第二四六話:秘奥・絶刀絶後
独特な爆発音を響かせて、鬼斬黒雷号が光刃刀から衝撃波を飛ばす。
そしてほぼ同時に自らも突進。片手の抜き打ちから両手に持ち替えた第二撃を打ち込む。
その間隔は、連続斬りに等しい。
ただし、一撃一撃は全力で振りかぶった斬撃に等しい。
そんなものを真っ向から受ければ、得物ごと両断されるのがオチだ。
だから、対処法はふたつ。
大きく避けるか、
あるいはその衝撃を受け流すか。
俺であったら、後者を選択する。
そして、白と黒の九三は後者を選択した。
自分の光帯剣で受け止める瞬間、かすかに全身を浮かびあがらせて、そのまま後方にはじき飛ばされたのだ。
だが、それを予想したようにリョウコと文字通り一心同体となった鬼斬黒雷号は、追撃する。
首筋、胸部中央、脇腹を狙った三連撃を白と黒の九三はそれぞれ自らの剣で弾いた。
「これは……」
雷光号の操縦席で、俺は唸る。
俺であったなら、そろそろリョウコの剣技を学習する頃合いだったが、実際白と黒の九三はリョウコの動きに対応しつつある。
「まずいな、徐々に学習しつつある。俺の行動を完全に模倣しているというのは、真実であったか――」
「そうなんですか?」
アリスが、意外そうな声を上げた。
「どういう意味だ?」
「あの機動甲冑、本当にマリウスさんが使っていたものとまったく一緒なんですか?」
「そのように、みえるが……」
「でも、あの機動甲冑、黒雷号ちゃんと同じ大きさですよ」
「――! そうか! それか!」
あまりにも造形が一緒なので気付くのが少し遅れてしまった。
元々の機動甲冑の大きさは、平均的な魔族の身長のおおよそ十倍。
いまの雷光号達のように、二十倍ではない。
もし、まったくそのままに俺の機動甲冑を運用した場合、身長は二倍差となってしまう。 しかしいま眼前で展開されている剣戟では、二騎の身長差はほぼ無いに等しい。
つまり、あの騎体は、俺のものであったとしても現在にみあった改修をほどこしているということである。
いわれてみれば、背中の荷電粒子砲(さきほどリョウコが破壊したものだ)は、本来搭載していなかったものだ。
つまりあれは、完全に俺自身を再現していない。
少なくとも、なんらかの改良を加え、そうみえるようにしているだけだ。
その事実に対し、少し安堵していることを憶える俺であった。
「やはり、マリウス大将そのものではないということですね?」
俺達のやりとりを聞いていたクリスが、そう確認を取る。
どうやら、アリスと同じようにクリスもあれが俺の騎体そのものであることに対し、疑念を抱いていたらしい。
「それならば、リョウコさんにも勝機はあるでしょう」
「いや、彼女の動きを学習しているのは確かだ。油断はできない」
おそらく、リョウコ側でも気付いているだろう。
うまく、対応策を編み出してくれるといいのだが……。
□ □ □
「これは――いけませんね」
何度かの斬り合いを経てから、リョウコはぽつりとそう呟いた。
「このままだと、まずいです」
『どういうことだい?』
オニキスが、そう問いかける。
そうしている間にも、彼女は目の前の白と黒の九三の情報を収集し、整理し、後方の味方へと共有し続けていた。
おかげで、リョウコ自身は白兵戦だけに集中することが出来ている。
それは、とてもありがたいことであった。
「相手が私の動きに追いついてきています」
『それ――まずいんじゃ?』
「はい。なので――」
光刃刀を正眼に――切っ先を相手の目に相当する部分にあわせ――構え直し、リョウコは続けた。
「私が限界を超えます」
『えっ』
「私が、限界を超えます」
『言いなおさなくていいから! っていうかどうやるんだいそれ!』
「いわゆる、秘奥ですよ」
『そういうものって、そうホイホイでてくるものじゃないだろう?』
ホイホイでてくるものではない。
しかし、備えてはいるものではあった。
つまり『ある』のだ。
「私達、剣士というものは、最強とは限りません」
じりじりと白と黒の九三と間合いを読みあいながら、リョウコ。
『まぁ、そうだろうね』
「ですが、時にはどうしても勝たねばならぬ相手というものがでてきます」
『ちょうどいま、かな』
「ええ。ですからそういうときは――」
徐々に呼吸を深く、ゆったりとしたものに変えながら、リョウコは続ける。
「身体に負荷をかける、全力以上の全力を使うのです」
『ちょっとまって、そんなことをしたら――』
「はい。良くて筋肉痛、悪くて骨折です。最悪の場合、腱や神経をやってしまって、二度と剣が握れなくなる恐れがあります」
『そんな――!』
「覚悟の上なんですよ。ルーツの家に生まれたときから。そして、一軍を預かったときから」
