第二八八話:次の総司令官は、だあれ?
「そういや、総司令官の証みたいなのはないのか?」
「元帥杖ならありますけど、司令官のはないですね」
「胸の中にマトリクス内臓してんじゃねぇの?」
「していませんよ!?」
「それで——」
先ほどとは違い、艦隊関係者のみとなった会議室で、クリスは厳かさすら感じさせる声で、こう続けた。
「どなたが、私の後に誰が総司令官になるんです?」
クリスが俺たちと共に魔族の生き残りがいる南半球に赴くとなると、誰かが代わりに総司令官職を引き継ぐ必要がある。
南半球の探索がどれくらいの期間か不透明な以上、俺が大船団長の地位をトライハル大将へ継承したように、代理ではなく次の総司令官として継承する必要があった。
候補となるのは、現時点で元帥である、アステル、ドゥエ、リョウコ、そしてエミルの四名であろう。
「さしでがましいようですが……」
リョウコが挙手し、発言する。
「いまでこそ元帥の地位を預かっている身ですが、私が一番艦隊司令官であった期間が短いはずです。なので、先手を打つようで申し訳ないのですが……辞退させていただけたら——と」
意外かもしれないが、事実である。
リョウコは俺たちが出会ったときは一艦隊を指揮する少将であり、船団ルーツの全艦艇を掌握する司令官ではなかった。
その後の船団シトラス動乱時には司令官へと昇進していたが、それを勘案すると、彼女が司令官であった期間は、この場にいる候補の中で最も短い。
「先任で考えると——私とエミルが妥当かしらね」
そうドゥエが発言する。
司令官をやっている期間は、ドゥエ、エミル、アステルとクリス(このふたりはほぼ同じ期間)、そしてリョウコの順番で長いらしい。
「でもねぇ……私には前科があるから不適格だわ」
前科とは、船団ジェネロウス簒奪騒動のことであろう。
ちなみに黒幕であるリバー・サウザンド大佐は、現在しれっとトライハル大将の補佐を行なっている。
つまり——。
「その件については、不問ということになっているんだが……?」
「ばかね、けじめの問題よ」
けじめというより、ドゥエ本人の心の問題であろう。
だからといって、強制することはできない。
「となると、エミルか……?」
「やってみてもいいけどよ……」
意外にもすぐさま拒否せずに、エミルはそう答えた。
「なったら水雷艇禁止だろ」
「当然でしょ」
「当然ですね」
「当然ですよ」
間髪入れずに即答する、ドゥエ、クリス、リョウコだった。
「じゃあやんねぇ。ぜってぇやんねぇ」
子供みたいに拗ねるエミルだった。
「エミル」
「戦術的な問題もある。『轟炎再来』どうすんだ」
「……そうか、その問題があったか」
単座駆逐艦『轟炎再来』はエミルの乗艦である。
現時点では元帥位にいるものが前線に直接出るのは好ましくないのだが、エミルはこれに搭乗し、水雷艇による銛の一撃『雷撃』を得意とする水雷突撃艦隊を指揮しているのだ。
当然のことだが、全艦隊の総司令官ともなると、そのような闘い方はできなくなる。
すると、『轟炎再来』が浮いてしまうという問題が浮上するのだ。
「賭けてもいいが、誰も乗ろうとしないはずだぜ?」
「だろうな」
元船団フラットの艦隊、現水雷突撃艦隊はひとりのこらずエミルに絶対的な忠誠を誓っている。
故に、エミルが乗っていた『轟炎再来』に乗ろうとするものはひとりも現れないだろう。
そうなると、蒼雷号と合体して使う荷電粒子砲も使えなくなるということになる。
いかに主だった外敵がいなくなったとはいえ、戦力の低下は避けておきたいところだった。
「となると、私かステラローズ公か……」
ドゥエが、真剣な貌で検討に入る。
おそらく、自分とアステルどちらが艦隊を外れたらより戦力を下げてしまうのかを計算し始めたのだろう。
「——いいか?」
ここで、俺は質問の声をあげた。
この場では大将と他の皆よりもひとつ階級の低い俺である。
だから影響力はあまりない……と思いたいのだが、それでもひとつ聞いておきたいことがあった。
「クリスは、自分の後継者として誰を想定している? もしくは、誰を推薦したい?」
「むずかしいことをいいますね、マリウス大将は……」
蚊帳の外にいたつもりが、急に引き戻された様子で、クリス。
「そうですね、私なら……アステルさんを推挙します」
「はい!?」
アステルが、素っ頓狂な声を出す。
「ちょ、ちょっとおまちになって? 先ほどのお話ではわたくしは先任としての席次だいぶ低いはず」
「私と一緒ですよ。それに、先の艦隊戦で功績があったじゃないですか」
「それは他の皆さんもおありでしょう?」
たしかに、リョウコは元俺の乗騎と斬り合って勝利しているし、ドゥエは敵艦隊必殺の荷電粒子砲による槍衾を艦隊規模で防いでみせている。そしてエミルは威力と砲門数で劣る荷電粒子砲の撃ち合いに、射撃間隔の短縮と精密射撃を組み合わせて勝利していた。
