第二三四話:勝って、戻ろう。
「こいつはまた、壮大な眺めだな」
「ああ、そうだな」
元船団ジェネロウスの中枢島。
中枢船はなく島であるそこを取り囲むように、四つの中枢船が停泊していた。
すなわち、中枢船『ウィステリア』、中枢船『ルーツ』中枢船『フラット』、そして中枢船『シトラス・ブラン』の四隻である。
そしてそこから少しだけ北に機動要塞『シトラス・ノワール』が停泊している。
それぞれの中枢船にも軍港としての機能を持っているが、それでも住居、および政庁としての性格が強い。
(といっても、フラット、ルーツ、シトラス、ジェネロウスの順番で軍港としての機能に長けているが)
それゆえ、北から――タリオンの襲撃に備えて、機動要塞を配置しているわけだ。
そしてそれを護るように、当直の艦隊が十重二十重に取り囲んでいる。
さらに島と中枢船の南方には、軍艦以外の船が整然と停泊していた。
本来ならばある程度自由に航海させているものだが、もともといつつの船団であったものを一箇所にまとめるため、こうして停泊してもらっているのだ。
とはいって、必要最低限の交易は必要であるため、ある程度の交易船はひっきりなしに移動を続けている。
彼らの中には自ら志願して哨戒の任務についてくれるものもあり、頭が下がる思いであった。
それを、俺達はジェネロウスの中枢島にある聖堂の上層部から眺めていた。
「あの……マリウスさん」
皆と少し離れて船団を眺めていた俺に、アリスがすかさず声をかけた。
今回の船団を一箇所に集める作業をする際、事務型のトライハル准将と共に奮闘していたアリスであるが、時折俺の方へを心配そうな視線を向けていた。
その意味はなんとなくわかる。
だから、こうして少しだけふたりきりの時間を作ったのだ。
「どうした? アリス」
「あの、よかったんですか?」
よかった……とは、この船団を物理的に一箇所へまとめたことだろう。
「いたしかたあるまいよ。いつつにわかれたままでは、各個撃破されるのがおちだからな」
「ですけど……その……シトラスの海の下にある街が……」
――ああ。
やはり、それであったか。
「大丈夫だ。あそこは間違いなく魔族の街であった。故に、タリオンは意図的に壊そうとは思わんだろうよ」
人間に対して、ときには俺以上の憎悪を向けていたことのあるタリオンである。
反面、同族である魔族に対しては、手厚い保護を施すことで諸魔族からの名声が高かったのも事実であった。
故に、宮廷魔術師兼宰相という、実質的に俺の次に位が高かったのだが……。
いまは、敵である。
「それに、感傷抜きで臨まねば、勝てぬ相手だ。そのために船団を何処か一箇所に集めるとしたら――それは島のあるジェネロウスしかあるまい」
いくらなんでも、島を丸ごと空にする利点はない。
そもそもこの中枢島には、貴重な文献がまだまだ眠っているのだ。
「それは、わかりますけれど……」
俺の副官――つまりは、近衛艦隊の指揮官としての俺に次ぐ重要な地位のあるアリスである。階級こそ大尉であり、実際の指揮権は無いに等しいが、いざというときは俺の代理人としての権限をある程度保持していた。
そして事務方のトライハル准将を何度も支えてきた実績もある。
それ故、俺のいうことも頭では理解できているのだろう。
ただ、感情が追いついていないだけだ。
もっとも、それが自分の感情でなく、俺のことを思ってのそれであるというのが、少し危ういものを感じる俺である。
なぜならそれは、大小の差こそあれ、タリオンも同じであったからだ。
「なに、要は――勝てばいいのだ」
「――はい」
一箇所に集めるというのは、軍事的には正解だが、政務および事務的には悪手だ。
現に、船団全体の漁獲量は少しずつ減少している。
とはいえタリオンが提示した期間まであと僅か。
侵攻がくるとわかっているのなら、備えておかなくてはならない。
「アリス」
「はい」
「この戦いが終わったら、クリスに潜水艇を借りてまたあの街に行くぞ。なんなら、雷光号を海に潜れるように、改造してもいい」
「それ、クリスちゃんも一緒ですよ? でないと仲間はずれみたいです」
「そうだな、その通りだ」
戦争に絶対はない。
現に、圧倒的有利であった我が魔王軍も、たったひとりのあの忌々しい勇者とやらに、戦況をひっくり返されてしまった。
だが今回も同じようにする訳にはいかない。
打てる手は、打てるだけ打つ。
あのときは、当初たったひとりの人間になにが出来ると慢心していたのは事実であったからだ。
しかし、だからといって戦後のことをまったく考えないというわけではない。
