第二四五話:人機一体
さてみなさん……。
わたくし、タリオンめがしかけた最後の魔王認証装置、それはかつて陛下が使用された機動甲冑に、陛下の行動記録をすべて読み込ませた、いわば陛下の現し身とも呼べる自動人形でした。
これに対抗できるのは実質陛下のみであり、これであればご本人がお出ましになると考えたのですが――なんと、でてきたのは人間ではありませんか!
これでは陛下が本物かどうか、最後の確証を得ることが出来ません。
この先、いったいどうなってしまうのでしょうか?
それでは! 機動甲冑ファイト、レディ――
「それ以上はいわせん! いわせはせんぞー!」
『腰は固定した? それじゃまずは少しだけ前傾姿勢になって――そう』
鬼斬黒雷号から、オニキスの声が届く。
普段は映像も送れるのだが、今はその……リョウコがなにも着ていないので、アリスによって映像のみ切断されたからだ。
直前にみえたのは、円筒形の操縦席。
腰の部分のみ固定したそれは、操縦者と黒雷号の動きを、そのまま同期させるらしい。
造ったのはスピネルだが、それを発注したのはオニキスなのだという。
もしこれが本当にその通りに動くのだとしたら、白兵戦を得意とするものは
『あの……刀は? 刀はこのままでいいのですか?』
『うん、大丈夫。刀は同じようにもっているから安心して。それじゃ――いくよ』
『んっ――』
鬼斬黒雷号の全身が、一瞬震えた。
そしておそるおそるといった様子で前を向き、周囲を見渡す。
『これは……すごい、すごいです』
『感想はあとにしよう。身体に異常はないかい?』
『あ、はい――いまのところは』
『よし、じゃあ、スピネル姉さんの後ろから出るよ』
『あの……推進器はどうやって操作すれば?』
『ごめん、言い忘れていた。足の裏に力を込めてみて。最初は、ゆっくりとね』
『はい!』
不慣れなはずなのに、リョウコは黒雷号を丁寧に操縦することが出来ていた。
それはつまり、スピネルの造った操縦装置が非常に優秀であることを示す。
『あの、艦載砲はどうやって?』
『それはボクが狙って撃つ。リョウコ元帥は機動・回避・それに白兵戦に集中して』
『わかりました。では――いきます!』
鬼斬黒雷号が、いままでみたことのない前傾姿勢になった。
推進器が全開で噴かされ、海面が大きく波打つ。
一瞬で間を詰めるリョウコとオニキスに対し、魔王騎――いや、白と黒の九三――は、動ずることなく背中の荷電粒子砲を連射した。
しかしそれをリョウコは横に跳んで躱す。
それも、連続でだ。
以前、タリオンの迷宮でみせた華麗な足捌きが、黒雷号に宿っていた。
稲妻のようにジグザグに跳びながら、鬼斬黒雷号は白と黒の九三に迫り、腰の光刃刀を引き抜きざまに斬りつける。
白と黒の九三は、動ずることなく自らの光帯剣を引き抜き、抜き打ちの光刃刀を受け止め……。
突如爆発が起こり、両者は大きく引いた。
「黒雷号! いまのはなんだ!」
『ええと、ボクもちょっと驚いているんだけどさ――』
やや混乱した様子で、オニキスが答える。
『切っ先が、音速を超えたみたいだ』
「音速!?」
確かに機動甲冑は平均的な魔族の身長の十倍近い。
今の海賊や雷光号は二十倍といったところか。
もしもその規模で、リョウコが得意とする神速の抜刀術を使ったら。
――なるほど、たしかに切っ先が音速を超えかねない。
『なるほど、つまり音速を超えたときに受け止められるとああなる訳ですね』
意外にも冷静なリョウコだった。
『では、受け止められないように振りきるとしましょう。いえ、それよりも――』
『戦闘中に考え込まないで、リョウコ元帥』
オニキスのいうことももっともである。
白と黒の九三は光帯剣を弓を引くように構えると、バク転と回転斬りを組み合わせた剣技を仕掛けてきた。
「でましたね、マリウス大将のデタラメ剣術――」
クリスがそんなことを言うが、あれはちゃんと徹甲竜巻斬という名前がある。
もっとも、俺にしか使えないのは確かであったが。
それに対し、鬼斬り黒雷号は大きく下がってそれを避けると、光刃刀を異様に低く構え――。
「あの距離で斬りつけた!?」
クリスが驚くのも無理はない。
その間合いは、明らかに三歩――いや、四歩分の踏み込みが必要であったのだ。
当然、それはただの空振りになるはずなのだが、
「衝撃波、白と黒の九三に命中しました」
アリスの報告に、俺とクリスは目を見合わせた。
「なん……だと?」
「たしかに、背中の荷電粒子砲が損傷していますが――いったい何故?」
『なに、簡単なことですよ』
うまくいって重畳ですと続けながら、リョウコが答える。
『音速を超えて剣戟を繰り出せるのなら、その際に出る衝撃波を操って、相手にぶつけようとしたのです。まだちょっと細かい狙いがつけづらいですが、うまく行ったようでよかったですね』
なるほど……なるほど?
「なんという、デタラメ剣術――」
クリスが唸る。
「さしづめ――」
「デタラメ抜刀術ですね」
俺の言葉を的確につなげるアリスであった。




