後日談:ラーナクラス家の10歳の双子
ラーナクラス家の双子は今年で10歳になっていた。本来なら、双子にも婚約者がいるはずの年齢だ。
けれどもこの双子の父親の仕事が特殊で、双子には婚約者候補すらまだいなかった。
そして今年には決まるだろうと考えていた双子にとっては、つい最近まで起こっていた問題は予想外の出来事だった。いや、危険な仕事であることはわかっているからある程度の覚悟はいつもしていたけれど。
だから、双子には婚約者がまだいない。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
双子が見る母親の姿は後ろ姿の方が印象が強い。
帰ってきたら抱き締めてくれるし、双子が満足するまで遊んでくれる。双子は、母親が自分たちをとても大事にしてくれているということを身を持って理解している。
だが、幼い子供2人を母親1人で面倒を見るというのは難しい。
双子はいつも乳母に抱き抱えられながら母親の後ろ姿を見ていた。台所に立って自ら料理を作る姿、誰かを待つように屋敷の玄関扉を見つめる姿、何かに気付いたように扉を見つめて開く前に双子を見ようとする姿、父親が珍しく昼に帰って来たと思ったらすぐにいなくなってそれを笑顔で見送る姿。
その姿を見ながら、双子は自然と悟ったのだ。
母親の1番大切な人は彼女の夫で、傍目にもわかるほどではなくても確かに愛しているのだと。
右手の小指に嵌めている指輪を、貰ってから1度も外したことはない。
双子の母親が、双子の為に、最初にプレゼントしてくれた大切な指輪なのだ。
そしてそれは双子にとって願掛けのようなものでもあった。
いつか、お母様がお父様とゆっくり時間を過ごせますように。
双子は今、居室に繋がる扉の隙間から部屋の様子を窺っている。
部屋の中には、ソファーに座る母親と父親の後ろ姿が見えていて、察するに父親の肩に母親が寄りかかっているらしい。
アレクシスとアレクシアはお互いに顔を見合わせてくすくすと笑った。
「仲が良いね」
「だって悪くないもの」
「お母様はお父様に甘えてるね」
「だって今まで寂しかったのよ」
「やっと!って感じだね」
「やっと!って感じよね」
父親の身体が無事に元の年齢の大きさに戻って数日。
とても忙しい仕事を担ってはいるが、国王の温情によってしばらくはゆっくりできるらしい。これを機に旅行までとはいかないが、元々家でもゆっくりと過ごしたことはないのだから時間を忘れるほどのんびりと充実な時間を過ごしてほしいと思う。
双子がひっそりと両親の様子を見ているとテレジアがこちらに向かってきて扉を開き、慌てる双子を追い払うように早く寝なさいとまくし立てた。
双子は足早に階段を駆け上がって部屋に入った。
もうそれぞれの部屋があるのだが、双子は今も一緒に眠ることがある。ここ最近はずっと同じベッドで眠っていた。
年の割にはしっかりしているように見えても、やはり父親が闇魔法を受けたことにショックを受けていて1人で眠るには心細かった。
もうすぐ婚約者を迎えるだろうから1人で眠るようにと言ったテレジアはそれを知っていたが、自分のことで手一杯だったのか双子の心情を慮ったのか、何も言うことはなかった。
今日はアレクシスの部屋に行った双子は、寝巻きに着替えて同じ寝台に入った。
「ねぇ、アレクシア」
「なあに?アレクシス」
「僕達は今もう10歳になっているわけだけど・・・婚約者っているのかな?」
「それは私達に婚約者が要るのか要らないのか、ということ?」
「うん」
片割れの兄は時々こんな聞き方をする。
こういう時は、彼の中ではすでに確固たる答えが決まっているけれどもう1人の片割れの意見を聞きたい時だ。
「私は、今は要らないわ。というか、当分要らない」
「うん、僕もそう思うよ」
「多分ね、当分そのお話はない気がするの」
「勘だけれどね」
「そもそも私達に合う婚約者っているのかしら?」
「うーん、いないんじゃないかな」
「そうよね」
アレクシスはわずかな光魔法と闇魔法を、アレクシアは光魔法を受け継いでいる。
そんな2人の婚約者もとい将来の伴侶を決めるというのは、難しいものだった。
まずアレクシスについて。
例えわずかでも光魔法と闇魔法を扱える者などこれまでいた前例がなく、出来るならばディオンの時と同じようにこの血を残したいと一部の者は考えている。叶うなら光魔法と闇魔法を同等に扱える子供が出来ないか、と。
そうなれば、婚約者には誰が良いのか。光魔法を扱える者か?そうなれば相手はおのずと決まってくるが、闇魔法を扱う者は忌避される。ハーティバル家以外の光魔法の一族がディオンを拒んだように。そのディオンの血を受け継いでいるアレクシスも、もしかしたらこの先暴走することがあったらどうするのか。