希望というものは、胸にあった方がいいからだ。
「その……タリオンさんは来るのでしょうか?」
「あいつはそういう奴だった。間違いなく来る」
宣言したのなら、必ず来る。
ただし、その方法はあの者ごのみの搦め手を含めた多種多様なものであろう。
故に準備を怠る訳にはいかなった。
■ ■ ■
タリオンが提示した、期日になった。
「足の速いステラ紅雷号を出します?」
機動要塞『シトラス』の会議場でアステルがそう提案する。
「いや。こちらに飛行能力があるのはなるべく隠しておきたい」
「とすると、足の速い高速巡洋艦の艦隊をいくつか抽出して、哨戒にあてる――かしら」
「そうなるな」
通常の哨戒艇、あるいは哨戒艦の艦隊では、緊急時に応戦能力にやや問題がある。
それならば、ある程度は戦える艦を哨戒につけたほうがいい。
「その哨戒艦隊、および志願船で構成した哨戒船団からだけど、いまのところ動きはないわ」
そう発言したのは、哨戒艦隊の指揮官となったメアリ・トリプソン准将であった。
船団シトラスの内乱を鎮圧した際に正式に大佐となった彼女は、今回の艦隊編成で哨戒艦隊司令を任じられたのだ。
「いまは、どの辺まで足を伸ばしている?」
「船団ノイエまでよ。覚えている? あたし達が出逢った、あの中規模の船団」
「ああ、あそこか……」
それほど昔ではないはずだが、随分前のことのように思えてしまう。
そこは、俺が、俺とアリスとニーゴが、一番最初に訪れた船団であった。
確かあの近くに、魔王城があった小島が残っていたが――この戦いが終わったら、そろそろまじめに発掘作業をしたほうがいいのかもしれない。
「もう少し北にいってみる?」
「そうだな……ただし、決して突出しないように。アステルの高速巡洋艦隊が追いついたら、速やかに交代してくれ」
「わかったわ。それじゃ早速現場の『超! 暁の淑女号』に――」
連絡する前に、警報が鳴り響いた。
発報したのは――当の暁の淑女号……!
『緊急連絡。船団ノイエの北方にある小規模の船団が、いくつか緊急避難を開始した』
その声は、現在メアリに変わって暁の淑女号艦長を務める、ドロッセル・バッハウラウブ中佐のものであった。
『類をみない海賊、それも知性のある方が集団で襲いかかってきたと証言している。また、避難が間に合わず消滅した船団も少なからずいる模様』
会議室が、一気に緊張の色を帯びた。
ついに、はじまったのだ。
『船団ノイエは、単独での防衛が無理であると決断。船団アリスに庇護を求めるため、小規模船団を援護しつつ共にこちらへ南下する模様。マリウス大船団長、判断はいかに』
「ただちに避難されたしと伝えてくれ。船団アリスはいかなる船団であっても、受け入れる用意がある」
即座に俺は決断した。
「クリス」
「はい。パーム元帥は至急高速巡洋艦隊を船団ノイエと、避難しはじめた小船団との護送に派遣してください。申し訳ありませんが、トリプソン准将の哨戒艦隊は引き続き任務を続行。ただし、いっさいの戦闘は認めません。敵影発見次第、急報しつつ至急後退してください」
「心得ましたわ」
「こっちも了解よ」
アステルとメアリが席を立つ。
それぞれの艦隊の指揮を執るためにだ。
「それとフラット元帥は足の速い水雷艇母艦を組織し、先の高速巡洋艦隊と帯同してください。ただし船団ノイエに着いたら護送任務ではなくトリプソン准将の哨戒艦隊の援護です。彼女たちが戦闘に巻き込まれそうになったら、水雷艇を発進。『爆撃銛』をばらまいて共に撤退してください」
「こっちの哨戒網には対艦能力があるとみせかけるわけだな。了解した!」
エミルが席を立ち駆け出す。
おそらくアステルとメアリに追いつくためだろう。
「ドロッセル中佐。船団ノイエにはジェネロウスの中枢島へ目指すよう指示。位置的に必然となるだろうが、シトラス側から入るようにしてくれ」
『了解した。すこし南に進み、回り込むようにすればいい?』
「ああ。そうしてくれると助かる」
真っ正面から来ると、布陣している護衛艦隊の動きに支障がでる。
それを防ぐためにも小中の船団には迂回してもらわねばならなかった。
『重ねて了解した。では、そのように』
暁の淑女号からの通信は、終了した。
「残りの艦隊は臨戦態勢に移行します! 近いうちに、防衛戦になるつもりでいてください」
「以上、会議を終了する」
クリスと俺の声が会議室に響き、その場にいた全員が起立する。
ここからが、本番だった。
アリス・タリオン「「逆だったかもしれねェ…」」
魔王「ふたり揃ってNA◯UTOごっこはやめろ……!」