その言葉の重みに、オニキスは沈黙するしかなかった。
「それより私が気にしているのは、その状態になったときの貴方です。オニキス」
『――ボクのことは気にしなくていいよ。壊れたら直してもらえばいいんだ』
「そうですか……では、いいのですね?」
呼吸をさらに深く、そして視線を鋭くして、リョウコは最終確認を取る。
『ああ、いいよ。あの、父さんの姿を模している不愉快なのを倒してしまおう』
「承知しました」
『ひとつだけ教えてくれるかい? その秘奥を使って勝てなかったときは?』
「ああ、そんなの簡単ですよ」
なんでも無い様子で、リョウコは答える。
「そのときは、すっぱり負けて、死ぬしかありません」
□ □ □
その異変を、俺は真っ先に感じ取った。
「なんだ、これは」
「鬼斬黒雷号の出力、急激上昇! 機関出力、通常の二倍強です!」
「なっ――!」
強襲形態の時は、雷光号も紅雷号四姉妹も、機関は最大出力となる。
その状態で出力二倍を超えるというのは、通常ありえないことだ。
「リョウコ、オニキス……いったいなにを」
答えはすぐにわかった。
急激に上昇した周囲の熱により海面から陽炎がたちのぼり、それに併せて鬼斬黒雷号が一瞬ゆらりと揺れたその刹那――。
ステラ紅雷号も追いつけないのではないかと思わせるような加速力で、突進した。
瞬時に腰付近に引き絞った両手は、次の一瞬雲を引いて前方へと突き出され――
再び音速を超えたその光刃刀の刺突は、愚直なまでにまっすぐに、白と黒の九三を貫こうとした。
それが来るのを予期していたのか、あるいはとっさの判断か。
白と黒の九三は、その一撃を縦一文字の斬撃で相殺しようとした。
音速を超えた衝撃波が、再び両者の間で爆発する。
だが――今度は互いに引くことはなかった。
リョウコの放った光刃刀による神速の突きは、白と黒の九三が持つ光帯剣の鍔に命中したのである。
そしてその切っ先は鍔を貫き、腕を貫き――、
白と黒の九三の胸を、真正面から貫いていた。
切っ先が突き出た背中が、爆発を起こす。
それだけの勢いであったのだ。
『なにあれ、こわい』
雷光号がぽつりと呟いた。
実際、生身のリョウコが今の突きを俺に放ったら、俺は防ぎきれただろうか。
「いかん! 雷光号、黒雷号の救助にあたれ! 紅雷号、蒼雷号、ついてこい!」
やはり、機関出力二倍超は無理があったらしい。
関節各部から煙を吹き出した鬼斬黒雷号は、そのまま機能を停止した白と黒の九三ともつれあうように沈み――きる直前で、飛び出した俺達により救助されたのであった。
『雷光号! 聞こえますか雷光号!』
鬼斬り黒雷号から、通信が入る。
『秘奥・絶刀絶後により元魔王乗騎なる機動甲冑、このリョウコ・ルーツが鬼斬黒雷号と共に討ち取りました!』
「ああ。しかと確認した」
動けなくなった黒雷号を雷光号と紅雷号が、そして機能停止した白と黒の九三を、蒼雷号がかろうじて支えていた。
「なんという無茶をする――ふたりとも、身体は大丈夫か」
『はい、黒雷号は関節に長大な負荷がかかりましたが、駆動部そのものは破壊されていないようです。操縦していた私も、骨や神経、それに腱は切れておりません』
つまりふたりとも、骨折以上に相当する損傷は負っていないらしい。
「見事だった、リョウコ。あんな剣技を隠し持っていたとはな」
『ルーツ家の秘奥です。呼吸を操ることで、一時的に肉体の限界を超えるという文字通り諸刃の剣でしたが――討ち取れたようですので、よしとしましょう』
「あれは生身でも放てるのか」
『ええ、もちろん』
「ならば、たいしたものだな。おそらく、俺が全力全開の状態であっても今の突きはかわせもしなければ、防ぎもできなかったであろうよ」
『本当ですか!? っつ――!』
リョウコが嬉しそうに飛び上がろうとして――苦痛に顔を歪める。
「とりあえず、いちど機動要塞シトラスまで曳航しよう」
『かたじけないです』
「それと――」
『それと?』
少々いいづらかったが、俺は続けた。
「通信を切れ。いいたくはないのだが、丸見えだぞ……」
『あ』
リョウコは人騎一体となる操縦装置を使うために、身に纏っていたものをすべて脱いでいた。
そしてそれはアリスによって映像をきっていたのだが――。
向こうから繋ぎなおされた際、再び映ってしまっていたのだ。
『せ、切腹してもよろしいでしょうか!?』
「許可しない。それより通信と操縦装置の同期を切れ」
『は、はい……!』
全身が真っ赤になったリョウコが、通信をきる。
だから、その、アリス。
その、なんともいえない名状しがたい気配を、どうかひっこめて欲しい……。
「ピポポポポ……ピポポポポ……」
「?」
「……絶刀」
「やめんか!」




