~十月七日~ 2
仙花は少年に続きながら、目の前にいる彼が髪を染め始めたのはいつからだったかと考えた。出会ったばかりのころ、仕事中でも彼はこんな色の髪はしていなかった。プロローグを立ち上げてすぐだったような気もするし、ごく最近だったような気もする。はっきりと思い出せないのは、どうにもすっきりしない。思い出す必要のないことなのか、思い出したくないことなのか。けれど今は関係ないことだと頭を切り替える。
「任務の内容ってちゃんと知ってる?」
「もちろん。金持ちの家を襲撃して、壊せばいいんでしょ? 対象は人間。他もいくらでも壊してもいいけれど、人間が生き残らないように、だよね?」
金持ちの家の襲撃、と聞いて最初はマフィアか何かを想像したのだが、どうにも違うらしい。プロローグのような犯罪組織でも、正義の味方でもない。どこかのお偉いさんだったか、企業家か何かだったか。裏で何を企んでいたのかは知らないけれど、厄介なことに手を出したものだ。けれど同情はしない。仙花の作業時間を奪ったのは、彼女にとって万死に値するほどの罪だった。
少年はこっくりと頷いて「それだけわかってれば大丈夫」だと笑った。
目の前に現れたのは大きな門。金持ちの成金趣味かとイライラして、早速門に鉄パイプを打ち付けた。金持ちというのは昔から気に入らなかったのだ。他より少しだけ富がある。豊かで、何の恐怖もない生活。自分たちだけが満たされていて、幸福なのだろう。そして退屈する。それ故に、あいつらは自分より劣ると判断した者を見下すのだ。自分たち金持ちこそが生物の頂点であるかのように振舞う下品な生き物。もちろんそうでない者も世界を探せばいるのかもしれない。けれど仙花が出会ってきた金持ちという生き物は、碌な奴がいなかった。最後には汚い口で命乞いをするのだ。正直、吐き気がする。相手を人間と思っていない点では仙花たちとそう変わらないかもしれないが、腐っても同じ生き物だとは認めたくなかった。
「落ち着いた?」
「あ、ごめん」
少年は仙花の嫌悪症に近いこの性格を知っているからか、いつもそっと見守っていた。仙花が落ち着いたと同時に少年は苦笑して中へと促す。子どもっぽいのに大人っぽい。いつも優しく見守る姿勢は、いつかの誰かを思い出す。堂々と門を開いて中に入れば庭にはガードマンが四人、こちらに向かってきていた。距離を詰めてから発砲するつもりなのか、こちらに銃を向けていた。裏から回ってきたのか、二人ずつ左右に分かれているのでやりやすい。人数の少なさに疑問を覚えながらも、仙花は少年を見る。
「どっちがいい?」
「オレはー、左かな」
「じゃあボクは右だね」
仙花は右に走り、迷うこと無く鉄パイプを振りかぶる。ガツンと鈍い衝撃を手に感じたあと、もう一人の男を蹴り上げる。一人目の男が起き上がろうとしているのを見て、手の甲を踏みつける。男の口から悲鳴が上がって、仙花は顔をしかめた。ちらりと振り返れば二人目の男が仙花の背後から刃物で狙っているのが見えたので、さっと右に避けてそれをかわす。二人目の男は一人目の男に躓いてもんどりうって倒れた。この程度とは思っていなかったので、正直つまらない。男たちの頭部に蹴りを入れ、確実に脳を揺らす。二人が倒れたのを確認してそれぞれに数回ずつ鉄パイプを振り下ろした。骨の砕ける感触が手に伝わってくる。しばらくぴくりぴくり痙攣していたが、やがてはそれも止まり男たちは息絶えた。
男たちの弱さに拍子抜けしてしまって、仙花はちらりと少年を振り返る。その視線には気づいていないのか、少年は楽しそうにナイフを振り下ろしていた。ざくりざくりと肉を斬る音が心地よく響く。男たちは痛みに慣れてきたのか、汚い悲鳴を上げることは少ない。
(そうか、弱い奴はあんな風に少しずつ遊べばいいのか)
普段は大人数を相手にすることが多いから考えたこともなかった。なんてろくでもないことを考えながら仙花は少年の遊びが終わるのを待つ。周りが見えていない彼に念のため軽く声をかけておくことは忘れない。
「こっちは終わった」
「こっちも終わった、よ!」
漸く飽きたのか、男たちに止めを刺して駆け寄ってくる。仙花はあきれながら頬についた返り血を拭ってやった。
一般の家よりもかなり大きい扉を開ければ、そこには長い廊下が続いていた。絨毯は赤色で、いかにも成金といった雰囲気である。セキュリティシステムが作動したことを知らせるアラーム音が煩く鳴り響いた。近くの天井にあったスピーカーを思わず破壊する。少年も苛立ったのか積極的に壊すのを手伝っていた。ばたばたと足音がこちらに向かってくる。絨毯が分厚すぎるのか正確な数までは分からないけれど、片手では足りないようだ。
構わず奥へと進んでゆけば七人の男たちが目に付いた。相変わらずスピーカーからは煩いアラーム音が漏れている。驚いている男たちに一気に距離を詰め、鉄パイプを振り上げる。目に付く男とスピーカーが今の仙花の標的。煩いものは壊してしまえ。




