第二八〇話:一万年の、夢の終わり。
「全艦、軌道要塞『シトラス・ノワール』を盾にするように再配置。『シトラス・ノワール』乗組員は、対爆区画に避難。避難しきれない人員が出た場合は、各戦艦の対爆区画に移乗してください。また、各艦も甲板上の見張り員は艦内に避難。艦橋人員は最低限を配置し残りは対爆区画へ移動してください」
この指示を、急上昇、急降下、急旋回しながらの白兵戦で揺れに揺れる大雷光号の操縦室内で、クリスはよどみなく言い切った。
「了解。全艦に通達――」
そしてそれを、同じくよどみなくアリスが復唱する。
俺でさえ、肺の中の空気を吐き出すのに相応の努力がいる中、その声はクリスと同じく明瞭そのものだった。
いまさらながら、安全帯を幅広くしなやかな造りにして正解だったと思う。
そうしなければそれは、俺はともかくアリスとクリスのしなやかな肢体に食い込み、その柔らかな内臓に損傷を負わせていただろう。
「紅雷号、蒼雷号、紫雷号、黒雷号も待避だ」
『了解しました! みんな、さがるわよ!』
紅雷号のみが返答を返し、四姉妹は息の合った散開行動をみせる。
あと、できるだけ一般艦艇に被害が出ないようにするには――。
「こうか……!」
光の零番に斬りかかりつばぜり合いに持ち込む。
ここで推進方向を下方に集中させ、大雷光号と光の零番は一気に高度を上げていく。
光の零番も自律型とはいえすぐに俺の意図に気づいたのだろう。
当初は上から押さえつけようとしたのだが、大雷光号と違い、機械的な推進器をもっていないことがここで響いてきた。
同出力であっても、推力に差が出てきたのである。
こうなると、大雷光号の上昇を止めることはできない。
つばぜり合いから逃れようにも、俺の操縦による細かい推進器の操舵にはついていけないし、強引に切り抜けようとするのなら、損傷覚悟の零距離射撃ぐらいしか――。
「内部反応急速上昇! 零距離射撃、来ます!」
「くっ――!」
反射的に、光の零番を蹴り飛ばす。
それをまっていたとばかりに、荷電粒子砲の嵐が大雷光号を襲うが――、
『効くかよ! そんなもん!』
大雷光号が蹴りを放った。
当然距離的にあたるはずもないが、それは白狼アーマーが変形した部分である。
故に搭載されている『聖女の二重奏』が発動でき、光の零番の射撃はことごとくが無効化されたのであった。
それだけではない。
「雷光号! そのまま行くぞ!」
蹴りの姿勢のまま、光の零番めがけて一直線に加速させる。
同時に半球状の障壁である『聖女の二重奏』を円錐状に変更すれば――。
巨大な槍のできあがりだ。
『おおおおおりゃあ!』
対する光の零番は射撃をやめ、両手から巨大な光帯剣を発生させると、交差させてそれを受け止めた。
互いの推進器から、光の魔法と雷の魔法とが、周囲を加熱、放電させていく。
決定打は、設計の違いであった。
さきほどもいったように、雷光号にはそれぞれ機能に準じた装置がある。
射撃であれば砲塔が、跳躍や突撃であれば推進器が、白兵戦であれば光帯剣が――といった具合にだ。
それに対し、光の零番は魔力炉である骨格を軸に、各種魔法で砲撃や、推力、光帯剣の刃を作り出す。
その方がより万能的が動きができるのは確かだ。
しかし、専門的な設計の機器にはあと一歩のところで敵わない。
結果として、光の零番は斜め上方に蹴り飛ばされた。
威力としては下に蹴り落とした方がより効率的であったのだが、大前提である一般艦艇への被害低下を考えるのならば、それは断じて認められない。
ここから、光の零番が挽回するのなら手段はひとつ。
出力をあげ、なおかつ自爆までの時間を早める機関の暴走化だ。
「光の零番、変色! 白から青になりました!」
「雷光号、光の零番の出力特性から自爆までの秒読みはじめ!」
『あいよ! 推定残り時間――十二、十一、十!』
もはやなりふり構わない。前推力を突撃に回し、ありったけの砲撃を叩き込みながら斬り込んでいく。
光の零番も、先ほどとは段違いの出力で砲撃を開始。同時に巨大な光帯剣を二本、まっすぐに構えてこちらに突撃した。
大雷光号の砲弾が、光の零番の荷電粒子砲に撃ち落とされ、四散する。
『九、八、七――』
ふと、思う。
もし光の零番をタリオンが操縦していたら――いや、光の零番がタリオンそのものであったのなら。
俺の意図を正確に読み取って、的確な対応をとれただろう。
よしんばそれが俺の過去の傾向から読み取れない新戦術であったとしても、それを的確に読み解き、自分のものとしてから、反撃してきたに違いない。
「――貴様はやはり、タリオンではない……!」
なぜ、俺達が『聖女の二重奏』を再び展開して突撃しなかったのか。
どうして、効果の薄い火砲、それも迎撃されやすい実体弾を撃ったのか。
そして、実体弾に仕込みがないか、吟味しなかったのか。
『六、五、四――』
タリオンであれば、そのみっつをすべて、そうでなくても最低ふたつには気づいたはずだ。
しかし、光の零番はそのどれもに気づかなかった。
大雷光号の背後に、いままでのものとは比較にならない巨大な雷の翼が生まれる。
それは、砲弾に俺が雷の魔法の触媒をあらかじめ仕込んでいたからだ。
それが光の零番によって打ち落とされ、拡散し、背後から雷の翼からの放電を受けて一気に反応した。
これにより、大雷光号は瞬間移動に等しい加速を得た。
同時に、その莫大な量の雷を光帯剣の刀身と一体化させ、背後から前方へと振り抜く。
それは長大かつ、鋭利な雷の刃となって――。
『三、二、いち――!』
光の零番を、真横に薙ぎ払った。
直後、眩い光があたりを包む。
だがそれは、まぶしいだけで自爆によるものではない。
行き場を喪った光の魔法が、ただ単に漏れ出しただけなのだ。
「状況は!」
操縦室から光が収まった途端、クリスが身を乗り出さんばかりに叫ぶ。
「光の零番、核を真横に断ち切られ――消滅しました。魔力反応、一切ありません!」
雷光号からの表示を読み取ったアリスが、さすがに少しうわずった声で、報告する。
「俺たちの、勝利だ……!」
『よっしゃあああああああ!』
雷光号が光帯剣を掲げ、ゆっくりと降下する。
眼下では、アリスの報告を受けた各艦艇の乗組員が、我先にへと艦橋の外や帆柱に飛び出して、こちらを見上げていた。
莫大な魔力が放出されたせいだろう。
いままで重く垂れ込めていた雲が一時的に取り払われ、日の光が降り注ぐ。
「さらばだ、タリオン――!」
どこか引きずっていたのだろう。
ふとそんな言葉が飛び出してしまう、俺であった。
「大空に、笑顔でキメ。でございます」
「余韻すら残させないのか、貴様は」
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