第二五八話:初めての発明
魔王城、中庭。
「うん。鎧を改良してとは、いったよ?」
それを目の前にして、前の陛下はそう俺におっしゃった。
「でもこの大きさはないんじゃない……かな?」
俺たちの前にたたずむその鎧は、従来のそれより軽く五倍は大きかった。
もちろん、装甲もそれに併せて厚い。
対応する武具も、それに併せて大きく、分厚く、重く、そして(試作品なので)大雑把だった。
もう大体、想像はつくだろう。
機動甲冑の試作品である。
「これ、わたしやマリウスくん、タリオンくんぐらいしか動かせないでしょ? 各軍団長なら、気合いで動かせそうだけど」
「恐れながら陛下、一般兵士でも、動かせます」
「お、どうやって?」
「こうやってです」
跪いているそれの、胸部装甲を開ける。
中にあるのは、いまからみると原始的といってもいい操縦席だ。
音声による操作はまだ実用化されていないので操縦桿があり、しかも歩行用、格闘用と分かれている。
しかも踏み板の方はもっと多く、姿勢制御、前進、停止、急旋回、跳躍、屈伸用と、なんと六つもあった。
表示板も狭く、しかも頭部からの視界情報しかない。
だから、頻繁にあたりを見回して索敵をする必要があった。
「なるほど、着込むんじゃなくて、操縦するってことね。魔力はどれくらい要るの?」
「一般兵士なら、三時間の運用に耐えます。僕やタリオンなら、数日。陛下だったら、数ヶ月は余裕で」
「寝られないじゃん!」
もっともな話である。
だが、魔力が豊富な者ほど継戦能力があるというのは、非常に心強いものであった。
それに――。
「座席直下をみてください。タリオンとの共同開発で、魔力を充填する装置を開発しました。これで魔力を使うことに気をそらさず、戦闘に集中できる上に、あらかじめ充填しておけば、三時間は魔力を使わずに戦うことができます。つまり、一般兵士なら六時間はいけるってことです」
「充填時間は?」
「半日です……」
ここだけは、どうしようもなかった。
充填というはじめての概念を形にするため、数日間タリオンと議論した結果、雷の特性を充填する装置(雷電瓶というらしい)を参考に造ってはみたのだが、いかんせん充填速度が遅いという課題を解決するには、時間が足りなかったのだ。
のちに魔力を充填できる鉱石の発見と、それを応用した積層型魔力充填装置につながるのは、俺が魔王に就任してからになる。
「うん……まぁ、合格かな?」
しかしそんな騎体でも、陛下はよしとしてくれた。
「操縦がかなり面倒くさそう、なにより稼働時間が短いって欠点があるけれど、大きくて強いのはいいことです。これなら攻城戦のとき大鬼族の力を借りなくてもいいしね」
「ありがとう、ございます……!」
「装甲が厚いのもいいわ。これ、どれくらい持つの? わたしの火球、受け止められる?」
「やめてください溶けてしまいます。……人間の大口径砲はさすがに無理ですが、中小口径のそれでしたら、割と至近距離でも耐えられるはずです」
「それはいいわね……ちょっと乗ってみてもいい?」
「はい。説明のため、僕が同乗します」
とはいえ、大きさと構造上、非常に狭い操縦席内である。
結果として俺が操縦席に座り、その上に前の陛下が座る形になってしまった。
密着どころではない。太ももの感触が膝から腰まで、そしておそれおおくも臀部の感触が腹から胸の下まで否が応でも感じ取ってしまっていた。
おまけに、紅い髪からはいい匂いがする。
「マリウスくん大丈夫? 重くない?」
「やわらかいです」
「はい?」
「あ、いえ、なんでもありません。魔力は充填してありますから、いつもの魔力放出は必要ありません。胸部装甲を閉じてください」
通常の操縦をするためそういったのだが、これは失敗だった。
それにより、完全に密室で密着状態となったのだ。
「うわ、せまっ!」
「ひとりのときは多少はましになりますから。それに、従来の鎧だってきつかったじゃないですか」
実際、衝撃を緩和する緩衝材がぎゅう詰めになっていたため、着用中は常に全身が圧迫されていたのである。
それに比べれば、この騎体の方がまだましであろう。
「本来は安全帯を着けますが、省略します。僕が耐衝撃の結界を張りましたので」
「逆に言うと、それがあれば締めなくていいってことね。いいよいいよ、そういう多様性。それで、どうやって立ち上がるの?」
俺は六つもある踏み板の、それぞれの動作を前の陛下に教示した。
この暗く狭い操縦室の中で、いちいち目視で確認することなどできないから、それぞれの踏み板に溝や突起が設えてあり、靴の上からでも大体がわかるようになっている。
