第二六七話:タリオンとの再会
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『まぁ、そういうわけでございまして――』
そのタリオンの言葉と共に、映像が白く染まっていく。
気がつけば、その場は最初にいた劇場の観客席に戻っていた。
『陛下は魔王となりました』
誰も、何もいわなかった。
途中までは何度も口を挟んでいたエミルは苦虫をかみつぶしたような顔をしているし、リョウコとアステルは沈痛な表情を浮かべている。
アンは頭を抱えて悶絶していた。おそらく、元ジェネロウス教団の聖典に書いてある伝説と該当する箇所が、いくつもあったのだろう。ただし、同じく聖典を読んでいるはずのドゥエは、眉間にしわを寄せるだけにとどめていた。
それに対して、クリスはなにかを考え込むように顎に手を当てていた。彼女なりに、なにか引っかかったものがあるのかもしれない。
唯一何も表情を浮かべていないのは、アリスである。
ただ、その手は隣にいた俺の手に添えられていた。
『おわかりですかな? 陛下と臣が、いかに人間を憎んでいるか』
これに対し、こちら側はだれひとりとして反論しなかった。
仕方の無いことであると思う。
種族という問題でみると、避けようのない問題なのだから。
『まぁ、貴方がたはあまり関係ないのですがね』
「……あん?」
苦虫をかみつぶした表情のまま、エミルが声を上げる。
『貴方がたは、その件に関わった人間どもの末裔ではありません』
「なんでわかる」
するとタリオンは壮絶な笑みを浮かべて、
『鏖にいたしましたので。陛下と、臣どもとで』
さすがのエミルも絶句した。
「いやまて、タリオン」
『はい』
「皆殺しには至らなかったはずだ。例の――」
『勇者でございますか? あれは死にました』
死――。
一瞬、身体の力が抜けた。
死んだのか。あれが。
俺がどうやっても倒すことができず、ついには封印すらされてしまったあれが。
「……貴様がやったのか」
『いいえ、残念ながら。ですが、あの三国……いえ、四国でしたな。あの国の関係者は、最後の一人まで、臣が処理いたしました』
「そうか……大義であった」
「お褒めいただき、感謝の極み――!」
アリス達の前であったが、俺はタリオンのその行為を褒めた。
同じ種族であったとしても、そこだけは譲ることができないからだ。
でないと、封印される前のあのとき、立ち上がった俺たちの行動そのものを否定することになる。
たとえ和睦する道があったにせよ、当時のことは当時のこととして信賞必罰は必要であった。
「まぁそれはおいといて、だ」
「『おいといて!?』」
エミルの言葉に、期せずして俺とタリオンの声が重なった。
「あたりまえだろ、オレらが責任持てるのはせいぜいオヤジたちの代、ぎりぎりでジイサン達の代ぐらいだ。顔も名前も知らんご先祖様のことなどしったことか」
「それに――さきほど貴殿は、私達の祖先はマリウス殿の事件に関係ないと仰いましたね」
エミルの言葉の後を、リョウコが引き継ぐ。
「それならばなおさら、関係ないと断言できるでしょう」
『……なるほど? 当世の人間はずいぶんとまぁ、割り切りがよいのでございますね』
「つうか、ご先祖さまのこと知ってんなら、おしえろよひょろ男」
『ひょろおとこ……』
断言するが、俺が封印する前でも、タリオンをそう呼ぶものはいなかった。
それが面白かったらしい。タリオンはひとしきり笑うと。
『よろしいでしょう。それくらいの余裕はございます、当時の世界全図を出しましょう』
劇場の舞台に当たる場所に、巨大な画像が表示された。
『見ての通り、この世界はひとつの巨大な大陸が北に、そして海を隔てた南には1万を越える島嶼群がございました。この島嶼群には、臣ども魔族と貴方がた人間がそれぞれ暮らしておりましたが、臣どもが暮らしていた大陸ほど、激しく争っていなかったようでございます』
この地図は俺も見たことがある。
あの半神猛虎団の領地よりも、さらに南に住む魔族と、人間達。
赤道を越えてしまっているため、南に行けば行くほど、逆に寒くなる気候に住む彼らとは、全くいっていいほど交流はなかった。
理由は、いくつかある。
封印前当時、大陸と島嶼群は離れすぎていていたこと。
艦船の性能が今ほど高くはなかったこと。
なにより戦いにあけくれている俺たちを向こうが忌避していたこと。
なので、島嶼群とはまったく交流がなかったのだ。
『もうお気づきでしょうが、貴方がたは、この島嶼群に住む人間の末裔でございます』
「島……ですか。まるで船団のようにありますね」
地図をみつめながら、クリスがそう呟いた。
