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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第十章:縦海の大海戦

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第二七〇話:バレンタイン特別編『あの頃のバレンタイン』


 以前アリスとクリスには話したが、俺が封印される前からバレンタインの風習はあった。

 では、前の陛下はどうだったのかというと。



□ □ □



「マリウス君たすけてー!」


 前の陛下が魔王城にある俺の部屋に駆け込んできたのは、バレンタインの一週間前のことであった。


「チョコが、チョコが固まらないの!」

「余計なものを入れすぎたんですよ」


 前の陛下から頼まれている書類から顔を上げずに、俺はそう答えた。

 そこそこ料理の勉強をしていて知ったことだが憶えたことなのだが、溶けたチョコレートに不純物を入れすぎると、そうなるのだ。


「違うわ。砂糖しかいれていないもの」

「それなら、確実に固まるはずですよ」

「それが、そうなっていないのです。ずっとドロドロしたまま!」

「ドロドロ……?」


 それはおかしい。

 もっとこう、サラサラとしているはずだ。

 あるいは分離して、チョコレートの部分のみが固まるとか。


「陛下、それは本当にチョコレートなんですか?」

「そうよ。ちゃんと南から取り寄せた、チョコレートの豆! でも変なのよね。チョコレート色をしていないし、何より甘くないんだもの」

「――陛下。それはチョコレートではなく、カカオ(・・・)です」


 前の陛下は、料理の才能があまりなかった。

 下手というわけではない。

 時折自分で作る料理は美味く、俺やタリオンは何度かお相伴に預かっていた。

 だが、知らない料理を作ろるとなると、途端にこうなる。

 方向性が、根本からおかしくなるのだ。


「やっぱり、カカオだ……」


 その堅い、独特な形状の豆の山を前にして、俺は頭を抱えそうになった。


「え、えっ? 砕いてお湯に溶かして、砂糖を入れて固めればチョコレートになるんでしょ?」

「恐れながら陛下、工程をいくつかすっとばしてございます」


 そう注進したのは、タリオンであった。

 どうやら、この騒ぎをどこからか聞きつけたらしい。


「とりあえず、カカオの豆をふたつにわけましょう。あ、その前に発酵か。そして――」

「そうですな。まず用意すべきは――」


 ここで、俺とタリオンの声が重なった。


「「遠心分離機」でございます」


 そういうものを作る暇は本来ないのだが、目の前にある大量のカカオをそのままにしておくわけにはいかなった。




「おおお……すごい、みたことあるチョコレート――の粉だわ!」


 数日後、それをみて陛下は顔をほころばせた。

 まずはカカオ豆を前言通り全量発酵・焙煎させる。

 次にそれをふたつにわけると、片方を粉砕して、急ごしらえの遠心分離機にかけたのだ。

 それにより、クリーム色をした油脂と、みたことのあるチョコレート色の粉に分離することができた。

 前者がココアバター、後者がココアパウダーである。


「こちらの粉は、いわゆるココアです。砂糖とお湯を加えるだけで、あの飲み物ができますよ」

「そういえば、たしかにそっくりね。それで、そっちの石鹸みたいな油脂の塊はどうするの?」


 こちらの用途は様々だ。

 いま先の陛下が仰ったように石鹸の基材として使ってもいいし、薬品のそれとしてつかってもいい。

 あるいは保湿剤としても、なかなか役に立つはずだ。

 だがいまは――。


「もう片方のカカオ――今は加工したカカオマスですが、これに加えます」


 巨大な釜の中に湯を張り、その上に一回り小さいものの依然として巨大な鍋を浮かべる。そしてその中に、カカオバターを入れて溶かし、続いてカカオマスと砂糖を加えて、ひたすらよく混ぜる。


「あ、いい匂い! やっといい匂いになりました!」


 前の陛下が嬉しそうな声を上げる。


「タリオン」

「おう」


 俺はタリオンが魔法で作った急ごしらえの型に、チョコレートを注ぎ込んだ。

 おそらく冷却の魔法がかけられたそれにより、チョコレートは急速に固まっていく。


「この通り、チョコレートの完成です。今は練りが足りないので、少し舌触りが悪いですけど」


 これを適温でひたすら練っていくと、全体に照りが出たようになりなめらかになる。

 そうなったところでゆっくりと冷やせば、チョコレートは完成ということだ。


「なるほど! ふたりともよく知っていたわね!」

「書庫の辞典にありました故」

「僕も、少し興味があって」


 本当は、少し違う。

 以前、前の陛下が遠征時のお土産にチョコレートを買ってきてくれたことがあったのだ。

 あのときの甘さ、おいしさは、俺とタリオンの心のどこかに深く突き刺さっていたのである。


「ふたりともありがとう! じゃあ、あとはわたしが全力で練り上げます!」

「え、でもかなり時間がかかりますし、なにより重労働ですよ。僕らと定期的に交代した方が」

「いいのいいの!」


 屈託無く笑って、前の陛下は俺たちの提案をやんわりと断った。


「すでに材料選びで迷惑かけちゃったし、そもそもはバレンタインの贈り物として、わたしが作りたかったものだからね。それに!」


 ぐっと握りこぶしをみせて、前の陛下は続ける。


「まがりにも、わたしは魔王です! 全力で練り上げて、おいしいチョコレートにしてみせるわ! だからふたりとも、期待してまっているように!」

「わかりました。陛下」

「おおせのままに、陛下」


 そういうわけで、俺とタリオンは前の陛下の厨房を辞したのだった。

 数日後にできた陛下のチョコレートは、常識外れの膂力で練り上げられていたためとてもきめ細かく、舌触りのものであった。

 その味を、俺とタリオンは終生わすれないであろう。



□ □ □



「ああ……」


 昔を懐かしむ目で、タリオンは言葉を続ける。


「そんなことも、ありましたなあ」

「教えてくれ、タリオン。そのあと――俺が封印された後、この世界にはなにがあった?」


 アリスとクリスを従えて、俺はタリオンに尋ねる。


「――よろしいでしょう。残りわずかな時間ですが、陛下のためにお話し致します」


 こちらをまっすぐにみつめて、タリオンはそう続ける。


「我ら魔族に、残った人間達に、そしてこの世界に何が起きたのかを、これから話しましょう」


 その目は、一万年に及ぶ長い年月を遡っているかのようであった。



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