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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第十章:縦海の大海戦

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第二六一話:「私をコウシエンに連れてって」「もう着いてます」

 半神猛虎団の本拠地、昂志苑(こうしえん)は巨大な闘技場を模したひとつの街であった。

 その中央には街の基礎となった闘技場があるのだという。

 そのふたつを比較する場合、街の外郭は大昂志苑(だいこうしえん)というらしい。


「では、中央の闘技場は小昂志苑(しょうこうしえん)ですか?」

「なんでやねん。そこは真・昂志苑(しん!こうしえん)やで」

「そ、そうですか……」


 相変わらず、南の魔族の風習はわかりづらかった。

 それはさておき、街の構造は興味深い。

 外郭の観客席に相当する部分は巨大な要塞となっており、円形の防御壁には多数の弓兵を配置、矢の雨を降らせることができる。

 よしんばそれを耐えきって城門を開いたとしても、内部に入るのは長く暗い通路を通るしかない。

 そこにはもちろん、狙撃の兵を大量に配置できるようになっていた。

 ここを抜けると、ようやく居住区となる。

 元々暖かい気候のせいか、住居は開放的で、簡素なものが多い。

 この辺は、寒さに耐えるため壁を厚くし、天井を低くする俺たちとは、だいぶ異なっていた。


「木造の建築物が多いな……」


 周囲を見渡しながら、タリオンがつぶやく。


「火攻めにあったらどうするつもりなんだ?」

「水路が多いから、それを使って消火するんじゃないかな」


 と、俺。

 昂志苑(こうしえん)の周囲には、川を意図的に引き込んだ怒濤堀(ととうぼり)という堀があり、これがその名の通りかなり流れが速い。

 なんでも、古来からの風習で(いくさ)に大勝ちしたときは、ここに雷神の像を流すのだそうだ。

 厄を沈めるため、身代わりとなる神像を流すという風習はよく聞くが、大勝したらそうするというのは、ここくらいのものである。

 機会があるのなら、なぜそうなったのか是非とも調べてみたかった。

 話は少々ずれてしまったが、この怒濤堀の水は、巧みな誘導で中にもある程度引き込んである。

 堀から水を引き込む場合、水中から外敵の侵入を気をつけなければいけないはずだが、ナ・ンバ曰くあえて整備性を無視して、何本もの細い管を最も深いところから通し、内部へと通しているらしい。

 そのため、内部は見た目以上に水資源が豊富であった。

 ここも、井戸と魔法による水分抽出に頼っている俺たちとはだいぶ異なっている。


「なるほどな……人間どもは火矢ぐらいしか使えないから、十分に対応可能か」


 南の魔族は武器こそ弓箭に特化しているが、魔法戦にも抜かりがないようである。

 現に、公園とおぼしき場所では魔法による噴水が数多くみられた。

 どれもが、水を空中で球状にまとめてある。

 あれはおそらく、有事に消火水として使うか、あるいは区画放棄時に水攻め用として使うことも視野に入れているのだろう。


「それで? 彼女らに必要なもの、みつかりそうか?」

「いや、いまのところは」

「だよな。悔しいが、生活水準はこっち方が上だもんな」


 鬱蒼と茂る森に隠れる弓兵、その先には堅牢な城塞。

 それらに守られた居住区は、水資源豊かでなおかつ暖かい。

 もし可能であれば、俺たちだって移住したいほどである。


「とにかく、もうちょっと回ってみてみるよ違う環境から来た僕らだからこそ、みえてくるものがあるかもしれない」

「それもそうだな。それじゃ、ここからは単独行動といこう」

「わかった。なにかあったら魔法で連絡するよ」

「ああ、頼む」


 こうしてタリオンと別れた俺は、ひさしぶりにひとりで行動することになった。


「いってみるか……中央の、真・昂志苑(しん!こうしえん)


 外見は外郭のそれと全く同じながら、十分の一ほどの大きさになったそれは、どこか優美な佇まいをみせていた。

 かつては真剣による賭け試合や、猛獣との闘技などが本当に行われていたそうであるが、今は住民の憩いの場となっている。

 中に入ってみると、かつては観客席であった場所で、住民達が三々五々、くつろいでいた。日差しがちょうどよい具合に当たり、ゆっくりと過ごすにはちょうどよい造りになっていたのだ。

