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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第十一章:一万年の、夢の終わりに

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第二七三話:魔族の生き残り。


 ……そうだ。

 ――そうだった!


 タリオンが造った避難船は、二隻。

 片方には人間が、

 そしてもう片方には魔族が乗っていたという。


 生き残っているのだ、魔族は!


「教えてくれ、タリオン。今の魔族の状況を」

「臣にもわかりませぬ」

「……なに?」


 さらに追求しようとする俺に対し、タリオンは身振りで押しとどめると、


「その前に、ちょっとした地理の復習を致しましょう。そこの小さなお嬢さん、貴方がたの船団の南には、何がありますかな?」

「小さ――いえ、あなたにとってみれば、私は小さいでしょうね」


 クリスが、小さく咳払いをする。

 ――以前、似たような質問をしたことがある。

 その時の回答では、船団アリスより南に、船団は存在していないとのことであったが……。


「『材木海流』ですね。船の材料を得るのに最適なので、時折採取に出かけたりしています。ただし、潮流の流れが速いので長時間滞在できないのと、奥に――南に行くほど、浮かんでいる材木の密度が上がって木造船だと船体そのもの、鋼鉄船でも推進器と衝突する可能性が増えるので、通常あまり奥へは進みません」

「すばらしい。満点です」

「話していて思いつきましたが、この仕組み――もしかして、あなたが?」

「いかにも。その通りでございます」


 つまり、海に放り出された人間が自らの家にもなる船に困らないよう、タリオンは定期的に材木を提供していたということなのだろう。


「推測するに、海底工場か」

「ええ。下級、すなわち一万番台の機動甲冑の一部に製造と海面の監視をさせております」

「海面の監視? ……ああ、在庫の監視か」

「仰るとおりでございます陛下。一度に大量に使って、人間が一気に増えてしまっては困ります故」

『どんだけ面倒みているんだよ』


 エミルがそう口を挟む。


「仕方の無い話でございます。貴方がた人間ときたら、少しでも目を離すと同族同士で争いをはじめるのですから」

『やべぇ、否定できねぇ』


 俺たちのいる船団アリスの元となった五船団は比較的穏当であったが、それでも元エミルの船団フラットと元リョウコの船団ルーツは小競り合いを続けていたし、俺たちが到着する前に全滅していたが、北方の船団はしじゅう相争っていたという。


「ここで貴方がた人間の哀しい習性の話をすると、それこそ一万年必要になりますので、ここではおいておきましょう。さて、先ほど満点の回答をされた小さいお嬢さん、材木海流のその先(・・・)には、なにがございますか」

「その先……ですか」


 クリスが、小さく喉を鳴らした。


「私は、直接みたわけではないのですが……嵐の壁(・・・)があったと」

「嵐の壁?」


 訝しむ俺に対し、タリオンは大きく息を付くと、


「そこまで到達できるようになっておりましたか。貴方がた人間も侮れませんな。で、まさかとは思いますが、突破は試みておりませんな?」

「はい。観測機器を投入したところ、最大規模の台風を越える気圧の低さと風速、そして雨量であると判明したので引き返すように命令しました」

『なんだ、クリスタインのところもそうしたのか』

「そうしたのかって――エミルさんのところも?」

『おう、多分リョウコやアステル、ドゥエんとこもやってるだろ?』


 そういうエミルに対し、リョウコもアステルもドゥエも返答を返さなかった。

 おそらく、暗黙の了解というものなのだろう。


「どうやら、貴方がたは多少理性があるようでございますね」


 安心したように、タリオンが呟く。


「仮に侵入すると、どうなる?」

「計算上、中枢船と同じ大きさの戦艦が突入したとしても、数時間もたずに圧壊いたします」

「そんなにか……」


 つまり、雷光号でも突破は難しいということだ。


「赤道上の高温多湿の環境を活かし、臣が仕込んだ永続魔法でございます。陛下とて、無策では突破できるものではございません。ですがその先に――魔族が住まう、南天がござます」


