第二二九話:禁忌の扉を、開けまくれ!
「『聖女の殉教』ね……」
その仕様書を眺めて、エミルはそう呟いた。
機動要塞『シトラス』機密事項案件用、会議室。
普段より簡素だが、その分窓ひとつないその部屋は、防諜の類が完備されていた。
特に、皆には言っていないが魔法による盗撮・盗聴には完璧に近い仕上がりになっている。
仮に全盛期のタリオンが全力で会議の内容を盗み聞きしようとしても、魔法で高度に暗号化された内容を読むのには、数十日かかることであろう。
「もうちょっと明るいやつにしようぜ。『聖女爆発!』とか」
「アンタ、不敬罪ってやつを忘れているわね――」
呆れた様子で、ドゥエが言葉を返した。
「昔は外交問題で済んだけど、今はアンタ自身も不敬罪の対象よ?」
「いんや、これでもアンは尊敬しているぜ? マリウスの正体を知らないまま仲間に引き入れるなんて、そうそう出来やしねぇ」
「ありがとうございます!」
「素直に礼をいうんじゃないの、姉さん!」
たしかに、自分の地位に対して素性の定かでない者に頼ったその度量は、ある意味すごい話だった。もっとも、そこまで追い詰められていたからかもしれないが……。
「どっちにしてもこの弾、オレらに使われたらやばいよな。防ぐ手がねぇ」
たしかに、生身で水雷艇に乗るエミルの艦隊では、焼夷弾に対抗する手段は回避しかない。
しかし、この『聖女の殉教』は信管を調整することにより、直撃しなくても焼夷弾としての燃料に着火、拡散できるという機能がついていた。
つくづく、人間同士で使用しなくて良かったと思う。
「そういうアンタんことのだって、十分凶悪じゃない。なによこの『爆撃銛』っての」
ドゥエの指摘通り、『爆撃銛』はかなり危険な兵器であった。
通常、水雷艇に積まれている銛は火薬で撃ち出されるものだ。
それに対しこの『爆撃銛』は、銛の後部を中空にし、代わりに火薬が詰め込まれていた。
これにより、火薬によって撃ち出された後、さらに加速することが可能となっている。
飛距離、速度、そしてそれに伴う威力。
どこもこれもが、底上げされていた。
「こいつはな、普通の銛と組み合わせると凶悪らしいぜ? 軌道が読めなくなって回避できなくなるんだと」
「えっぐいわね、それ……」
確かに、速度がばらばらになると回避が極端に難しくなる。
途中から加速するのかしないのかを見極める前に、命中するなんて事態も容易に想像できた。
「まぁ、それも十分凶悪ですれけど……」
会議用の円卓の上に置かれた資料に目を通しつつ、アステルが呟く。
「ルーツの『玉鋼鍛法』ってなんですの……同じ素材のはずなのに、数値上はルーツ以外で製造した剣と打ち合ったら、みんな折れますわよ……?」
それは俺もおかしいと思っていた。
が、詳しく製法を調べると、普通ここまでやるかという領域にまで、鋼を鍛えているのがわかる。
その鍛え方は、封印される前の魔王軍が魔法で錬成していた鋼に傷をつけかねないといえば、その異常さというか、精度がわかるだろう。
「それなんですが、シトラスのこの『魔王鋼』――ですか? これを装甲ではなく刀に転用できたら、さらにすごい業物ができそうですよ!」
やや興奮気味にリョウコがいう『魔王鋼』だが、本来は『海賊鋼』という。
例の海底工場から作られる最上級の装甲用素材で、いってしまえば海賊――機動甲冑の装甲を再現したものだ
そのまま資料としては『海賊鋼』の名前で提出する予定であったのだが、今回の相手が海賊の艦隊ということで、もう少しいい名前にしようと、俺にあやかって『魔王鋼』としたらしい。
そしてリョウコが指摘したとおり、このふたつを組み合わせると、かなり凶悪な代物を作ることが出来る。
さすがに雷光号や紅雷号四姉妹用に鍛えるのは無理があったが、リョウコの艦隊の白兵戦部隊には十分まにあいそうであった。
「それよりも――」
いままで各書類を読んでいたクリスが、
「一番の問題は、ウィステリアのこの設計図『封歴禁書』だと思うんですが……」
「ああ――」
アステルが困った声を出す。
「新機軸の、機関だというのはわかりますの。でも、それが具体的にどういうものか、いまいちわかりづらくて――」
「どれどれ」
「ふむふむ」
「ややこしいのが来たわね……」
ウィステリアの封印文書をまだ読んでいなかったエミル、リョウコ、そしてドゥエが、紙面に目を通す。
そして一斉に、頭上に疑問符を浮かべたのだった。
「すまん、わからん」
「え、エミルさんに同じくです……」
「なんで機関を全力回転させたまま速力を任意に変更できるのよ。頭おかしいんじゃないのこれ!?」
そんなに複雑なものなのだろうか。
なにより、最後にドゥエが言った、機関の出力をそのままに速度を自由に設定できるというのが気になる。
それではまるで、我が魔力機関のようではないか。
俺は内心はやりながらもウィステリアが禁忌とした封印文書に目を通し――。
「なんだこれは……」
「お前ですらそれかよ!」
エミルが素っ頓狂な声を上げた。
たしかに、いままで俺が人間側の技術で理解できないものは無かったので、意外だったのだろう。
「マリウス大将でも理解できないということは、再現不可――ということですの?」
アステルが、不安げな声を上げる。
「いや、材質的には再現可能だ。再現可能だが……」
原理がいまいちうまく飲み込めない。
蒸気機関なのは、間違いない。
間違いないのだが、それはそのまま駆動部には繋がらず、磁石に細い銅線を幾重にも巻き付けた装置を高速回転させている。
それによって得られた電力を……電力とはなんだ?