また、多少踏んでも操作に反映されないよう、動作には遊びが含まれていた。
「ふんふん、それで操縦桿は歩行用が二本と格闘用が二本と。この脇の短いのは?」
「出力調整用です。前後にしか動かず、またその位置で固定されるようになっています。前に倒せば倒すほど、出力が上がりますが、今は触らなくて大丈夫です」
「つまり戦闘に応じて素早く動けるってことね。それじゃ早速――」
機動甲冑が、跪いた体勢からゆっくりと立ち上がった。
おそらく外から見ているタリオン達には、頭部の目に当たる観測機器が光っているように見えたはずだ。
「おう! 高い高い!」
前の陛下が、歓声をあげる。
「んー、意外と動きが単純ね」
「体操させながらいわないでください! 細かい動きの操縦法は、まだお話していませんでしたよね!?」
「いや、基本動作を組み合わせたらいけるかなって」
おそろしいくらいに、操縦に対する天性の勘を持つ前の陛下であった。
これはいまでも思うのだが、直接操縦する形式の機動甲冑に搭乗すれば、俺以上の戦果を上げられたのだと思う。
仮に同じ性能の機動甲冑であったとするなら、俺が勝てる可能性は、千にひとつ――いや、万にひとつもなかったのではないだろうか。
「これって、複雑な動きを学習させることができたりしない? 次回からは単純な操作で――って感じで」
「それをやった場合、搭乗者の癖が残ってしまうため、騎体を共有できなくなってしまいますが、いい案ですね。次世代騎では、採用してみようと思います」
「あとは操縦性ね。ちょっと操縦桿と踏み板が多過ぎです!」
「それも善処します!」
実際、俺が魔王に就任した以降の機動甲冑は、操縦桿二本、踏み板も二枚に収まり、操縦室も視界も、それなりの広さを確保できるようになっていた。
そのときは予備で採用していた音声操作を、通常の操作に組み込んだのが、他ならぬ雷光号である。
「ふんふんふん!」
「わぁっ! そこまでの大ぶりは想定していません、騎体が壊れる!」
「それじゃあ、とうっ!」
「なんで設計上限を超えた跳躍ができるんですかっ!?」
「いや、跳躍の動作に屈伸を割り込ませたらいけるかなって」
造った当初は前の陛下を困惑させることに成功して、すこしだけ悦に浸ってしまった俺であったが、いまは完全に振り回されている。
やはり、この方は規格外であったのだ。
「ふぅ~堪能堪能!」
「おたのしみいただけたようで、幸いです……」
気がつけば憔悴しきっている俺であった。
陛下と密着していることなど、意識の範疇外に飛んでいってしまっている。
しかし騎体を停止させたときに、ちょっとだけ首筋が汗で湿ってことに気づいてしまい、再び上げなくていい動悸を弾ませてしまう俺であった。
「マリウスくん? 胸部装甲開けていい?」
「あ、はい! 大丈夫ですっ!」
熱気がこもっていた操縦室内に、北の果て特有の冷たい空気が流れ込んでくる。
「うん、予想以上だったかな。もっとこう、堅実な改良だと思ったから」
先に地表へと降り、こちらを振り返りながら、前の陛下はそう労ってくれた。
「ありがとうございます」
「これ、改良点とか、量産とかは、もう決まっているの?」
「いいえ。残念ながらそこまではいっていません。費用がその、嵩むので……」
それは考えなくていいというという前の陛下がおっしゃったので、それではできるだけやってみようということで生まれたのが機動甲冑であった。
それゆえ、その時点では量産性や製造費用比率は劣悪であったのだ。
「そうだなぁ……大体半年で、とりあえず二騎。いける?」
「それでしたら三騎はいけますが」
「ううん、二騎。その代わり整備性を上げておいて。長期間の運用ができるように」
「それはかまいませんが、一体なにに使うのです?」
思わず質問してしまう。
運動性や操縦性など、実際に操縦してみて改良点は山となって出てきたのだ。
その中で整備性を優先する理由は、一体?
「ふふふ~それはまだ秘密です」
悪戯っぽく笑って、前の陛下は人差し指を自分の唇の前に立てた。
「ちょっといいこと思いついたの。だから、予定通り二騎できたら教えてあげます! 楽しみに、まっていてね?」
「それでこれ、NT-◯は積んでないの?」
「積んでません」
「ALI◯Eは?」
「原始的なものはありますが、そこまでのは積んでません」
「じゃあ阿頼耶◯システム!」
「ないです!」
「GUN◯フォーマットはあるよね?」
「さっきから物騒なシステムばっかりですね!? ないです!」




