあの少女なら、何か分かるのだろうか。救った少女なら何か分かるのだろうか。もしかしたら本当は誰にも分からないのかもしれない。自分にはどうしようもない現状が、歯がゆくて仕方なかった。


 なんでもない日常の、なんでもない出来事。


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