第二九四話:最終魔王〜ラスト・ダークロード〜
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最終魔王。
歴史上の英雄であり、物語の登場人物のような半生を過ごしてきた、もっとも史料、伝記の多い魔王。
彼の冒険は胸躍らされるものであり、またその即位における哀しい物語には、いつ読んでも涙を堪えることができませんでした。
肩書きの、それも表記だけでも同じ魔王として、私もいつか、彼の横に並び立てたら——。
物語を読む者にとって、それは誰もがもつ憧れのような願い。
それがもし、叶ってしまったら。
「現魔王、ユーリエ・フランゼスカよ。百二十八に分かたれたとはいえ、領土の護り……大儀であった」
気絶するしか、ないのです。
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「あ……」
寝台に寝かせていた、ユーリエが目を覚ました。
「気がついたか」
隣に適当な箱を置き、そこに座って様子をみていた俺が、声をかける。
すると彼女はがばりと起き上がり、
「ラ、最終魔王……!」
「頼むからその呼び方はやめてくれ」
いったい俺がなにをしたというのだ。いや、色々やりはしたが。
「あと、平伏もいい。意味合いはだいぶ違うとはいえ、同じ魔王だからな」
「いいえ、そういうわけにもいきません……」
寝台の上で依然平伏したまま、ユーリエはそう答える。
「——面をあげてくれ、ユーリエ卿」
本来ありえないことだが、魔王が対等なものと会話するときの作法というものは、存在する。
それは何らかの事情で終身在位できなかった前魔王が発生する事態をふまえてのことと俺は想像していたのだが、よもや一万年以上の時をこえて当代の魔王と会話するために機能するとは、完全に想定外であった。
「しかし、マリウス卿……私にとって、貴方は歴史上の英雄に等しいのです」
幸い、その作法はユーリエ側にも残っていらしい。
ユーリエは、俺と同じ所作で対応してくれた。
もしくは、俺が現在の人間の言葉を覚えた時と同じように、俺の言葉の端々から然るべき作法を学び取ったのかもしれない。
「その気持ちはわかる。だが、その上で俺は卿と対等な立場で話したい。その意味合いは大きく変わったようだが、現魔王を軽んじることはしたくないからな」
「お心遣い、ありがとうございます……」
「まずは、この南半球の現状を軽く説明してもらおうか」
「はい、それでしたら——」
寝台から降りたユーリエが、傍に置いた両手杖を手に取り、説明を始めようとした時である。
「マリウスさん、食料みつかりましたけど……」
「こちらもみつけました。ただ、なんというか——」
「腐っていたのか?」
俺がそう聞くと、アリスもクリスも首を横にふって、
「野菜も果物も、腐らないように塩漬け、砂糖漬けにされていたんですけど、どちらも同じ分量だったんです」
「それは……」
それは、俺にもわかる。砂糖漬けは原材料に対しておおよそ七割から八割の砂糖、塩漬けは三割から五割程度の塩で十分だ。
同じ分量でもできないわけではないが、砂糖と塩がかなり無駄になる上に、味が極端になる。
特に塩漬けの方は深刻で、そのままでは食べられず、流水などにつけて塩抜きする必要があるだろう。
「クリスの方は?」
「ええと、アリスさんほどではないんですが、なんというか——これしかありませんでした」
そういってクリスは、小さなインゴット状のものをみせてくれた。
「軍用固焼きか」
わかりやすくいうと、穀物を主体とした滋養のあるものを一度粉状になるまで徹底的に粉砕し、再度押し固めたり、水や油を加えて練り固めてから、徹底的に焼いたものである。
こうすると、保存性が上がるうえに栄養に優れ、しかも食べやすい。
従来の干し肉と石のように硬い焼きしめたパンとは違い、水やスープに浸す必要がないため、魔王軍内部ではおおよそ好評であった。
食べると喉の水分がもっていかれるという弱点があったが、どうやらそれは一万年経っても解消されていないらしい。
「つまり、そういうものを常備しないといけないほど、ここの治安はあまり良くないということだな」
「いえ、料理を作る手間を省いただけです」
ユーリエが、そう答えた。
「……なに?」
「料理を作る手間を省いただけです。それだけ、読書に時間を割けますので」
「では、砂糖漬けと塩漬けの方は?」
「お恥ずかしい話ながら……」
恥ずかしそうに視線を逸らしながら、ユーリエは答える。
「料理書はあまり読まないものでして、適当に……」
「なるほど……?」
どうやらかつての俺と同じく、ユーリエはあまり料理や食事にこだわりがないらしい。
「では、普段はこの固焼きと塩漬けと砂糖漬けだけを、延々と……?」
クリスが信じられない様子で、そう訊く。
「はい。というか、ほとんど固焼きと紅茶で済ませています……」
かつての俺も、もうすこしましな偏食ぶりだった。
そしてもちろん、そんなことを見逃すほど——うちの副官は甘くない。
「ではちょっと台所をお借りしますね」
にっこり笑って、アリスはそう宣言した。
「なるほど、な」
それを手に取って、俺は頷いた。
「ちょっとだけですが工夫してみました!」
固焼きの上に、雷光号から持ち込んだ固形化した乳を塗り、その上に同じく持ち込んだ魚を角切りにしてから焼いたものをちょこんと乗っけてある。
魚の切り身だけではなく、薄切りにした砂糖漬けの果物を飾り付けていたり、塩漬けの野菜を魚と同じように角切りにしてのせていたりと、とにかく種類がおおい。
それでいてひとつひとつは一口で食べられるようになっていたから、こういう場では便利であった。
これはまるで——。
「立食会みたいだな」
「私もそう思いました」
「ありがとうございます。よく作っていたので」
正確には、作らされていたのだろう。
だが、俺もクリスも、あえてそこには言及しなかった。
「なるほど、こんな食べ方が……」
どうやら、食事や料理に興味がなくても味覚が鈍感というわけではないらしい。
ひとつ食べた後口元に片手を当てて、ユーリエがそう称賛する。
「食事が済んだら、色々と話を聞かせてくれ。まずは、この島のことを頼む」
食事しながらより、その方が落ち着いて話せるだろう。
了解したとばかりに、ユーリエは頷いた。
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