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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第十章:縦海の大海戦

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第二五二話:その名も紅蓮の魔王、ヴィネット・スカーレット!

「つまり、今までをまとめるとですね」


 時の止まった部屋――正確には、タリオンが律儀にも再生を停めたので、俺たちだけが動いているようにみえるだけだが――の中で、こまめに記録を取っていたクリスが、手帳に視線を落としながら続ける。


「マリウス大将は魔王でも何でもなく、ただの魔族の少年であったということですね」

「そうだ」


 あの頃を思い出しながら、俺。


「そいつにも驚いたけどよ。見渡す限りの陸――しかも遠くには、山ときたもんだ」


 今の海しかない世界に生きる者にとして、エミルが当然のことをつぶやく。


「視界に水平線が少しもねぇ……なんつーか、その頃は本当に陸地だらけだったんだな」

「そうですね……ですが、思っていたものとは違っていました」


 聖女アンが、複雑な表情で頷く。


「そうね。『かつて大地と呼ばれる大きな島があり、そこは水耕栽培に頼らずとも緑にあふれ――』なんて、いろんな聖典に記されているけど、どうみても暗礁と一緒、よくて砂州じゃない」


 アンの双子の妹であり、かつて聖女を一時的に簒奪していたドゥエがそう続ける。

 時折その片鱗をみせるが、ドゥエは聖女の称号を簒奪している間、その任をおろそかにはしていなかったらしい(とはいえ、容認できるものでもなかったが)。


「いや、それはあながち間違いとはいえない」


 念のため、俺はその部分を指摘しておいた。

 今後、皆が封印される前の俺の世界に触れる機会などそうそうないはずだが、それでも齟齬をもったままにしてほしくはなかったからだ。


「当時の世界には、緑豊かで肥沃な地はあるにはあった。ただ、俺たち魔族がそこには住んでいなかったというだけだ」

「――代わりに住んでいたのが、わたしたち人間の祖先ですか?」


 アリスが、核心を突いてくる。

 隣では、アステルがそれを聞いてしまうのかという顔をしていたが、アリスだからこそ聞くのだろう。

 ――そう思う。


「ああ、そうだ……といいたいが、確証はない」


 なぜならば――。


「後にマリウス殿が追い出したから……ですか?」

「いいえ、リョウコ様」


 いつの間にかこの場にいる全員の名前を把握していたタリオンが、口を挟む。


「族滅、でございます。(みなごろし)とも申しますね」


 全員が、絶句した。

 正確には、眉ひとつ動かさなかったアリスと、小さくため息をついたクリス以外が、絶句した。


「ふむ、ちょうど場も静まりましたし、続けてもよろしいですかな?」


 そう言って、タリオンは腕を振るい――。

 止まっていた時間が、動き出した。




□ □ □




「やぁ、いるかい?」


 俺の小屋をノックもなしに入ってきたのは、物心ついたときからの友人で、この集落で魔族のまとめ役を担っているタリオンであった。

 年は、俺よりひとつかふたつ程度上であるはずなのだが、当時の俺からみても、そしていまこうやって映像でみても、ひとまわりは年上のような、知性と冷静さを備えていた。


「相変わらず、自分の調子を崩さないね。タリオン」

「それが僕だからね。それでそっちの方はどうだった?」

「いつも通りだよ。丸一日歩いて、どうにか枯れ枝籠いっぱいって寸法さ」

「そいつは重畳。――今回は殴られなかったようだしね」


 俺の髪をかきわけ、頬の様子を確かめながら、タリオンは笑う。


「そういうタリオンはどうなのさ? ちびたちの文字を教えているんだろ?」

「ああ、忌々しいことに人間のをね!」


 仰々しく肩をすくめて、タリオン。

 その知性と学識を買われて、彼はこの集落に住む魔族の中で、唯一肉体労働を免れていた。

 代わりに、まだ年端もいかない魔族の子供たちに、人間の言葉や文字を教えていたのだ。

 そうすれば、労働力として格段に使いやすくなるから。

 使われる魔族側からみれば業腹な話であるが、とはいえ読み書きできないままでいれば、悲惨な運命をたどるのは間違いない。

 この俺も、あやうくそうなるところであったのだ。


「それで、今日は――もう今夜か――どうしたの?」

「ああ、ちょっとした噂を耳にしてね」


 声を潜め、あたりを見回してから、タリオンは続ける。


「どうやら、この近くに魔王軍が来ているらしい」

「実在していたの、それ」

「しているよ! なんだ、僕の妄想だと思っていたのかい」

「いや、だって……」


 物心ついたときから、俺たち魔族は人間から長命の労働力として扱われてきている。

 そこに対等の力をもつ勢力があると聞かされても、いささか信じがたい。


「あいつら人間が記録の類いを全部燃やしてしまったからもうないけれど、魔族には魔族を統べる王、すなわち魔王がいるんだよ」

「人間には王がいないのに?」

「いるさ。ここよりも暖かくて、作物が普通にとれるところでふんぞり返っているだけさ」

「じゃあ、魔王も?」

「いや、今日酒場で聞いた話だと、魔王はここよりももっと北の、険しい土地に住んでいるらしい。そしてそこから、少しずつ勢力を広げているんだそうだ」

「ふぅん……」

「あまり嬉しそうじゃないな、マリウス?」

「まぁね」


 床に寝っ転がりながら、俺はそう答える。

 ちなみに、寝具や藁など、上等なものはない。