どうやらある程度蓄積でき、しかも任意に流れる方向を変えられるようだが。
これではまるで、雷の魔法――。
そうか! 雷の魔法だ!
これは、天然の雷を制御したものだ。
雷の出力を落とし、代わりに本来なら一瞬であるものに持続性をもたせてある。
しかもある程度貯蔵できる特性があるらしく、これにより先ほどドゥエが呟いた機関の出力と実際の速度差を無関係にするという特色があった。
つまり、加減速が急速に行えるという訳だ。
『人間をなめるなよ、魔王!』
あの忌々しい勇者とやらの言葉を思い出す。
『人間はな、堤防や土塁で土の魔法と同じ力を使えるようにし、風車で風の魔法とおなじものを手に入れた。そして水車や運河で水の魔法と同じ方法を得て、火の魔法の力はいわずもがなだ。だから!』
根拠がないはずのに、自信に満ちた目でやつは言葉を続ける。
『十八番の雷の魔法だって、人間はいつか手にすることができるんだ! あんまり馬鹿にしていると、そのうち痛い目をみるぞ!』
図らずも、あの忌々しい勇者とやらの言葉通りになった。
人間は、封印したとはいえ雷の魔法と同じものを手にしていたのだ。
「ようやく――理解した」
「お、そいつはよかった……大丈夫か? なんか声がかすれてんぞ?」
「大丈夫だ、問題ない」
これは、いつつの禁忌とされた文書の中で、一番価値のあるものだ。
なぜなら……。
「この機関を搭載すれば、俺の魔力炉とほぼ同等の性能を得ることが出来る。しかも、一般の艦艇にも搭載可能だ」
「マジかよ……」
現状、俺の魔力炉を積んでいるのは、雷光号、紅雷号四姉妹、軌道要塞『シトラス』、揚陸戦艦『鬼斬改二』、駆逐艦『轟炎再来』、そして飛行戦艦『ステラ紅雷号』の飛行装置となる『ステラアーラ』に要塞戦艦『白狼』のみとなる。
そのほかの艦艇は、通常の蒸気機関だ。
だが、この禁忌の機関を搭載すれば、一般の艦艇も、ある程度は魔力炉を積んだ艦と同じ動きを期待できるようになる。
幸いにして、全艦隊の士気は非常に高い。
多少の訓練で、この機関への習熟を済ますことが出来るだろう。
「クリス。大船団長として要請する。最優先はウィステリアの『封歴禁書』、次にシトラスとジェネロウスの『魔王鋼』と『聖女の殉教』そして最後にフラットの『爆撃銛』と、ルーツの『玉鋼鍛法』の順で、艦隊への適用を頼む」
「要請を承りました。新機関を最優先、次に砲弾と装甲の強化、最後に水雷と白兵武器イの強化ですね。ああ、『玉鋼鍛法』は『魔王鋼』と組み合わせる方向でいいですか?」
「それで頼む」
これで、船団アリスの全艦隊が、大幅に強化されるはずだ。
「では、さっそくの手配を――って、私がやっちゃっていいんですか? なし崩し的に、総司令みたいなことをしていますけど」
立場的に、私はエミルさんたちと同じ元帥ですよ? とクリス。
確かにその通りだ。だから――。
「その件だが……クリス」
「はい」
「昇進してみないか?」
「はぁ――はい!?」
クリスの声が、綺麗にひっくり返ったのであった。




