第二七七話:宝石の騎士
タリオンの設計思想はおそらく、防御力無視の機動力全振りなのだろう。
装甲が一切無い機動甲冑の両手を駆使した連続斬りは、手首がないという可動範囲の狭さを補うほどの素早さであった。
たしかに、光帯剣であれば、物理的な剣と違って事実上の重さがない。
それ故、関節の強度は理論上最低限のものでいいのだろう。
そして光帯剣で防げる、物理的な装甲は存在しない。
ドゥエが指揮する白狼紫雷号が装備する荷電粒子障壁『聖女の二重奏』であれば防ぐことができるが、そのために全出力を割かねばならず、僚艦がいること前提の艦隊戦ならともかく、一対一の近接戦闘ではあまり頼りにはできなかった。
だからこそ、タリオンが最後に作った光の零番は、無装甲、機動力特化となっているのであろう。
――それに対抗できるのは、他でもない俺だけであると信じて。
手首に直結された左右ふた振りの光帯剣を連続で弾く。
一見すると手数が多い二刀流の方が有利に見えるが、その攻撃範囲は限定されるため、さしたる脅威ではない。
むしろ、互いの攻撃範囲が重なるためむしろ攻撃が読みやすいほどである。
それ故に、二刀流ひとりよりも一刀流ふたりの方が、断然脅威度が高いというのが、俺の見解であった。
そして、二刀流の弱点はもうひとつある。
それは連撃をすべて弾くと、次の連撃が来るまでの隙が大きいという者であった。
「もらったぞ!」
両腕が弾かれ、胴体やや下側にできた隙に俺は光帯剣を真横に振るう。
胴体を真横に斬るはずのその一撃はしかし、直前で弾かれ大きくその軌道をずらした。
「ごく小さな、荷電粒子障壁です」
確認する前に、アリスから報告が飛ぶ。
『いまの、白狼紫雷号のと一緒かよ!?』
「いや、ごく狭い範囲に展開させただけだ。あれなら機関をふかさなくても展開することができる」
『それって、オイラにも積んでる?』
「まだ実装前だ。だから同じように斬られたら終わりだぞ」
『おお、怖え怖え」
口調ほど、本気で怖がっていない雷光号であった。
それだけ俺が信頼されているのかと思うと、少し背中がかゆくなる。
とはいえ、俺の敗北はそのままアリスやクリスの生命、そしてここまでついてきてくれた艦隊の存亡につながるので、気を抜くことはできない。
「やるとしたら、こちらも連撃か……!」
光帯剣を構えたまま、深く息を吸う。
自分自身が剣を構えているわけではないが、いやそれだからこそ、いつも以上の緊張感がそこにはあった。
封印される前、散々味わったはずの緊張感である。
「ここからは、かなり揺れるぞ。気をつけ――」
アリスとクリスに、声をかけたときだった。
紅く輝いていた光の零番の軸部分が、突如橙色に変わり、すぐさま黄色になる。
『やべえ、やっこさん出力が一気に上がったぞ!?』
「総員閃光防御!」
アリスとクリスがとっさに目をかばう。
直後、光の零番が広範囲の魔法を放った。
正確に言えば、有り余った魔力を外装毎外に放出したのだ。
「これ……は……」
閃光が収まり次第、すぐに顔を上げたクリスが絶句する。
「光の零番、骨格の外装部分を吹き飛ばしました。また、拡大魔王城、現在地点より上が消失!」
アリスの報告通りだった。
もとより形だけの再現にこだわっていたのか、今の魔力放出で魔王城の上層部分が全て吹き飛んでいた。
そして目の前には、もう宝石の軸部分しか残っていない光の零番が、静かに浮いている。
『飛んだ!?』
「飛んでいるわけではない。魔力を放射して、浮かんでいるだけだ」
それだけでも、たいした出力ではあるが。
「もう宝石だけの騎体ですね」
「その宝石ですが、増殖しています!」
アリスのいうとおりであった。
まるで結晶が成長していくのをごく短い時間でみているかのように、光の零番の軸となっている宝石が次々と増えていく。
それは氷のように全身を覆いかため、きがつけば光の零番は雷光号と変わらない体格となっていた。
「宝石を増やして出力をあげた?」
「そうか……そういうことか……!」
魔力炉を、増殖させる!
たしかにこれならば、任意に出力を上げることができる。
そして、それでいて美しい。
「とんでもない設計だな、タリオン……!」
一万年の研鑽を、かいまみた気がする俺であった。
「光の零番、来ます――これは、砲撃!?」
光帯剣を下に提げたまま、全身の至る所から荷電粒子砲がこちらに向かって火を噴いた。
『やべぇ、ふせげねえ!』
雷光号が悲鳴を上げる。
「大丈夫だ。ここまで来れば問題は無い!」
操縦桿をおもいきり倒しながら、俺。
同時に雷光号の腕から雷の障壁が現れる。
それは難なく、光の零番第二段階(仮称)の放った荷電粒子を、悉く弾いたのであった。
『オイラが、魔法をつかったぁ!?』
誰よりも驚いた様子で、雷光号が叫ぶ。
「ど、どういうことですかマリウス大将!」
こちらも驚いた様子で質問が飛ばすクリス。
「昔の機動甲冑ではな、操縦にある程度なれてくると搭乗者の魔法をそのまま機動甲冑が使えるようになっていたんだ」
太古の昔、魔法には発動体と呼ばれるものが必須であった。
指輪や刀剣、そしてもっとも基本的なものは杖であったという。
俺の世代ではもはや常用するものではなかったが、魔法の基本訓練はその発動体を使ったものが多かった。
その方が、魔法を発動しやすかったからだ。
それ故、機動甲冑を使い慣れたものは、機動甲冑そのものを発動体として魔法を行使できる。
それは端から見ると、機動甲冑そのものが魔法を発動しているように見えるのであった。
「いままでは音声による指示であったからな」
そのため、使うにしても剣に各種魔法をかけるなどの強化が精一杯であった。
だが、いまは違う。
こうして操縦することにより、俺の手足と雷光号の手足は、感覚的にほぼ同一のものになりつつあった。
「攻撃や、防御だけではない」
光の零番第二段階と同じように、俺は魔力を放出させる。
『オイラが、浮いたぁ!?』
雷光号が、驚き半分、うれしさ半分といった声を上げる。
「行くぞ、タリオン。第二回戦だ!」
互いに魔力を乗せた突撃が、激しくぶつかりあう。
雷光号の雷が光の零番の宝石に反射するその光景は、場違いながらも美しかった。
「ふむ。我ながら良い出来ですね」
「勝手に光の零番と名付けたが、実際のところはどうなんだ」
「ふむ——特に名付けませんでしたが、あえて呼ぶならそう——フォスフォフ——」
「それ以上はやめろ」




