第二九六話:空竜プテラノ・水竜プレシオ
「結局こちらでも、戦闘はありましたね」
雷光号の通信士席に座り、各種情報を読み取りながらアリスはそういった。
既に艦は桟橋を離れ、浅く潜水を始めている。
「ある程度は想定していたことだ。しかたあるまい」
なにしろ一万年も時が経っている。
文化的断絶が起きている以上、敵として戦うことがある可能性は、ある程度覚悟していた。
それがたとえ、同胞であろうともだ。
「少し、心配なのは……」
雷光号の提督席に座ったクリスが、前方を見つめながら小声で呟く。
「魔族の方同士の戦いに、私の戦略と戦術が通用するでしょうか」
「何が出てくるかわからない以上、断言はできないが……」
ゆっくりと塔から離れる雷光号の速度と距離を意識しつつ、俺は答える。
「クリスの才能と豊富な経験があれば、まったく未知の敵にでも対応できるだろう」
「そうだと……いいのですが……」
制帽を目深に被って表情を隠すクリスであった。
珍しく、弱気である。
だがその気持ち、わからなくもない。
この南半球には魔王が俺とユーリエを含めて百二十九名いるという。
ユーリエの魔力とその使い方が俺と遜色がない以上、中には俺を上回る魔力の持ち主や、遣い手がいてもおかしくはない。
「いざというときは、全体の指揮もマリウス艦長にお任せします」
「了解した。もっとも、そういうことになるとは思えないがな」
クリスのその才能における最も優れた点は、その柔軟性にある。
おそらく俺よりも早く、未知の敵に対して戦略を、そして戦術を練ることができるだろう。
『みなさん——聞こえますか?』
そこへ、塔に残ったユーリエから魔力による通信が入った。
もちろん出航前に使い方を教えておいたのだが、
それを理解して実行するまでの時間が、恐ろしく早い。
『本校の警戒網を突破したのは、おそらく統合鉄血学園アイアンワークスの分校と思われます』
「特徴は?」
「特徴は?」
俺とクリスが、ほぼ同時にそう訊く。
『箒による高速移動と、竜の召喚です』
「箒? 箒で高速移動ってどうやって——」
「おそらくそれを媒介にして飛行するのだろう。古い魔法の形式だが、過去に実在している」
「そんな、それじゃおとぎ話の魔女……ああ、なるほど」
おとぎ話には、多かれ少なかれ元となった伝承があり、そこには史実が含まれている。
魔女が箒で空を飛ぶというのは俺も聞いたことがあるが、それは飛行の魔法を使う際、魔力を通す触媒として箒が最適だったからだ。
もっとも、飛行に慣れれば箒なしでも飛べたし、実際俺が封印される前はそうしていた。
それがどうして復活したのかはわからないが、なにかしらの理由があるのだろう。
それよりも、気になるのは竜の方だ。
「ユーリエ卿、竜というのは? まさか本物ではあるまい?」
『はい。幻獣の頂点たる古の竜ではありません。ですが私たち、今の魔族は——』
なぜか少々申し訳なさそうに、ユーリエは続ける。
『竜を仮想化し、使役することができます。特にアイアンワークスは竜の戦力化に精力的ですので……』
「ものすごいことを考えたな……」
いってしまえば、おとぎ話の英雄を魔法で再現し、使役しているようなものだ。
俺の感覚でたとえるなら、前の陛下を禁忌の死霊魔法で操っているのに等しい。
おそらくユーリエは、過去の魔族(つまり俺)の風習を知っているため、申し訳なさそうに伝えたのだろう。
「ユーリエ卿、その仮想化した竜というのは——」
「きました! 正面四! 早いです!」
アリスが叫ぶのとほぼ同時に、索敵用の表示板に光点がよっつ出現する。
この速度は——まちがいない。相手は空を飛んでいる。
「雷光号、戦闘体勢。もう少し深く潜れ」
『あいよ!』
海が暗くなり、ややあって文字盤だけの表示に切り替わる。
「潜望鏡、展開」
『相手さんをみるんだな、だすぜ!』
クリスの潜水艇は、鏡とレンズを用いた機械式のものであったが、雷光号のそれは違う。
逆探査を防ぐため有線ではあったが、魔力を用いて映像に変換するため、細身の縄のように自由自在に動かせるのだ。
この形式だと、潜望鏡の展開距離は驚くほど長くすることができる。
現に、暗い海の中をすすんでも、正面の表示板には海上の様子がありありと映し出されていた。
「みつけました。たしかに箒に跨っています」
アリスが素早く報告した。
どうやらひとつの箒に二名の魔族が乗っているらしい。
察するに、前方が操縦者で、後方が例の仮想竜を使役する者なのだろう。
「敵はおそらく召喚魔法を使ってくる。その前に叩いてしまってもいいが……」
雷光号の装備では、過剰防衛となってしまう。
となると……。
「ユーリエ卿、仮想化された竜というのは、何度でも召喚可能か?」
『いいえ。膨大な魔力を用いて設計、製造し、それを召喚陣の中に格納して使いますので、一度撃破されると再出撃までかなりの時間を要します』
「ならそれがでてきたところを叩くのが得策だな」
『はい。航空魔法隊は、使役者の安全を最優先するため、自らは直接戦闘に加わりませんから——召喚、きます』
ひとつの箒につき、ふたつの魔法陣が出現した。
そしてひとつの魔法陣からは翼竜が、もうひとつのそれからは首長竜が召喚される。
それは自身が複雑な発光する魔法陣で作られていた。
魔法でできたレンガを翼竜と首長竜に組んで、自由に動かせているといえばわかりやすいだろうか。
『空竜プテラノと、水竜プレシオです。どちらも機動力と攻撃力は高いので、おきをつけて』
「了解した。クリス?」
「大丈夫です。これならいけます。——よかった、これなら戦況が読める……!」
クリスが、小さく安堵した。
俺も胸中では、安堵していた。
これならばまだ、俺の常識で戦える。
——このときはまだ、そう思っていたのだ。
※面白かったら、ポイント評価やブックマークへの登録をお願いいたします!