 南天、すなわち南半球。

 そこに、魔族の生き残りがいるというのだ。


「つまり、嵐の壁を突破しない限り、南天の――生き残った魔族の様子はわからないと?」

「左様でございます、陛下。もっとも、例の立方体が一向に落ちてこないので、絶滅しているわけではないというのはわかりますが」

「彼らがこちらに来ないのも――」

「北にある嵐の壁を越えるなという、臣の言いつけを今も守っているか、嵐の壁を越えてまで、たどり着く価値がないと考えているか、あるいは生きていくのに精一杯なだけなのか……臣としては、二番目であってほしいものです」


 言いつけを守る従順な民ではなく、自主的に損得を図れる民であって欲しい。

 タリオンは暗にそう願っているようであった。

 俺としては――多少の好奇心・冒険心はもって欲しいと思ったが。


「それでタリオン、突破方法は?」

「え?」

「え、ではないが」

「いやいや、臣の組んだ嵐の壁でございますよ。人間がどんなに進歩しても突破はかなうまいと綿密にくみ上げた術式でございます」

「しかし……解呪方法はあるのだろう?」

「この手のものはそういうものを用意しない方がより堅牢になるのです。ははは」

「ははは、ではないっ」


 それでは、生き残った魔族の様子はわからないに等しいではないかっ。


「陛下。突破口は、陛下が考えることでございますよ。それに、おそらく突破口は開かれております」

「どういうことだ?」

「知性無き、海賊でございます」

「――あれは、貴様のものではなかったのか!?」

「もちろんでございます。あんな美しくないもの、臣が造るとお思いでございましたか?」


 たしかに、タリオンが造ったものにしては、優美さに欠けるとは思っていた。

 だが、あれらが巨大な戦艦でも圧壊する嵐を越えられるとは思えないのだが……。


「久しぶりに臣と話すことで、勘が鈍られているようですな。海中でございますよ」

「そうか、海の下なら……!」


 水圧に耐える必要があるが、それは常時のものであって、嵐のように急激な変化が断続的に起こるものではない。

 それであれば、嵐の中を進むよりかは幾分かやりやすそうではあった。


「何者かが、アレを派遣して北天の様子を探っているようでございますな。もっとも、あのように知性がほとんど無いので本当に様子を探っているのか、真偽はわかれるところでございますが」

「貴様はどうみる、タリオン」

「とりあえずいけるからいってみたという感じではないかと推測しております」

「一体いつ頃から侵入してくるようになったのだ?」

「………………」

「タリオン? タリオン!」

「……ああ、失敬いたしました。どうも、臣も陛下とお話しすることができて少々鈍ってしまったようでございますな」


 ――違う。

 あのタリオンが、そんなことで曖昧になるはずがない。

 だとすれば。


「タリオン、貴様の機械の身体は、耐用年数五千年といっていたな?」

「――左様でございます、陛下」

「稼働時間は、あとどれくらいだ」


 あえて寿命という言葉を使わず、俺はそう訊いた。

 いや、訊けなかったのだ。


「気づいてしまわれましたか、陛下……」


 ばつが悪そうに、そして申し訳なさそうに、タリオンが笑う。


「正直に申し上げますと、数えられる状態に陥っております。いやぁ、自分の寿命があとどれくらいかわかる機能とか、嫌な機能をつけたものですな。臣なんですが」

「どうにか……ならないのか」

「こればかりはどうにも。死者を操る死霊魔法ならば可能ですが、陛下が求めていらっしゃるのはそれではございませんでしょう?」

「あたりまえだ」


 死体を人形のように操るなど、想像するだけでおぞましい。

 ましては、知己のある者をなどと!


「そして生命というか機械としても、臣はすでに限界でございます。ここで陛下がなにかを足して臣を生きながらえさせたとしても――それはもう、臣という意識を保てない、なにかに成り果てるだけでございましょう」

「そう……か」


 実は既にタリオンの身体の構造は走査済みである。

 身体のほぼ全てを機動甲冑のそれに置き換えたタリオンの身体は――正常な部品がひとつもなかった。


「ですので、陛下。お願いがございます」

「可能な限り、答えよう」


 俺が即答すると、タリオンは目を細め。


「ありがたき幸せ。それでは、臣が死にましたら――即座に、破壊していただきたい」

「なんだと!?」


 ついに理性が抑えられなくなり、俺は声を荒げてしまった。


「もう、ゴールしてよろしゅうございますか」

「ぜったいだめだ! 色んな意味で!」

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