 そこらの板の切れ端や布切れを敷き詰めた、ギリギリで凍死しない程度の床である。


「どの道、戦いが起きるんだ。僕やタリオンはともかく、ちびたちが犠牲になるのは避けたい――」

「そうだな」


 同じように床に転がって、タリオンが答える。

 どうでもいいが、ひとりで寝るのにギリギリの小屋なので、狭苦しいにもほどがあった。

「ともあれ、魔王軍が来たら、この集落も戦争になる。そうなったら僕らは突撃するふりをして投降する。それでいいね? マリウス」

「もちろん。僕のことはあとまわしにして、ちびたちを最優先で頼むよ、タリオン」

「ああ、まかせておけ」


 今思えば、戦略も戦術もへったくれもない、あまりにも稚拙な判断であったと思う。

 逆に言えば、当時の俺たちが、いかに閉鎖的な社会で暮らしていたのかがよくわかるだろう。

 とにかく、あの頃の俺には、力もなく、知識もなく、そして経験が圧倒的に足りなかった。

 だからこそ、このあと起きたことは当然の帰結だといえるだろう。






「魔族じゃないじゃないか!」

「人間同士の争いだね、こりゃ」


 塹壕ですらない、がれきの山の陰に伏せながら、俺はタリオンと叫びあっていた。

 お互い、焦げ付いた鍋を被っているが、なまくらの剣でも防げそうにない。

 そしていまは、銃や弓矢で撃たれまくっている最中である。


「ちびたちは!?」

「壁の中に入れてもらえたよ! もっとも地下室とかじゃなくて、内側の掘っ立て小屋だけど、ないよりはましだろ!」

「それはたしかに――」


 直後、轟音が頭上を通り抜けた。

 そして背後で爆発音とともに爆風がこちらまで飛んでくる。


「あいつら、大砲まで持ち出してきやがった――タリオン? タリオン!?」


 後方を振り返って絶句しているタリオンの肩をゆさぶる。

 いまはとにかく、呆けている場合ではないからだ。


「いまの砲撃、子供たちがいる場所に着弾しやがった……! 畜生、壁が完全にふっとんでいやがる!」

「タリオン! 君は攻め側の人間たちに降伏しろ! 君の知能なら、向こうも拾ってくれる!」

「マリウス、君はどうする!」

「僕は……」


 人間から与えられた、錆びて欠けた包丁の柄に棒をくくりつけた即席の槍を握りしめ、俺はタリオンに答えた。


「ちびたちの弔い合戦をしてくる。だから君とは、ここでおさらばだ」

「いやだめだマリウス。こんなところで死んでどうする、君だって向こうに降伏して――」

「残念だが、ちびたちを殺した奴らに、それはできない。それでは征くぞ、タリオン!」

「やめろマリウス!」


 タリオンの制止を振り切って、がれきの山の陰から飛び出したときだった。


 目の前を巨大な炎の車輪が通り過ぎた。

 後から聞いた話だが、それは人間の軍が激突している、ちょうど真横から、殴りつけるように襲いかかったらしい。

 その炎の車輪は戦場を駆け回り、双方で戦っていた人間を蹂躙すると、戦場の中心で中空へと浮かび上がり、炎の柱となってから四散した。

 そして遙か後方の砲撃陣地へは――。


「なんだあれ――」

「投石だ。はるか北方に住む大鬼(オーガ)族の必殺攻城術! ということは――!」


 投石というが、飛びかっているのは俺が住んでいた小屋ほどもある岩である。

 それが何十、何百と、まるで雨あられのように叩き込まれたのだ。

 結果、集落の壁を破壊した砲撃陣地は、射撃相手を変えることもできずに沈黙した。

 そして最後に――。


「騎兵だ……」

「あれが……」


 立派な鎧に身を包み、大きな槍を携えた騎兵隊が、整然と進んでくる。

 その背後には、投石していたオーガが巨大な旗を掲げる。

 赤い竜の、見慣れない旗――。


「間違いない、魔王軍だ!」


 伏せていたタリオンが、がばりと立ち上がった。


「え、じゃあ……」


 一列横隊を敷いた騎兵隊の中央に、紅い鎧姿の騎兵がいた。

 ほかの騎兵よりもひときわ大きな紅い槍を携えたその騎兵は、俺とタリオンの姿を認めると、その兜を静かに脱ぐ。

 その下にあったのは、金色の髪と、紅い瞳。

 魔族でいえば、成人直前の少女であろうか。それくらいの女性であった。

 肩あたりで切りそろえたらしいその金髪を手でかき上げてから、馬を下り、こちらへと歩いてくる。

 タリオンが、慌てて跪いた。

 俺も続いて跪こうとし――。


「いいの、そういう儀礼的なのはあとで。魔族だよね? ほかに生きている子はいる?」

「え、あ……」

「おそれながら陛下、ここにいる二名のみでございます。壁の向こうに幼子が五名ほどおりましたが、おそらく先の砲撃で――」


 言葉につまる俺の代わりに、タリオンが報告する。

 すると彼女は年相応のように顔を曇らせ、


「そうか――ごめんなさい、救援が遅れて。君、馬に乗れる? それなら数騎出すから、念のため一緒に行ってあげて。復唱不要、早く!」


 騎兵のうち一騎がタリオンを拾い上げ、自分の鞍の前に乗せる。

 そして数騎が恐るべき早さで集落へと駆けていった。


「――さてと。きみ、名前は?」

「あ……ま、マリウスです。家名はその、わかりません」

「マリウス――『正義の魔王』アンドロ・マリウスからかな? いい名前じゃない。わたしは――」


 あっけにとらわれている俺を真正面からみつめて、彼女は続けた。


「ヴィネット・スカーレット。わけあって魔王をやっているわ。よろしくね。とりあえずは――」


 俺を頭からつま先までを眺めて、先の陛下はにっと笑った。


「これは、お風呂に入れないといけないわね!」


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