「もちろん皆さんの功績もすごいですが……私たちにとってはじめての空中戦をやってのけ、勝利したことは大きいです」
「それは——」
アステルの反論が尻すぼみになる。
たしかに、クリスの言う通りなのだ。
俺ですら体験していない飛行する艦による空中戦。
これを一番最初に体得し、なおかつ勝利したと言うのは、確かに大きい。
「また、それぞれの艦隊のくせを考えると、アステルさんの高速機動艦隊が一番引き継ぎやすいでしょう」
「それはどういう意味ですの?」
「うちの艦隊の中で、一番堅実な運用をしているということですよ」
否定も肯定もできず、沈黙するアステルであった。
繰り返すが、クリスは全軍を預かる総司令官である。
故に各艦隊の運用状況はしっかりと把握済みであった。
「こうしてみると、総司令官としてはクリスタインが圧倒的なのよね」
「そうだな。実際の戦闘じゃ必要最低限の指示ですませちまうし」
エミルがドゥエに同意する。
この必要最低限の指示というのが注目に値する点である。
それに至るまでのものすごい量の指示と運用計画の修正と承認、そして莫大な練習時間を費やしているからだ。
奇しくも、総大将としてクリスと俺のやり方はよく似ていた。
俺の場合は自らも前線にでなかればいけなかったというのもあるが、クリスの場合は、最悪旗艦が沈んでも戦闘を継続できることを最重要としているのだ。
それは、彼女の先代——父親である、オスカー・クリスタイン元帥——が亡くなった際、艦隊運用に支障が出たためであるという。
以降、クリスの艦隊は旗艦が抜けても戦闘継続ができることを最重要として運用してきたというのだ。
そしてそれは、いつつの船団が統合された今も続いている。
そのクリスがアステルを推薦する。
つまり、それが最善なのだろう。
「どうする? ステラローズ。やってみっか?」
「私は賛成です。パーム元帥は私たち戦術寄りの指揮官と違い、戦略寄りですから」
エミルに続いて、リョウコがそんな援護射撃を飛ばした。
「……そうね。高速機動艦隊をどれだけ広く展開しても、まるで見えているかのように運用できるのは、ステラローズ公だけだわ。それに、私が総司令官になってしまったら、聖女の姉さんと並んでブロシア家の影響力が強くなってしまうし」
ドゥエが嘆息する。
どうやら、双子の姉であるアンのことまで考えていたらしい。
「どうする? ステラローズ公。いまなら辞退できるわよ?」
発言したドゥエをはじめ、全員の視線がアステルをみる。
それに対して、アステルは一度深呼吸をすると、
「辞退など、ステラローズの辞書にはありませんわ!」
いつもの様子で、受諾したのであった。
「いけるのか」
「当然ですわ、エミル元帥。わたくしの高速機動艦隊はわたくしが欠けたからといって、戦力低下につながることはございません。そんなやわな鍛え方、しておりませんもの」
奇しくもその方針は、クリスと同じであった。
つまりはそれを見抜いて、クリスは推挙したのだろう。
「それに、全艦隊を高速化できれば、それはいつもと同じになれますわ」
「それじゃ、クリスタイン。旗艦は『バスター2』から『ステラローズ』に移すけど、それでいいの?」
「問題はありません。私の直轄となる近衛艦隊の運用、お願いします。アステルさん」
「任されましたわ、クリスタイン守護元帥。……ふふっ、まさかこんな日が来るなんて、思ってもみませんでしたわ」
どこか眩しいものをみるような様子で、アステルは続ける。
「おじさま——オスカー・クリスタイン元帥に頼まれてから、ずっと後見していたつもりでしたけれど、いつのまにか並び、そして追い抜かれ……ついには、見送ることになりましたわね」
「なにをいっているんですか」
少し恥ずかしそうに、クリスが返す。
「私だって、まだまだ教わっている途中ですよ、ドゥエさんとも、リョウコさんとも、エミルさんとも、そしてアステルさんとも——です」
「そういってもらえると、光栄ですわ。ですが……いえ、あえてですから、といわせていただきましょう」
今は亡きクリスの父親との約束が果たせて嬉しいのだろう。
アステルは微笑んで、そう続ける。
「ですから、わたくしたちのことは気にせずにいってらっしゃいませ、クリスさん。留守中の艦隊はわたくしが、そしてわたくしたちが、立派に護ってみせますわ!」
そういうわけで、船団アリス護衛艦隊の二代目総司令官は、アステル・パーム守護元帥となった。
「マトリクスよ、光を!」
「だから持っていませんってば! どこから持ってきたんですかそれ!」
「宇宙をひとつに!」
「それいうと継承できるけど……老けるぞ」
「いいやあああああ!?」
「総司令官を継承しても、老けませんよ!?」
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