第三〇〇話:統合鉄血学園アイアンワークス
「ふむ……ちょっと甘味が強いようにも感じられますけど、いいんじゃないですか? アリスさん」
アリスが作った急速に熱量が得られる携帯食料をつまみながら、クリスはそういった。
「胸焼け、しないのか」
「いいえ。特には」
これが若さか……!
「それはいいんですけどクリスちゃん、今日は夕飯を控えめにしましょうね」
「どういうことですか?」
「それ一個で、小さなお鍋一杯分のシチューと同じ油量ですから」
「うそおおおお!?」
クリスがそんな悲鳴を上げる中、萎れていたユーリエがどうにか回復し、ベッドから起き上がる。
「お見苦しいところを、おみせしました……」
「いや、こちらこそ済まなかった。ユーリエ卿」
「いえいえ、元はといえばちゃんと説明しなかった私が悪かったので……おかまいなく、マリウス卿」
落ち着きを取り戻したユーリエがそう答え、ベッドに座り直す。
その横に椅子を車座に並べ、俺たちも座り直した。
「それでは、教えてくれないか。この南の、海のことを」
「はい、まずは先ほど分校が襲撃してきた統合鉄血学園アイアンワークスから——」
■ ■ ■
統合鉄血学園アイアンワークスは、空に浮かぶ巨大な飛行船である。
それも一隻だけではない。複数の飛行船の上に橋や板を渡し、ひとつの巨大な飛行物体となっていた。
飛行船の大きさは、まちまちである。
それ故渡す橋や板——言い忘れていたが、手すりなどがない——も広さ、長さがまちまちであり、それ故全景を見ると歪な城塞都市がそのまま中に浮かんでいるように見える。
こう見えてなお、緊急時には速やかに飛行船ひとつひとつが分離可能になっているとは、にわかには信じがたかった。
その飛行船塊の中心部分、統合鉄血学園アイアンワークス本校。
古い、それでいて巨大な飛行船は、骨組みを用いた旧式である。
もっともそれにより、他のそれよりも頑丈かつ重厚な造りのそれは、自然と本校である貫禄を備えていた。
その最下部にある、生徒会執務室。
飛行船がまだ機械式だけで飛んでいた時代、船橋は均衡が一番安定する最下部に設けられていた。
その名残で、生徒会執務室も最下部にあるのである。
「……で」
生徒会執務室、副会長席。
隣にある豪華かつ巨大な会長席と違い、重厚ではあるが実用性一点張りの簡素な造りである。
しかしそれは使用者の性格を反映してか、えもいわれぬ迫力を醸し出していた。
「禁止していた海封図書館学園ダンタリオンへの攻撃を、しかも分校単体で行ったと」
そこに座るのは長身の目つきの鋭い女生徒である。
黒を基調とした制服の袖には、生徒会を示す腕章が留めてあり、副会長であることを証明する金の線が二本入っていた。
「——損害の報告が曖昧ですが、詳細は?」
席の前に並んだ、分校の生徒会長、副生徒会長、そして書記が一斉に背筋を伸ばす。
「ぜ、全滅です……」
返ってきたのは、怒声ではなくため息であった。
「そうでしょうとも。相手は四大竜の一角、轟竜です。全校あげてどうにか撃破できるかできないかってところなのに、分校ひとつの戦力でどうにかなるもんでもないでしょう」
「ですが、相手はたった一名なのです……」
「それで勝てると見込んだと?」
反論した分校の生徒会長は、答えなかった。
「生徒に被害がなかったのが幸いでしたね。ですが——」
副生徒会長が叱責を続けようとしたときである。
「いやぁすまんすまん、遅れてすまんね」
生徒会執務室の扉が開け放たれ、ひとりの女生徒がゆっくりとした所作で入ってきた。
副生徒会長と比べて、随分と背の低い女生徒である。
統合鉄血学園アイアンワークスの平均身長より、さらにひと回り低く、年寄りじみた喋り方であったが、むしろ周囲の生徒より幼くみえた。
