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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第十章:縦海の大海戦

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第二五六話:前魔王に学ぶ、当時の世界情勢。


「さて、マリウスくんは雷を得意とすることがわかりましたが、我が軍に所属する以上、当然他の魔法も使いこなさないといけません」


 体操用の服を着込んで、前の陛下はそういった。

 どうでもいいが、身体の線がぴったりでる服を着るのは、趣味なのだろうか。

 正直言って、目のやり場に困るのでどうにかしてほしい。

 特にふとももは出し過ぎである。

 あれではほとんど下着ではあるまいか。


「ちょっとマリウスくん? ちゃんと話を聞いている?」

「あ、はい! もちろんです、陛下」


 よもや脚から目をそらし続けていたとは口が裂けても言えまい。


「というわけで、雷以外の魔法を体得してもらいます。発動方法は、座学で学んだわね?」

「はい。一通りは……」


 すでにタリオンと共に、魔法の座学は履修済みである。

 これは前の陛下ではなく、宮廷魔術師の先輩に教えてもらっていた。

 どうも、前の陛下だと話が脱線しすぎて本来習得にかかる時間の二倍は優に潰してしまうらしい。


「それなら、大丈夫ね!」


 そういって、陛下は傍らの籠から、山と積まれた球のひとつを手に取った。

 それひとつが、子供の頭ほど大きさである。


「あの、陛下。それは?」

「これ? とある木の樹液を固めたものよ」


 直後、その球が激しく燃えだした。

 いうまでもなく、前の陛下の魔法である。


「陛下!?」

「避けてもよし、防いでもよし」


 自分の魔法なので当然なのだが、全く熱くなさそうな様子で、陛下はそれを放り投げ――。


「でも直撃すると洒落にならないから、ちゃんと対策するのよ?」

「対策ってなん――」


 最後まで、俺は言葉を続けることはできなかった。

 放り投げた炎の球を、陛下は利き手で思い切り叩きつけたからだ。

 超高速の火の玉が、まるで砲弾のように殺到する。



□ □ □



「死ぬだろ!」


 たまらなかったのか、エミルがそう叫んだ。


「いや、今思えばあれは初級だったな」

『そうでございますね』

「あれで初級かよ! 中級や上級ってどうなんだよ!」


 幻影のタリオンと、視線を交わす。


「……お互い、よく生きて還ってこれたな」

『……陛下こそ』

「鉄格子に放り込まれた上に極寒の海に投げ込まれたときは、さすがに駄目だと思ったものだぞ」

『噴火した火山の火砕流の進行方向に縛られた柱ごと放置されたときは、さすがの臣もあやうく抗議を申し上げるところでございました』

「悪魔かよ」

「魔王だ」

『魔王でございます』


 エミルの感想に、即答する俺とタリオンであった。



□ □ □



「……大丈夫か、マリウス。なんかところどころ焦げてるぞ」

「そういうタリオンこそ、髪の毛に霜がついてるけど」


 小さな教室に集められた俺とタリオンである。


「はーい、ふたりともそろったところで、とても重要な講義をはじめまーす!」


 予告なしに――君主はお成りとかお出ましとか、とにかく来たことを告げる必要があるのではないか? という疑問をよそに――前の陛下が教室の壇上にあがる。


「今日はちょっと難しい話をするわよ。ずばり、政治!」


 俺とタリオンは、自然と背筋を伸ばした。

 魔法では脱線するからと他の者に任されたわけだが、この分野を、しかも最新の情報を事細かく教えるとなると、それはもう前の陛下でないとできないのだろう。


「まずはこれ、この城を中心とした世界地図です!」


 黒板に、大きな地図が貼り付けられる。

 どうやら、俺たちの魔王城は、かなり北の方に位置するらしい。


「見ての通り、わたし達の住む大陸は、大まかにいうと菱形をしているの。その北の部分の一角が、わたし達魔族の支配域ね」


 指揮杖で地図の一角を指しながら、前の陛下が解説をしてくれる。

 そしてそこから少し南東の方に、指揮杖の先をずらすと、


「マリウスくんとタリオンくんがいたのは、このあたりかな。見ての通り、人間との支配域と近いの」


 なるほど、そのあたりから地図の色分けが違う。

 菱形の中央、そのほとんどが人間の支配域であるらしい。


「ずいぶんと、広いんですね」

「といっても統一国家はないけどね。今はいくつあるんだっけ……わたし達より寿命が短いっていうのもあるけど、滅亡と新興が多くて多くて――」

「有力なのは?」

「いつつくらいかな? どこもわたし達と同じ規模か、それ以上はあると思うよ」

