第二六〇話:勇壮なれ半神猛虎団
「ほーん……」
南の魔族は、国民皆兵制を敷いている。
それは知識として知っていたが、まさかその組織の筆頭である『ヨンバン』が、みずから先陣を切るとは思わなかった。
もっとも、先の陛下も大抵の軍事行動では、ご自身が最前線に立っておられたが。
「なんやねん、自分らキタの魔族か」
俺が渡した前の陛下の親書を手に(なぜかそれを段々折りにして片方だけ広げて手のひらにぶつけながら)半神猛虎団『ヨンバン』ナ・ンバは座ったままの俺たちを睥睨してそういった。
胸と腰しか守っていない(頭には兜の代わりにはちまきを巻いている)鎧は、おそらく今回のような奇襲に対応した機動力重視のものなのだろうが、それがどうして虎柄なのか、皆目見当がつかなかった。
迷彩模様にしては目立つのではないだろうか、それは。
「そんで、お上品なキタの魔族様が、ウチらと不可侵条約ぅ……? はん!」
いいたいことはわかる。
お互いの領土が離れている状態で不可侵条約でも意味がないと思っているのだろう。
それはそれとして、俺たちを指して上品とは……。
筆頭である前の陛下をみたらどう思うのか、好奇心にかられる俺である。
前の陛下の名誉のために言っておくが、その礼儀作法は完璧である。
敢えて比べるとするのなら、ミニス王や、聖女アンと匹敵するだろう。
ただ問題は……普段の言動である。
いつだったか、自分専用の風呂をわかすのはもったいないといって、俺たちの集団浴場に突如乱入したときは、ほんとうにどうしようかと思ったものだ。
「結論いうたるわ」
丁寧にも取り巻きが用意した丸太に片足を乗せて、ナ・ンバはこちらをひとにらみすると、
「おとなしゅう山帰れや」
「せやせや、自分らノリ悪いねん」
「ほんまやで」
ノリが悪いのが、そこまで嫌なのだろうか。
たしかに、生活様式にそりが合わないと協力しづらいかもしれないが、
「まぁまぁ! どうかここは、この使いの言をいましばらく!」
ここで、タリオンが反撃に出た。
これはしゃべらせた時点で、ナ・ンバの失点である。
タリオンの最大の武器は、魔法でも知謀でもなく、その弁舌なのだから。
「陛下より、半神猛虎団の勇猛なるさま、よくよく伺っております! 共に轡を並べられれば、これほど頼もしい方々はおるまいと!」
前の陛下は、そんなことを言っていない。
おそらく、後で口裏を合わせるのだろう。
それくらいなら、苦笑ひとつで許す度量が、前の陛下にはあったのだ。
「人間の大国に不意を突かれ、4対33という絶望的な状況に陥りながらも、見事に逆転したその手腕――」
「ああ、あれか。アンタよう知っとんな」
「ほんまやで」
こういうものの調査においては、当時でもタリオンの右に出る者はいなかった。
諜報が弱いといえない当時の魔王軍でも突出しており、前の陛下が『うそぉ!?』と叫んだ報告もあったくらいである。
どうも魔王軍とはまた別の、独自の諜報組織を持っていたらしい。
タリオン自身は決して、それを肯定しなかったが。
「ですが、人間どもの数が多いのもまた事実。それ故、我らの陛下は、偉大なる半神猛虎団と誼を結びたいとお考えなのです。どうか、ご一考ください。獣神の血を引くという半神猛虎団の皆々様!」
一切躊躇せずに、タリオンは平伏した。
俺もそうだが、こういったときには矜持などあっさりと投げ捨てるのがタリオンなのである。
「そこまでゆうれたらなぁ……」
「ここで断ったら、団の名折れになりかねんな」
「ほんまやで」
案の定、半神猛虎団はタリオンに譲歩しつつあった。
「……よし」
俺にしか聞こえない小声で、タリオンがつぶやく。
「ほんならな、特使――ええと?」
「わたくしめは、副使のタリオンと申します。正使は、こちらのマリウスです」
え? と思わず声が出そうになった。
もともと俺たちの間に正副はなかったはずなのだが。
「よっしゃ、正使マリウス!」
「はい、なんでしょうか」
動揺を隠し、俺はナ・ンバに向き直った。
ここで油断していては、結べる友好もあったものではない。
「うちら半神猛虎団の領地に入ることは許す。本拠地である昂志苑に入ることもな」
「ありがとうございます」
「そこで、あるもんを探してもらうで」
……さがす?