ここで、アレクシアが出てくる。
アレクシアは光魔法しか使えない。彼女がハーティバル家を継ぐことは決定している。しかし、彼女が家を継いだ時には純潔の光魔法の一族だったハーティバル家と表されることになる。何故なら光魔法しか使えないとしても、その血には強大な闇魔法を扱うディオンの血が入っているからだ。アレクシスと同じように、闇魔法を扱う者そしてその血を受け継ぐ者は忌避される。
双子の婚約者を誰にするのか。
双子の読み通り、候補の候補はいても候補の本決まりはしておらず、しかしそろそろ誰かに・・・とその矢先に今回の事件が起こった。
この件に関しては先伸ばしにする、と国王であるセオドールの一言によってディオンとテレジアにもまだ伝えられていないが双子の婚約者はまだ決まっていない。
「ねえ、アレクシス」
「なんだい、アレクシア」
双子は年の割には大人びている。
それはもちろん双子の生まれつきのものでもあり、通常とは異なる力の持ち方をしているからでもあり、小さな頃から王家の影の訓練をしているからでもある。
けれども、彼等はまだ10歳の子供だ。
「私・・・婚約者よりもお母様とお父様ともっと一緒に過ごしたいわ」
アレクシアが年相応の子供のように拗ねる。
理解はしている。他の家よりも特殊な家だと。理解はしている、けれど、寂しいものは寂しいのだ。
両親と揃って過ごす時間があんなにも楽しいと知った今、もう少し父親の呪いが長引いてあの時間が続いてほしいと思ってしまうくらいに。
「うん、僕も。指導者としてのお父様ではなくて、僕達だけのお父様とお母様ともっと一緒に過ごしたい」
アレクシスはそんなアレクシアの気持ちに寄り添うように手を繋ぐ。
アレクシスは他の影候補の子供たちと同じように、ディオンに訓練を受けている。その時間は父親ではなく、上司であり、指導者であり、強力な闇魔法を自在に操ることができる尊敬する人だ。
「もっと家族4人だけの時間が欲しいね」
今まで自分たちですら気付かないように心に隠してきた本音が零れ落ちた。
びっくりしているアレクシスをアレクシアが目をぱちぱちさせて見つめる。
「私達・・・子供っぽいかしら?」
「ワガママ・・・かな?」
双子はお互いの目を見合わせて、顔を戻して天井を見上げる。
「早く大人になりたいわ」
「理性が感情に勝てるようになりたいね」
明日はディオンが王宮に行く日だ。ということは、明日以降はもうここ数週間のような生活は出来なくなる。以前と同じように、双子の父親は忙しい毎日を送るようになってしまうだろう。
双子も本当は両親に甘えたかったけれど、気遣いに長ける双子は昨日1日父親と過ごして今日は母親に譲るのだと決めていた。
どうかこれから忙しくなっても両親の仲は拗れませんように。
意識が完全に落ちる前に願ったことは、アレクシスもアレクシアも同じことだった。
「・・・あら、寝てしまっているわ」
寝静まった子供たちの寝台に音も無く近付いたのは双子の両親であるテレジアとディオンだ。
あどけない顔で眠る我が子を慈しむ彼等は両側からそっと同じ寝台に入って双子の乱れている髪を直したり、頬を撫でている。
「貴女が駄々を捏ねるから遅くなった」
双子が起きないようにと最小限の音量の声をテレジアはしっかりと聞き取った。
「旦那様を大好きなのはこの子たちには負けませんから」
「・・・そういう話ではない」
自信たっぷりに言い切る妻に呆れるが、不意を突かれた告白に動揺してディオンの反応は遅れた。
そんな夫の様子を察したテレジアは嬉しそうに微笑み、けれども今度は目が笑っていない微笑みに変わって言葉が続けられた。
「旦那様のお仕事は理解しています。けれど、私はあれ以上の譲歩はしません。また禁忌の魔法に手を出しましょうか?」
「お願いだからやめてくれ」
「旦那様が私達の元に帰ってくるなら」
アレクシスの隣に横になっているディオンは、アレクシアの隣で眠ろうと体勢を変えているテレジアを見つめて、降参したように彼女と同じく寝台に完全に身体を預けた。
「おやすみ」
「・・・おやすみなさい」
4人で眠るには狭すぎる寝台で双子に身を寄せあって彼等は眠りについた。
「・・・仲が良いね」
「・・・本当にね」
双子は同時に目が覚め、周囲の状況に困惑しながらも珍しい出来事に興奮してすぐに状況を理解した。気配に聡いはずの双子の両親は、双子がひっそりと起きても珍しく眠ったままだった。
だから、身動き一つ取らずにもう一度だけ眠ろうと思う。
双子の身体の上で繋がれている両親の手に自分たちの手を重ねて。
双子に婚約者が出来るのは、まだ遠い未来の話。