「あの、陛下」


 少し気になることがあって、俺は挙手した。


「はい、マリウスくん」

「この南の、黄色く塗り分けられたのはどこの勢力ですか?」

「ああ、それは諸魔族の支配域かな。うちにも少し来てもらっているでしょ? 大鬼(オーガ)族とか」

「とすると、僕らもなんとか魔族って名前なんですか?」

「鋭いね。そういう系統で呼ぶとき、わたし達の呼び名は、純魔族って呼ばれます」


 純魔族。

 そう呼ばれているとは、知らなかった。

 続いてタリオンが、挙手をする。


「古代神聖文字によれば、ELFって呼ばれていたそうですね」

「いーえるえふ?」

「正式な呼び名はわからないけどな。図書館の歴史書にそう書いてあった」

「タリオンくんえらい! ちゃんと自習しているのね」


 嬉しそうに、前の陛下が頷く。


「その通り。そのとき人間はHUMって呼ばれていたみたい。こっちもどう読むのかわからないけどね。いつ頃からか――多分、わたし達魔族と人間が今のように憎み合う間柄になってから、魔族、あるいは純魔族と呼ばれるようになったみたいね」

「なるほど……」


 逆に言えば、かつて俺達と人間はそれほど険悪な関係ではなかったらしい。

 そんな理想的な時代があったとは、とても思えなかったが。


「それより陛下、この諸魔族と挟撃することは可能なのですか?」


 タリオンが、そんな質問をする。


「うーん、今はちょっと難しいかな? なにせ距離がすごく離れているから。あと、この支配域はあくまで大陸だけで、この南には大きな島がたくさんあるの。それぞれに、いろんな魔族がいると思った方がいいし、むしろそっちの方が彼らの本拠地と思った方がいいわ」

「では我らの方針は、彼らとの同盟?」

「最終的には、そうなると思うわ。そうすれば、わたし達と人間との人口比は1対5から1対3にまで縮められると思うから」

「それでもそんなに差があるんですか……」


 思わずため息をついてしまう、俺。

 いくら陛下が強くても、魔法という種族的優位があっても、その差は少々埋めがたい。


「戦力比なら1対3から1対2くらいなんだけどね」

「つまり、それだけ余裕があるということですね。こちらは皆兵に近い状態であることを考えると、状況は依然厳しい――と」

「そういうこと。さすがタリオンくん、飲み込みが早いね。で、そこまで説明すればわかると思うけど――」


 指揮杖を上から下へとつたわせながら、前の陛下は続ける。


「わたし達だけで、人間と全面戦争だけは駄目、絶対。国のひとつやふたつなら潰せるかもしれないけど、そこで絶対に息切れするから」

「人間同士が手を組んできたら、勝ち目はないでしょうな」

「そういうこと。だから、わたし達は基本的に散らばっている魔族の求めに応じて動くか、攻められたら迎撃するかのどちらか。幸いこの土地は見通しがいいし、今の魔王城はそこそこ防御力が高いから、籠城戦には向いているわ」

「そして、それを打開するためには南の諸魔族と呼応する必要があるんですね」


 地図をみつめながら、俺はそうつぶやいた。


「なかなかできないことだけどね。人間の支配域をつっきることになるんだから、相当の困難が予想されるわ。あるいは――」

「あるいは」

「海を、回るか」


 指揮杖で、菱形の大陸の外周をなぞりながら、前の陛下は続ける。


「でもそれをするには、無補給で大陸を半周する性能の船と、それに耐えられるほどの

訓練を積んだ乗組員が必要になるわ」


 そういうわりには、どこか楽しそうな顔をする前の陛下であった。


「陛下?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと楽しそうだなって思っちゃった」


 陸路よりも過酷な旅になるのかもしれないのにね。

 そういって、前の陛下は笑ったのだった。


「まぁそういうわけで、わたし達の前途は、わりと多難です。でも、きみ達新しい世代が、打開の道を見つけてくれるのを、ちょっとだけ期待しているわ」


 折りたたみ式の指揮杖を縮めながら、陛下は講義の結びに入った。


「だからそれまでは、やれることをやりましょう」


 ちがいない。

 俺とタリオンは、深く頷いた。

 前の陛下と共にいれば、どんな困難でも打ち勝てるだろう。

 そんな確信があったのだ――このときは。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「悪魔かよ」に対して、「魔王だ」『魔王でございます』と即答する魔王様とタリオンさん、なんだかんだと仲が良いですね(笑) まだ陸があった時代のお話で、全てがほぼ海と化した現代を想うと何があ…
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