「なにをでしょうか?」
俺の質問に対し、ナ・ンバは頭の上の耳を意味ありげにうごかすと、
「ウチらがな、最も大事にしてるもんや。それ、なんだかわかるか?」
「いえ、申し訳ありませんがわかりません」
「素直なやっちゃな。ほな教えたる。ウチらが最も大事にしているもん――それは、団結や」
「それは――」
なんとなくわかる。
俺たちを補足してから、彼女らの動きは実に統率がとれていた。
もめる原因になるので何も言わなかったが、いまも遠距離から弓矢で狙われているし、その近くにはすぐに本拠地へ知らせを飛ばせるよう、斥候とおぼしき団員が待機している。 また、ナ・ンバの取り巻きすべてが、こうして話している彼女を守るためのものなのだろう。
現に、彼女の周りで相づちを打っている者たちは、俺たちと直接会話をしていない。
その代わりにこちらの一挙手一投足をしっかり監視しており、特に先ほどから『ほんまやで』しか言っていない者に至っては、背中に細身の剣を一本隠し持ち、後ろで組んだ手でいつでも抜き斬れるようになっていた。
「でも、団結を探すというのはちょっと意味がわからないのですが」
「なんでやねん! 団結はすでに固いわ! カッチカチやわ!」
「はぁ……」
思わず気の抜けた返事を返してしまう。
どうも南の魔族の話調には、時折ついて行けない。
「でもな、団結には必要なもんがあるねん。それがなにか、わかるか?」
「指導力でしょうか、貴方のような」
「近いなぁ。けど、ちゃうで」
こちらに一歩あゆみ寄り、ナ・ンバはこう続けた。
「みんなに足らんもんを足りるようにする。それができてこそ、ウチら半神猛虎団は団結できるんや」
「団に今はないけれど、必要なものだから足すということでしょうか」
「そういうこっちゃな。これがそつなく行えるようになって、はじめて『ヨンバン』は『カントク』になれるんや……」
「カントク?」
「ヨンバンを超える、伝説の称号や。ここ数百年、現れとらん」
「貴方なら、なれるのでは?」
「お世辞はやめぇ。ウチはまだその器やない。それはウチ自身が、ようわかっとる」
ずれてもいない鉢巻きを締め直しながら、ナ・ンバはそう答えた。
「そういうわけや。ウチが気づいてないもん、みつけてきぃ」
『なんで僕が正使でタリオンが副使なのさ』
半神猛虎団の本拠地、昂志苑をめざして機動甲冑を歩かせながら、俺はタリオンに魔力で話しかけた。
比較的近距離で、なおかつ外はただ歩くだけならそういう芸当も可能なのである。
ちなみに前後には半神猛虎団の弓兵が随伴し、なおかつこちらをしっかりと狙っていた。
『いいだろ。こういう風にしていけば、俺が陰で動きやすくなる』
『そりゃ、たしかにそうだけどさ』
俺が正使として、半神猛虎団に足りないものを探している間に、タリオンは他の情報をありったけ吸収する腹づもりなのだろう。
もっとも、それに反対するほど俺も子供ではない。
こういうのは適材適所だと、いうのは、よくわかっている。
『それじゃ、僕は現地で聞き込みをしてくるよ』
『ああ、頼むぜ。俺の方でも、それとなく探しておくよ』
『ありがとう』
『礼は連中のいう欲しいものが見つかってからだな。筆頭がわからないってんだから、相当難しいぞ――お、見えてきた』
『どれどれ』
機動甲冑の光学索敵装置――要は望遠鏡――の倍率をあげる。
大陸の南側の木は、てっぺんだけに葉が生い茂り、幹が大変長い。
その森の奥に白い大きな建物が見えた。
いや、あれは建物というよりも……。
『闘技場……?』
『だな。でもそれにしちゃ規模がでかい――でかすぎないか!?』
『みたいだね』
望遠鏡からの情報から、計算尺で大きさを割り出しつつ、俺はそう答えた。
大きさだけなら、魔王城より遙かに大きい。
半神猛虎団本拠地、昂志苑。
それは、ひとつも街ほどの大きさを誇る、巨大な闘技場だった。




