第二六三話:二組の使者
「これを作ったんはだれや~!」
『アーリマー温泉』の手前に作られる予定の屋台、そこで販売される簡単な食事をまとめて試食していたはずのナ・ンバが調理場に怒鳴り込んできたのは、提供が始まってすぐのことであった。
「あ、それウチです」
「チ・エ坊が作ったんかこれ! 合格!」
「おおきに!」
南の魔族のこの会話のノリなるものが、いまいち理解できない俺である。
てっきり口に合わないと文句をつけに来たのかと思ったからだ。
「めっちゃくにくにしておもろいやん、何を焼いたんや、これ」
「肉をさばくときに余る内蔵を使ったんですよ」
チ・エの代わりに俺が答えた。
なぜなら、内臓を使うように進言したのは、他でもない俺なのだから。
「なんや、マリウスが考えた料理なんか」
「ちゃうで。マリウス兄ちゃんはにこみかんがえたんやけど、それ、こっちやとあつすぎやから」
そう、南の気候では煮込みは少々あわなかった。
そもそも風呂上がりに小腹を満たすための屋台である。
そこで熱い内臓の煮込みを食べて汗をかいては本末転倒であった。
「せやから、やくことにしたんや」
「なるほどなぁ……」
手に持っていた食べかけの串をしげしげとながめて、ナ・ンバは頷いた。
作り方は、時間がかかるものの簡単である。
まず、肉から切り離した内臓を切り、内外をよく洗ってから長時間下茹でする。
このとき、野菜の切れ端、特に匂いの強いもののそれを一緒に煮込むと、内臓特有の臭みをより効率よく減らすことができる。
これが終わった後、煮込みの場合は調味料で再び長時間煮込むのであるが、チ・エはそれを次のように変えた。
串を用意して下煮を終えた内臓を刺し、濃いめの調味料をたっぷり塗った上で、弱火でじっくりと炙ったのである。
これにより、煮込むよりも早く調理ができ、しかも串を直接手に持つことにより、歩きながらでも食べやすいという利点が付与される。
そのチ・エの機転に、俺は内心驚いてばかりであった。
「で、なんで内臓使うたんや」
「やすいからやて」
そう。仕込みで時間がかかるものの、調達そのもののの費用は限りなく安い。
そもそも、この地方では内臓は捨てていたからだ。
これで、チ・エのような子供でもお小遣い稼ぎができるだろう。
そう考えていたのだが、まさか改良されるとは思っていなかった俺である。
「値段も安うて、しかもよぉ噛まんとあかんから腹にそこそこ貯まる――ふたりとも、えらい考えたな。それで、これなんて名前や?」
「それなんですが、まだ決めていなくて」
魔王城では臓物煮込み、略して臓煮と呼んでいたが、調理法が違う以上そうはいかない。
「ほな、放るもん焼きいうのはどうや?」
「放るもん?」
「うちらのことばで、すてるもんゆういみや」
「なるほど。でも、捨てるものを焼くというのはちょっと……」
「それだけの意味やあらへん! 串を放り出すほど美味いいう意味もあるんや!」
「な、なるほど……」
やはりどうも、南に魔族のノリというものは、理解しがたいところがある。
ともあれ、チ・エの『放るもん焼き』は大成功を収め、半神猛虎団の新たな名物となったのであった。
「大成功だな」
『アーリマー温泉』の盛況ぶりを宿の窓から眺めつつ、タリオンはそういってくれた。
「試作品も好評だったが、本番でここの民からも公表というのは大きい。これなら、陛下も喜んでくれるだろ」
「うん」
チ・エからもらった『放るもん焼き』をかじりながら、俺。
「書類はもらったか?」
「そっちも滞りなく」
「よし、それじゃそろそろ戻るか」
「――うん、そうだね」
「マリウス?」
俺の返事で、なにかを感じ取ったのだろう。
タリオンが怪訝な表情で俺を見つめる。
「どうした? まさかここに残りたいとか言うんじゃないだろうな?」
「いや、ちがうよ。ただ……陛下に、ここに来てもらいたいなって」
「――なるほどな」
ここは暖かい。
水も豊かにあり、なにより食料が豊富だ。
そのおかげか、子供達も元気に走り回っている。
この風景を、陛下にもお見せしたかったのだ。
「いいんじゃないか? 戻って、陛下に報告して、それで同盟がちゃんと締結されたらお連れすればいい。問題は大陸中央の突破だが、南北から同時につつけば、ある程度は楽になるだろう」
「そうだね。僕もそう思うよ」
元教師だったせいか、ああみえて前の陛下は子供好きだ。
きっとここの風景をみて目を輝かせるにちがいない。
「それじゃ、今のうちに荷物をまとめて、明日にでも出発――」
そこで、俺たちの泊まる部屋の戸を、誰かが叩いた。
「おつかれのところすんません。正使マリウスはん、副使タリオンはん」
「はい」
慌てて『放るもん焼き』を飲み込み、俺は返事をする。
「お客さんがおみえですわ。一階の酒場まで降りたってください。一番奥の卓におりますわ」
「わかりました」
返事はするが、タリオンを顔を見合わせる。
俺たちに客?