しかしその肩掛けした制服上着には生徒会の証である腕章が留められており、地位を表す金の線は三本である。
すなわち——。
「生徒会長」
「いやぁ、技術部がすごいもの作ったというからいってみたんじゃが、本当にすごくてな」
「はぁ」
「なんと、引き金を引くと撃鉄が勝手に起き上がり、引き切ると倒れるんじゃよ!」
「つまり?」
「もう撃鉄を起こしてから引き金を引かなくても、引き金を引くだけで弾が出る! これは銃の革命じゃよ!?」
分校の生徒会と副生徒会長の間に立ち、生徒会長は熱弁する。
「まぁ、そうかもしれませんが……それ、引き金の引きしろ増えていませんか?」
「うっ!」
「あと引き金が相応に重くなると思いますが、いかがか」
「むぅ! 副会長、さては事前に見学してきたな?」
「していません、ただの想像ですよ。それより生徒会長。かれら第四三分校ですが」
「あ? あーあーあー」
思い出したといった様子で、生徒会長が自分の席に座る。
椅子が高いため、座るというよりも乗っかるといった方が近いように思える姿であった。
「経過はご存じですね」
「うむ。こっちに戻る途中で報告書はだいたい読んだ」
「それでは、第四三分校は廃校、生徒は他の分校に吸収という形で——」
「いいや。存続かつ、お咎めは無しで」
生徒会執務室が静寂に包まれた。
「——理由をお聞きしても?」
「水竜プレシオが、謎の爆発を起こして沈んでおる」
「……!」
「おそらくこれは、ワシらがいままで注目してこなかった、水中からの攻撃じゃろ」
「いわれてみれば……」
「それを見つけただけでも、大きな成果じゃよ。というわけで」
椅子を回して——足がつかないので、机を掴んで行った——生徒会長は分校の生徒会に向き直ると、
「正式な処分内容は、お咎め無し。失った術式を早急に回復させることと、軽傷とはいえ負傷者の治療に迅速にあたること。以上」
「ありがとうございます」
「——ただし」
室内の温度が一瞬にして下げたかのような声音で、生徒会長は続ける。
「もう命令違反を犯しちゃいかんよ? 次はワシでも庇いきれなくなる。いいね?」
「は、はい!」
「ならばいってよし」
「失礼いたしました!」
分校の生徒会が最敬礼を行い、そそくさと退散する。
その様子を見送って、ややあったあと……。
「ふぅ……」
目に見える形で、生徒会長がしぼんだ。
「おつかれさまでした。生徒会長」
「ああうん、副生徒会長もお疲れ様じゃよ。憎まれ役、すまんね」
「いいえ、独走した連中を処分したかったのは本音でしたので」
「さようか。まぁどちらにしても——水中からの攻撃はみすごせんねぇ」
「至急技術部、術式部、戦術部、戦略部と合同会議を執り行います」
「ああうん、よろしく。あと、多分ダンタリのユーリエちゃん? あの子分校ひとつ相当の応援みつけておるよ」
「というと?」
「報告書を読む限り、轟竜と校舎、プレシオが水中攻撃を受けた場所の距離が離れすぎておる」
「なるほど、たしかに。間諜部も動かしましょう」
「まかせたよ。ふぅ……」
一息ついて、生徒会長はつぶやく。
「いつものことだけど、魔王らしくなくてすまんね」
「いいえ。貴方は間違いなく、この学園の魔王ですよ」
そこで再び、生徒会執務室の扉が激しく開け放たれた。
「すみません! 麒竜と遊んでいたら、遅れました!」
「お疲れさん、書記。でももう終わっちゃったんじゃよ」
「えっ! じゃあ、また麒竜と遊びに行ってもいいですか!」
「あ、ワシもいく。背中に乗って走ってもらうと気持ちいいんじゃよー!」
「わかります! いきましょう生徒会長!」
ここで耐えきれなかったのだろう、副会長が自分の机を両手で叩く。
「四大竜は! ペットじゃねぇ!」
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