 そして中央には、件の堀に投げ込んだという白衣の雷神像を模した巨大な噴水が鎮座していた。

 こちらは純粋な噴水となっていて、魔法的な仕掛けの様子はない。

 いまは、子供達が水浴びを楽しんでいた。

 中には頭から水を吹き出す雷神像をよじ登ろうとする、なかなかに挑戦的な子供もいるくらいである。


「……平和だなぁ」


 思わず、そうつぶやいてしまう。

 その言葉は、正確ではないはずだ。

 今の南の魔族の正規兵達は、あの森のどこかに身を潜めて、人間からの襲撃に備えているに違いない。

 だが、どうしても俺たちが軍と生活を分離できなかったのに対し、こちらはしっかりとそれをわけることができている。

 ――もし俺が魔王になったのなら、そんな街を造ってみたい。

 そんな恐れ多い考えが脳裏に浮かんで、俺ははげしく首を横に振ったのであった。

 別に、魔王にならなくてもいい。

 前の陛下から、街をひとつでも任されるようになったらやってみればいいわけなのだから。


「――にいちゃん、どしたん?」


 噴水の縁に腰掛けていた俺に、ひとりの子供がそう声をかけてきた。


「いや、ここは……楽しそうだなって」


 平和という言葉をあえて避け、俺はそう答えた。


「そう? おおきにな。にいちゃん、旅してきたん?」

「うん。ここからずっと北からやってきたんだ」

「へぇ……とおいところからやってきたんやね。きたってどういうところなん?」

「そうだなぁ……山ばっかりで、寒いところかな」

「さむいんか! ほな、ゆきはふるん?」

「降るよ。秋の初めにはもう降り出すんだ」

「ええなぁ……こっちには、ゆきふらんねん。うち、いちどでええからゆきをみてみたいわぁ。そらから、キラキラとふってくるんやろ?」

「そうだね」


 実際には、みていてそれほど楽しいものではない。

 寒さの厳しい俺たちの土地では、雪のあるなしは生死にかかわることでもあったから。


「にいちゃんにいちゃん、そろそろはなれたほうがええよ」

「どうして?」

「そろそろあらうじかんやから(・・・・・・・・・)

「洗う……時間? 洗濯かな?」

「それもあるけど……まっぱになってもへいきなん、うちらぐらいなんやろ?」


 ――まっぱ。

 まっぱとはなんだろう。

 太古の大迷宮時代、地図師のことをそう呼んでいたような気がするが、それとは関係ない気がする。


「あ、きてもうた」


 子供の視線の先、魔族の女性達が集団が歩み寄ってきた。

 年齢はバラバラだが、皆それぞれが大きな洗濯物の入った籠を抱えている。


「なんやなんやテ・ツんとこのチ・エ坊やないか」

「となりのあんちゃん誰や、チ・エ坊のコレか」

「あんらま~色気づくのはやいんちゃう?」

「ええやんええやん、よーみたらええオトコやで」

「ちゃうねん」


 チ・エ坊と呼ばれた子供は短くそう答えた。


「にいちゃん、まっぱにがてそうやから」

「そうなん?」


 チ・エに最初に話しかけた女性が不思議そうに首をかしげながら、洗濯籠を噴水の中に沈めた。

 そして自分の着ているものもその場で脱いで、沈めた籠の中に放り込んだ。

 さらには自身も噴水の中に入る。

 他の女性達も、洗濯籠を沈めると、服に手をかけ。


「いろいろと教えてくれて、ありがとう!」


 俺は全力で撤収しながら、そう叫んだ。

 そうか、噴水の水深が妙に深いなと思っていたが、そういうことだったのか!

 そしてまっぱとは……そういうことだったのか!




■ ■ ■




 合流した酒場で、俺が事の次第を話すと、タリオンは開口一番、


「みていけよ」

「なんでだよっ」

「そういう文化なんだろ、だったらみていけって」

「だからなんでさ!」

「なんでって、お前異性に慣れってのがまったくないだろ。そういうの、いざというときやばいぞ?」

「そんな、いざというときなんてないからいいよ……」

「俺はそう思わんがな。で、気になったことってなんだ?」

「ああ、その件なんだけど」


 俺は彼女たちの行動をみて(全部ではないが)、ふと浮かんだ疑問をタリオンにぶつけてみる。


「――そういうの、あった?」

「いや。いわれてみれば、そんな施設はなかったな。これは、いけるんじゃないか?」


 タリオンが調べてそれがないというのなら、まちがいないのだろう。

 しかも、いけるというお墨付きまで得られることができた。


「それじゃ早速、試作品をつくってみるよ」

「わかった。本番のを置く場所は、こっちで交渉しておこう」


 お互いに頷き合う。

 これが、ナ・ンバのいっていた『足りないけど、欲しいもの』であれば、うまくいくはずであった。


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