五.【ある暗殺屋の憂鬱】~十月五日~
香丸は光るスマートフォンを止めて、ため息を吐いた。メールボックスを確認すれば、そこには見慣れたメールアドレスと、見慣れた二文字。「任務」と書かれた件名を見てまた今日の勉強は終わらないのかと天を仰ぐ。がっくりと肩を落とし、勉強机の上にスマートフォンを放る。
黒色の髪を首元でひとつに束ねゴムで適当に結った。真っ黒なシャツに黒いスラックス。手には青色のミサンガを巻く。置いてあった真っ黒なコートを羽織って、仕事用のスーツケースを手にする。中を確認すれば、マシンガンの弾が既に切れそうだった。それを補充してスーツケースに入れる。入っているライフル用のスコープとサイレンサーをクローゼットから取り出し一緒に入れた。コートの裏にしまってあるピストルにも弾を補充しておく。
(明日こそは授業に出席しようと思っていたんですが、仕方ないですね。彼も一緒でしょうから制服の上着は脱いで行きましょう)
思い浮かべた少年が「暑い」と文句を口にしたのはごく最近のことだったから、それ以来上着は着ないようにしている。少々薄着になる気もするが、見ていて不快になるような人物と一緒に授業をサボりたくはないだろう。不満を口に出来るのはいいことだ。香丸はスーツケースを軽々と持って与えられたマンションの一室から出て行った。
彼は五歳のころから「エピローグ」に所属していた。なぜ、と人に問われれば両親の影響で、としか答えられない。香丸の両親はエピローグで殺し屋をしていた。けれど快楽殺人鬼の類ではなかった。仕事はきっちりとこなす。求められた数以上は殺さず、求められた数は完全に消す。そんなある意味職人のような殺し屋だった。依頼の多くは暗殺だったので、どちらかといえば暗殺屋の呼び名の方が多かっただろうか。当時足のつかない殺しでは両親の右に出るものはいなかった。
しかし彼らも犯罪者。どこか螺子が一本飛んでいたのだろう。あるいは自分たちの技術を後世に残すための生存本能だろうか。いつからか彼らは幼い香丸を連れて依頼をこなしていった。香丸がピストルの使い方を覚えれば喜び、ライフルの扱い方を学べば喜んだ。ナイフや剣などの刃物や、薬や毒物の扱いも当然教えられた。そして一通り両親の技術を学んだところで、事件が起きる。「マザー」の導入だ。あのテロに参加した両親はあっけなく死んだ。
あの事件に、香丸は殺し屋として参加していた。むせ返る血の臭いを未だに覚えている。仲のいい少年も参加していたが、二人とも処刑は免れた。二人は警察組織に捕まっても事件には関与しておらず、人質としてエピローグに捕まっていたのだとされた。誰がやったのかは大体想像できるのだけれど、何の目的があってそんなことをしたのかは理解できない。だが感謝はしている。自由を求めて死にたかったわけではないのだから。
それからあとは南音に拾われ、今までずっとプロローグのメンバーとしてここにいる。香丸にとって仕事の内容は自分に合ったものばかりだから、しばらくはここにいるつもりだった。
***
待ち合わせに指定されたのはマンションと公園の間にある駐車場だった。くるりと周りを確認すれば見慣れた赤い髪が眼に映る。今日は赤いパーカーに長めのジーンズを履いて、右腕にはオレンジ色のミサンガが揺れていた。傍に走り寄っても、こちらを見ることもなくなんだか浮かない顔をしている。いつも明るい彼が珍しい。
「お待たせしました」
香丸が到着したことにも気づいていなかったのだろう。少年は驚きながらジャックナイフを香丸に突き出していた。香丸も驚いて、少年の手首を軽くはたいて軌道を変えそれを防ぐ。少し力が強すぎたのか、からんと音を立ててナイフが落ちた。沈黙が降りる。