「半神猛虎団からかな?」
「違うな。それならどこそこの隊の誰それとちゃんと伝えるはずだ」
「だとすると――」
「ああ」
腰の帯の背中側に短い杖を差し込みつつ、タリオンが続ける。
「うちらの方から、本来無いはずの連絡だ。気をつけろ」
前の陛下から、増援はないと断言されていた。
それ故、こちら側から連絡というのはただ事ではない。
俺の方も帯剣をし、ふたりで慎重に下の酒場に降りる。
そこにいたのは――。
「第二機動部隊の隊長!?」
「おう、タリオンにマリウス、おつかれさん!」
機動部隊とは、騎兵のみを揃えた俺たちの軍の中でも、ひときわ俊足の部隊だった。
全部でよっつあり、第一が正面、第二が右翼、第三が左翼を担当し、第四が遊撃となる。 まれに第四が偵察部隊の手伝いをすることがあったが、第二機動部隊がそれをすることは、本来あり得なかった。
「なにかあったんですか……?」
緊張を込めて、俺が訊く。
すると第二機動部隊の隊長は大きく笑って、
「すまんな、少し心配させたようだ。なに、知らせはあるが、吉報だ」
「というと?」
はりつめた表情のまま、タリオンが先を促す。
「おまえたち、聞いて驚くなよ? なんと、人間側の大国と、和睦が成った。しかも相手は三国合同だ」
「和睦!?」
「三国合同!?」
俺とタリオンが、素っ頓狂な声を上げる。
「おう。そうだ。おまえたちが旅立って数日後くらいかな? 人間ども――いや、もうどもといってはならんか――の方から使者が来てな。この不毛な戦を終わらせるために和睦をしたいと」
「三国合同というのは?」
油断なく、タリオンが訊く。
「知っての通り、人間はいくつかの国にわかれているが、そのうち大陸中央の特に大きな国がみっつあるだろう? そこが合同で、使者を送ってきたというわけだ」
「陛下は?」
「もちろん受けたよ。だから、俺がここまでこうやって来ることができたんだ」
なるほど、機動甲冑でどうにかしのげた中央突破を、普通の騎兵装備でくぐり抜けられたのはそういうわけか。
「でもおまえたちもすごいじゃあないか? ここの魔族と同盟を結べたって? だとすると、この大陸の趨勢は決まったぞ。六割以上が俺たちの勢力下ということなんだからな!」
そういって、隊長は俺の肩を叩く。
たしかにそれは、いいことなのだが……。
「それで、陛下はいまどちらに?」
「大陸中央で、調印の準備だ」
「念のためお聞きしますが、軍備は?」
タリオンが、心配そうに訊く。
「安心しろ、陛下自ら指揮する近衛部隊と、第一機動部隊、それに第一と第二の装甲魔道部隊がいる。加えて陛下御自らがいるのだ。めったなことは起こらぬよ」
装甲魔道部隊とは、重装甲の鎧を着込み範囲魔法を連発する、いわば主力部隊である。
しかし、本来第四まである部隊を半分しか用意していないというのは……。
「はっはっは! マリウスもタリオンも考えすぎだ! うちの偵察部隊が裏取りしたんだ、そうそうなことは起こらん――」
そこで、酒場の入り口が騒がしくなった。
直後、扉が開け放たれ、そこに黒い服を着た立派な体格をした南の魔族が駆け込んでくる。
「えらいこっちゃ、えらいこっちゃで!」
「あなたは――テ・ツさん?」
チ・エの父親で、どのような部隊かは知らないが、黒衣隊という部隊に所属指定はずだ。
「おうマリウス! えらいこっちゃや!」
「ど、どうしました?」
「いまそっちの急使が外壁に到着してな」
「いや、もういますけど……」
俺もタリオンも、第二機動部隊の隊長も、怪訝な表情を浮かべる。
どういうことだ? なぜ俺たち宛てに使者がまた来る?
「いや、そいつな――矢傷だらけなんや」
文字通り、俺の呼吸が一瞬止まった。
♪雷光号 雷光号
♪希望のフネ
♪雷光号 雷光号
♪未来を目指す
クリス「乗って! 安心! 動いて! 安全! 跳べる! 踊れる! 雷光号ーぅ!」
アリス「船団アリスは、魔王技術による医療事業を目指します♪」
エミル「怒られてもしらねーぞ」
魔王「本当それな」




