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~十月六日~ 5

 無理矢理作った時間の中でサブメインのデータバンクを漁る。ひとつだけおかしなデータがあった。最初は文字化けしているだけのただの壊れたデータかと思ったが、どうやら暗号になっているようだ。暗号解析用に開いていたソフトにそれをコピーして解析を始める。それと同時進行で自らも解析を始めた。暗号内容によっては自分で考えた方が早く済むことがある。記号化された暗号の中から、数字を抜き出していく。演算を重ねて簡単な文字に組み替える。

 今回はどうやらそのケースだったらしく、解析自体はプログラムよりも遊織の方が早かった。しかしその内容は目を疑うもの。自分の解析能力を疑ったことは無いが、今回は外れて欲しいとコンピュータの回答を待つ。しかしその希望は叶わなかった。状況は最悪状態。面倒なことになったと遊織は息を吐き出した。それを聞いて首を傾げたのはいつの間にか戻ってきていた少年だけだった。とりあえずとばかりにそのデータもUSBにコピーしておく。

 早すぎる帰還からちらりと少年を見れば全身が赫く染まっていた。

「その癖、いい加減直せよ?」

「んー、努力はシマス」

 少年は困ったように笑うだけだった。彼自身、自分の悪癖には気づいているのだろう。わざと返り血を浴びに行って何かを試しているようだった。本人が理解していることにまでわざわざ口を出すつもりはないので、遊織は苦笑するだけにとどめた。


***


 依頼にあった金庫の鍵の番号だけはどこを探しても無かったため、それ以外のデータを記録したUSBを少年に渡す。

「たぶん、南音さんが思ってるよりも、大きな組織がついてる。油断しないで」

「必ず伝える」

 少年はこくりと頷いて受け取った鍵を大切そうに服に隠した。いろんなことに詳しい遊織でも、少年の服の下がどのような仕組みになっているのか分からない。いつか解明してやりたいとは思っている。我ながらくだらない目標ではあるけれど。

 まだ運び屋の彼女は夜の街にデビューしていなかったはずだから、これから彼は南音に会いに行くのだろうと遊織は見当つける。彼は同年代を何人か集めたグループの班長のような立場を任せられているようだから、きっと大変なのだろう。

(帰ったら宿題しないとな)

 それは他でもない彼女の為。きっと明日の朝も恒例のごとく泣きついてくるはずだ。どちらかといえば文系な彼女は数学が苦手分野だから、もしかしたら日付の変わった今でも机に向かって困っているかもしれない。否、既に諦めて寝ている可能性もある。

 早く帰ろうと少年に軽く手を振り遊織は踵を返した。けれど遊織はいつもより弱い力で服の袖を引かれ振り返る。少年は俯いたまま言葉を選んでいるようだ。

「どうした?」

 幼い子どもに話しかけるような口調で少年に尋ねた。焦らせるつもりはないから、じっと待ってやる。何度か躊躇いがちに口を開いたりとじたりした後、少年の目はまっすぐに遊織を捉えた。

「どうしても聞きたかったんだ。あんたは何のためにこんなことやってんの?」

 縋るような彼の蒼い瞳は、他に道は無かったのかと訴えかけてくる。遊織は少年の過去を思い出して、彼はもしかしたらこの道を選んだことを後悔しているのかもしれないと思った。昼の生活が楽しくて、夜のこの世界にギャップを覚えて、けれど簡単に捨てられるものでもなくて、そして、少しずつ暗い感情が蓄積されてしまったのだろうか。そんな彼にどんな言葉をかければいいのか、遊織には分からなかった。だから少年の質問に真剣に答えようと考える。

 自分はなぜ、情報屋を選んだのか。

 初めは知ることが好きだったからだ。知的欲求を抑えずに色々なことを仕事として知ることが出来る。いつか世界の底の底まで知りたい。情報を得ることで、自分が強くなった気分も味わえる。相手のことを知れば、その人物が何を感じ、どう考えるかも、大体分かってしまう。小さな事件をたくさん知れば、大きな事件の全貌が見えてくる。情報を集めるのはまるでパズルピースを集めるようで、遊織を夢中にさせた。

 けれど次第に、知らないことが怖くなっていった。自分の知らないところで物事が進むのは怖い。自分の知らないところで知り合いが死んでいくのは怖い。自分だけが知らなければ罠にだって嵌められる。自分だけが世界から切り離されてしまいそうで、とても怖かった。情報を集めればそんな不安は自然と解消された。知っていて当たり前なことでも、知らなくていいことでも、とにかく何だっていいのだ。知らないことは恐怖以外の何者でもない。

 そしてそれから、色々なことを支配した気分になっていった。情報を取捨選択し、必要なものだけを拾い上げて、自分のものにする。大切なモノが無くなってしまわないように手を尽くして、いらないものはさっさと消えるように仕向ける。そんな行為を繰り返すうちに、全てを支配したような、そんな気分になっていたのだ。自分だけが守れるのだと自惚れていた時期もあったけれど、今は仲間に出来る限りのことをしたいと思っている。


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