「いまいち、実感がわきませんが……」
『それはそうでしょう。あれからもう――む』
タリオンの動きが止まった。
まるで、魔力切れを起こした機動甲冑のように。
「どうした、タリオン」
『いえ……これは……どうやら、まにあったようですな』
「なにが間に合った、タリオン」
俺の問いに、タリオンは即答しなかった。
魔王に就任してから、そんなことは今まで一度もなかったのに、だ。
『陛下。それに皆々様。これより第二部、陛下の進撃編を上演予定だったのですが……』
「マジかよ。次の日にしろ、次の日に」
エミルの言うことももっともである。
おそらくタリオンによってこの場の時間はゆがめられているが、それでもそれなりの時間は経っているはずだ。
『仰ることも重々。ですが、残念ながらもう時間がありませぬ』
「だからどういう意味だ。タリオン」
なにかいやな予感がする。
背中に冷や汗が伝うのを無視して、俺は語気を強めた。
『すぐにわかります、陛下。それでは皆々様。どうぞ、玉座の間までお越しくださいませ』
視界が闇の中に落ちる。
『お、帰ってきたな』
ニーゴがそう呟く。
実際、俺たちは雷光号の操縦席に戻ってきていた。
正確に言えば、タリオンの幻術が解けたということなのだが。
『ぐわっ!? 身体が、背中がいてぇ!?』
エミルがそんな通信を寄越してくる。
「たしかに、長時間観劇していたみたいですね……」
いったん提督席から降りて、身体のあちこちを伸ばす体操をしながら、クリスがそういう。
「マリウスさん、あそこを」
こちらは操縦席に座ったままのアリスが、表示板越しに一点を指さす。
そこは、玉座の間にいたる扉が開かれ、いつのまにか現れた機動甲冑が左右を固めていた。
本来の魔王城であれば、機動甲冑ではなく装甲兵が警護していたものである。
『なんだ? 玉座の間ってここじゃねえのかよ』
「ここはあくまで大広間。いってみれば講堂や大会議室みたいなものだ。俺と少数の側近は、第三階層の玉座の間が普段いる場所になる。当時は、な」
『なるほど』
『そういわれると、貴方も王であったことが実感できますわね』
「そうかもしれないな」
アステルの感想に、頷いて答える。
「すまないが、雷光号を先頭としたい。いいか?」
『かまわないぜ?』
『こちらも同じく』
『好きにしなさい』
『問題ありませんわ』
エミル達の好意により、雷光号が先頭となって、巨大な階段を上る。
この城に突入したときもそうだったが、かつて何度も歩いた場内を、雷光号に乗ったまま移動するのは、不思議な感覚であった。
「まもなく玉座の間だ。ニーゴ、念のため主砲装填」
『おうよ。使わないといいけどな』
「各艦もそれぞれいつでも撃てるようにお願いします」
「了解しました。各艦、主砲装填」
クリスの指示をアリスが通信機越しに伝える。
「よし、いこう。ニーゴ、そのまま階段を登りきれ」
『あいよ。あと十段ってとこか。にしてもまさかこの状態で階段上るとは思わなかったぜ』
そんなことをいいながら、俺たちは玉座の間に到着した。
玉座の間は、細長い部屋である。
下の大広間と違い、各役職用の椅子があり、再奥にはふたつめの玉座――つまり、俺の座る椅子がある。
当時と同じ間取りであれば、その奥にもう一部屋あり、それが俺の私室になっていた。
ここが、当時の魔王軍の中枢。
ここで作戦を立て、
ここで法規を敷き、
ここで評定を行い、
ここで未来を語った。
そんな場所である。
「お待ちしておりました」
久々に、タリオンの肉声を聞くことができた。
タリオンはあの頃と同じように、玉座のすぐ手前、宮廷魔道士としての自分の席に座っていた。
――まて。
まて、まて、まて。
「な……あ……」
全身から、汗が噴き出す。
そんなことは、ありえないからだ。
ここは魔王城を二十倍に拡大させた城。
なぜ、二十倍の大きさになっている席に、タリオンが普通に座っている!?
「タリオン、貴様……それは……それは……!」
「お聞きになりたいですか?」
巨大なタリオンが、こちらを見た。
「この肉体の寿命を――いいえ、耐用年数を増やすために、すべてを機械におきかえたのでございます」
俺の呼吸が、一瞬だけ止まった。
「某なんとかの魔女は明るい学園ものでしかも百合。そうであったな?」
「…………」
「ハドラ——じゃない、タリオンよ、今一度言う。どうなってんの?」
「……だ、第二部は元の明るい展開にもどるかと……!」
「もう修復可能に見えるんだが。三本目の指折る? いますぐ折る?」
「なにやってるんですか、マリウス大将」
「伝説の大魔王ごっこらしいです」




