~十月八日~ 6
少年は「ナイフが勿体ない」なんて嘯いて男たちの亡骸からナイフを回収していく。赫色がもっと見たいだけだというのはわかっているから、輝火は少年に食って掛かった。
「今、あたしごと狙っただろ!」
「んなことねーよ。アレくらい避けられんだろ」
「避けれなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その時は……その時だろ」
(こいつ、本気であたしの存在忘れてやがったな)
視線を逸らした少年の姿を見てそのことに気づく。少年は決まり悪そうに頭を掻いたあと、ナイフの回収に戻った。謝罪するつもりはないらしくこちらを見ない。いや、もしかしたら噴き出す赫に見惚れているだけかも知れないが。それ以上は何を言っても無駄だとわかっていたから、その作業が終わるのをただじっと待った。どろりと垂れる赫色は今はもう綺麗だと思えなくて、彼と自分が似ているなんて思ったのは錯覚だったのかと思った。
「終わった?」
輝火の問いに少年は満足そうに頷いて回収したものすごい量のナイフを仕舞っていく。身体のあちこちにまるで手品のように仕舞われていくそれをなんとなしに目で追ってみるけれど、やはりどうなっているのかは分からなかった。
最後の一本がぱちんと折りたたまれ、首の後ろに隠される。身体のラインが分かりにくい服を着ているせいもあるのかもしれないなんてぼんやりとそれを見届け、ふと気づいて着けたままだった鉤爪を外し腰に引っ掛ける。ぐっと身体を伸ばして少年に声をかけた。
「んじゃま、任務完了ってことで、帰りますか」
「そうだなー」
「げ、もうこんな時間」
「用事でもあるのか?」
「あたし明日早いんだよ」
足元に転がった死体には二人とも既に興味がないのだろう。あくびすら溢しながら、目の前の休日のことを楽しそうに話す。輝火は本当に嬉しそうに翌日の計画を語った。少年は呆れたように相槌を打って、右から左へ聞き流す。この場にはすごく不自然な、けれど彼らにとってはきっとものすごく自然な会話をしながら出口へと足を向けた。
輝火は部屋から出る瞬間に、ちらりと何か盗るものは無いかなんて無意識に目をやってから少年のあとに続いた。貰えるものは貰っておく主義だ。彼らにはもう必要ないのだから。けれど残念ながら、すぐに金に換えられそうなものは見つけられなかった。
***
屋敷から出ると、輝火は指定にあった通り箱を少年に渡した。今回は少年が管理するらしい。前回は輝火が管理したが、ふつうの神経であるなら依頼にあるような盗品は、長い時間持っていたいとは思わない。さっさと売ってしまって金に換えるか、使い切ってしまうのが賢い選択というもの。その箱がこれからどうなるのかなんて輝火には興味が無かった。自分と彼に害さえなければそれでいいのだ。どうせ南音の手に渡ったあとは新しい悪事にでも使われるのだろう。もしかしたら手に渡ることそのものが目的という可能性もある。
別れ道に差し掛かって、空を見上げた。月はまだ空にいる。
「あたしは、昼の世界があってよかったと思ってる」
唐突に、輝火は口を開いた。真剣に少年の蒼い目を見て、輝火は続ける。
「……」
「あたしはあの世界で、彼に出会えた。あの世界で、彼と生きてる」
「……でも、それはこの世界でもできるよな?」
「そうかもしれない。けど、」
少年の瞳は困惑して、揺れていた。真っ直ぐな意見をぶつけ合うのはこれが始めてのこと。彼以外の人間とあまり深い付き合いをしたことがないから、こんなときにどんな言葉を選んでいいのか分からない。身じろぎすると、変な風に身体が揺れてしまって、がしゃり、と歪な音を立てて腰の鉤爪が揺れた。
「縛られない自由は大切だけど、それだけじゃないんだ」
少年と似ていると思ったのは、独りの寂しさを知っているからかもしれない。少年と輝火だけが共有している感覚ではないだろう。それこそ、あの施設には似たような目をした奴らがごろごろいた。違うのは、生きる意志。誰かと生きることを決められたかどうか。一人で生きていく決意が出来たのかどうか。ただ、それだけ。
「夜の時間が減るのは確かに惜しいけど、昼間の生活は、楽しいよ」
「たのしい?」
輝火は頷いてみせる。輝火にとって大切な彼が生きている世界が、退屈なはずはないのだけれど。それだけではなくて、輝火の世界は広がっている。毎日、少しずつ。不思議なことに、それが今は楽しいと思えるのだ。世界には自分たちしかいないと思っていたあのころとは違う。




