第二五五話:未知との遭遇、魔王編
「これが……魔法!」
タリオンの右手の中にある光の玉は、熱くもなければ冷たくもなく、ただまばゆく輝いていた。
「光の魔法って、便利なのよ」
前の陛下が、嬉しそうに解説する。
「そのまま明かりになるし、攻撃魔法として使えばおそらく最速になるわ。そして応用を利かせたら――すごいわよ、遠くのものを近くでみたり、あるいは見せたくないものを隠したりすることができる。だから、タリオンくん。鍛錬を怠っては、駄目よ?」
「――仰せの通りに!」
光の玉を胸に抱き、タリオンは深く一礼した。
しかもこのあと、ななつの属性が続くのだという。
やはり、タリオンはすごいのだ。
それが俺の感想であった。
「さ、次はマリウスくんよ。方向は合わせたから、後はそのつながった感覚を、手元に引き寄せるように想像して」
前の陛下は簡単に言うし、実際タリオンは簡単にやり遂げたが、俺の方はそうはいかない。
頭に――今は方向を真正面に向けたので、額に――指をトントンと連続でつつかれているような感覚は依然続いている。
おそらくそれが経路のようなものなのだろう。
それを、頭、首、肩、腕、そして手に持ってくればいいのだろうか――。
突然、額がピリッとしびれた。
続いて喉、肩、腕、手へと、しびれが伝播する。
そして右手のすべての指先に小さな紫電がはじけた。
それは火打ち石のような小さななものであったが、まるで湧き出る泉のように次々と紫電があふれ出してくる。
これは、タリオンの光の玉とは違うようだが――。
「へ、陛下――」
声をかけたときにはすでに、前の陛下は険しい表情で俺の手をのぞき込んでいた。
そうしている間にも、指先からの紫電はひとつに集まって、まるで雷でできた毛糸玉のようになる。
だが、毛糸玉や先ほどのタリオンの光の玉のように、均一にはならない。
まるでいつでもはじけられるといわんばかりに、形がいびつになっては球形に戻るといった動作を繰り返している。
その大きさ、タリオンのそれに比べて、ひと回り大きい。
「なんか、雷の集まり具合が……!?」
「集中して! それ以上集まらないように、かといって広がらないように!」
「そんな無茶な!?」
「できると思うことが第一歩! がんばって!」
「うおおおおお!?」
後で聞いた話だが、ここで俺が魔法の制御に失敗した場合、この部屋を含めた魔王城の一角が吹っ飛ぶところであったらしい。
「タリオンくん、いきなりで悪いんだけど、手伝って! わたしがマリウスくんの魔法制御を補佐するから、タリオンくんは土の壁を四方に作って、雷が変な方向に飛ばないようにして」
「仰せのままに!」
俺の真向かいに前の陛下がしゃがみ込み、両手を俺の右手の前にかざす。
直後、俺たちを囲むように分厚い土の壁が出現した。
「よし! これで死んでもわたしときみだけ!」
「そんなこといわないでくださいよ!?」
「それじゃ、集中して。その荒れ狂う雷を、自分のものにするの」
「そんなこといっても!」
「大丈夫、わたしも手伝うから」
「――わかりました。やってみます」
失敗したら俺が死ぬのはまだいい。
だが、前の陛下を巻き添えにすることだけは、絶対に承服できない。
全神経を、手の中の雷に集中する。
手から前腕にかけて、なにか暖かいものに包まれている感触が生まれたが、それは前の陛下によるものであろう。
頭をつつかれている感触はすでに消失している。
つまり、これ以上魔法の素(?)は供給されないというわけだ。
だからあとは、その手にある雷をタリオンのように球形に――。
球形?
そこでふと疑問が生まれた。
球形にしているときよりも、時折弾けるように変形しているなかの一形態の方が、手の中で安定する。
もしや――?
「正解よ、マリウスくん」
俺の表情を読み取ったのか、前の陛下が不敵な笑みを浮かべながらそういった。
「なにも球形だけが正解とは限らない。さぁ、きみが最適だと思った形を想像して。そこまでいけば、きみの魔法は従ってくれるから! 大丈夫、きみならできる!」
前の陛下に背中を押され、俺は全神経を集中させる。
球形ではない。かといってとげ付き鉄球のような形でもない。
それは長く平べったく、それでいて鋭くて――。
全身を、雷が巡ったかのような震えが来た。それはそのまま体内を走り右手に集約され――。
直後。
俺を中心にして衝撃波が形成された。
前の陛下が即座に障壁を張り(ということは魔法が暴走しても巻き込むことはなかったわけだ)、タリオンの土壁が崩れ去る。
「マリウス! 陛下!」
「わたしは大丈夫、マリウスくんも、多分!」
もとから部屋が暗かった上に、土壁が粉砕されたため、あたりの視界は極度に悪い。
ただし、それは魔法でできたかりそめのモノであるから、急速に晴れていく。
そして……。
「陛下、ご無事でしたか。それにマリウスも――マリウス?」
視界が晴れてから飛び込んできたタリオンが、俺の姿をみて絶句する。
よくみれば、陛下も深刻そうな顔で、俺をみていた。
「お前の、それ……」
「それ?」
俺の手には、雷の魔法が凝縮された、剣があった。
一切の濁りがない紫水晶で造られたかのような、鋭い刃を持った剣である。
「いや、そっちじゃなくて……背中」
「背中?」
振り返って気がついた。
剣とは別に、背中に雷でできた翼がある。
さきほど身体中を走った魔力が何らかの原因で翼となったのであろうか。
そしてそれを、前の陛下が気難しそうな表情でみつめていた。
「剣と翼……剣と、翼かぁ……」
「あの……陛下? これは一体……」
「――あ、ごめん! ちょっと予想外のものが出てきちゃったから! とりあえずは……」
俺とタリオンを見回して、前の陛下はにっこりと笑う。
「ふたりとも、魔法の習得おめでとう! タリオンくんは常識外れの七属性、そしてマリウスくんは一属性だけだけど……こちらも常識外れの魔力があるみたいね」
どっちもすごいことなんだよ。と、前の陛下は自分のことのように嬉しげに続ける。
「陛下、その……すごいというのは、具体的には」
「ふたりとも、わたしの後を継いで魔王になれるくらい」
「は!?」
「え!?」
当時の俺とタリオンにとって、それは青天の霹靂だった。
無理もない。
何者でもなかった俺たちが、魔王の後継者になれるといわれたのだから。
「こうなると、ふたりとも所属をちょっと考えないといけないね。どこかの軍団に預けようと思ったんだけど……うん!」
よし、決めた! そう叫んで、前の陛下は俺とタリオンを見据えた。
「タリオンくんは、宮廷魔術師として私の直属ね、そしてマリウスくんは――」
一瞬、鋭い目で俺の持つ雷の剣と翼をみつめ、前の陛下は続ける。
「わたしの近習に。ふたりとも、現場で戦うことは当初の予定より少なくなるけど……」
ふつうの笑みなのに、なぜかぞっとする気配を漂わせて、前の陛下が続ける。
「その分、わたしが直接鍛えます。がんばってね、ふたりとも!」
「仰せの通りに!」
「お、仰せの通りに……」
額面上は、大出世である。
つい最近まで集落で使い走りをしていたのが、いきなり魔王直属になったのだ。
しかしなぜか、どことなく。
少し不安になる、俺であった。




