第二二五話:輝け! 第一回鳥戦艦コンテスト!
船団シトラス――改め、船団アリス演習海域。
四方に警報を標した浮きを浮かべ、周辺を護衛艦隊の小型艦が複数哨戒するその海域は、万が一でも民間の船が紛れ込まないように、厳重に警戒態勢が敷かれている。
それもそのはずで、海域内部では毎日のように実戦さながらの訓練が行われていた。
実弾こそ撃ちあうことはないとはいえ、その艦隊機動は、みているときも参加しているときも、よく死者が出ないものだとひやひやするほどであった。
そんな演習海域であったものだから、普段から軍艦がひっきりなしに出入りしているものなのだが、今日は張り詰めた静けさに支配されていた。
なぜなら、この海域にはいま、たった一隻しか航行していなかったからだ。
「雷光号、所定の位置につきました」
指揮艦『コマンダー』の通信士席で、アリスがそう報告する。
「よし、では各種観測装置、稼働開始」
慣れない提督席で、俺はそう指示を出す。
「了解しました。観測担当の全艦、各種観測装置、稼働はじめ。繰り返します。観測担当の全艦、各種観測装置、稼働はじめ」
そう、俺とアリスはいま雷光号ではなく『コマンダー』に座乗している。
普段は雷光号の提督席に座るクリスも、今回は貴賓席で、エミルをはじめとする他の元帥達と様子をみまもっていた。
やがて、コマンダーの艦橋中央の表示板――つまり、艦橋後方にある指揮官たちの席からよくみえるようになっている。前方は、操艦に集中できるようになっている訳だ――に、各観測装置からの映像が表示される。
そのどれもが、演習海域の外から、雷光号の様子を映したものであった。
「雷光号、準備はいいか」
『お、おう! いつでもいいぜ!』
通信機越しの雷光号の声は、いつもとは違い深い緊張の色を帯びていた。
それもそのはずだ。
いま、航行形態の雷光号の後部には、青の〇〇六に対抗するための実験装置が取り付けられているからだ。
それは、長大な円筒形の推進器であった。
いつものように水を吸い込んで後方にはき出す形ではなく、強襲型のように地上での運用を考慮して設計してある。
その状態で急ごしらえの船渠に収められている訳だが、この船渠、上の方へと傾いている。
つまり、どういうことかというと。
青の〇〇六対策に、雷光号を空に飛ばそうという計画であった。
タリオン率いる北の海賊艦隊が全員空を飛ぶ場合、それは焼け石に水のようなものであったが、情報収集をした限りでは、青の〇〇六のみが、空を飛ぶことが出来るらしい。
それであれば、雷光号だけに対策を施すのは、充分であるといえた。
もちろん、雷光号以外の艦にも、大急ぎで対空兵装と呼べる装備を配備させている。
とはいえ仰角を大きく取った砲というものは機構的に脆くなってしまうという弱点と、装填の関係上連射速度が落ちてしまうという欠点を抱えており、こちらも根本的な改良を求められていた。
なお、砲弾に関してだけは以前雷光号と新型砲弾の案を出し合っていただけあって、早急に解決した。
近接信管。
通常の砲弾は敵に接触してから信管が作動し、内部の火薬が炸裂するのであるが、この近接信管は、文字通り、近接――すなわち標的に命中せずとも接近――するだけで炸裂する。
これにより、当たらなくとも弾幕を張りさえすれば、そこそこの損害を青の〇〇六に与えることが出来るという訳だ。
「雷光号、主機をふかせ。そののち、後部特設推進器を稼働。急激に圧がかかるからそのつもりでな」
『おう……やってやんよ!』
雷光号が、主機を全開にした。
『そろそろいいか、大将ぉ!』
「ああ、いいぞ。やれ」
『ポチッとな』
主機の出力を推進器に渡す機構に、釦はなかったはずだが……雷光号にとっては、それが想像しやすく、翻っては動作させやすかったのだろう。
ともあれ、特設推進器の噴射口がまばゆく輝き――。
『うおおおおおおおおおお!』
雷光号は、空へと射出された。
射出されたのはいいのだが――。
『うおおおおおおおおおン!』
十秒も経たずに、放物線を描いて海へと墜落した。
「――出力が、足りなかったか……」
「いや、それ以前によ――」
エミルが、呆れ半分といった様子で指摘する。
「あれじゃ空を飛ぶというより、ただの砲弾だろ、砲弾」
――返す言葉もなかった。
もとより、空を飛ぶという戦術的な案は俺が封印される前からさかんに議論されていたものだ。
その中のひとつには、現在メアリが風の出る帆として使っている、機動甲冑のマントがある。
ただし、あれも先ほどの実験と同じように、飛ぶというよりも跳躍に等しい。
他に出ていた案も、だいたいは同じく跳躍を強化したものか、あるいは観測のために浮遊するというものであった。
そういう意味で、自由自在に空を飛んでいた青の〇〇六には、遠く及ばないのである。
「そもそも、どうやって空を自在に飛ぶのか、その構造が分析できていないのが、痛いな……」
進行方向へは、間違いなく推進器を使っているのだろう。それはわかる。
問題は、どうやって方向転換しているか、だ。
そしてもっとも重要なのが――。
どうやって、滞空を維持しているのか。
推進器だけでは、先ほどの雷光号のようにいずれ放物線を描いて落下する。
だが、青の〇〇六は自由自在に上昇と下降を行っていた。
上昇だけであったら、話は簡単だ。
推進器を大きくすればいい。
だが――。
『んほおおおおおおおおおお!?』
推進器を大型化していく三度目の実験で、その出力に耐えきれず推進器自体が爆発し――雷光号は、海に墜落した。
これにより、最悪青の〇〇六が空を飛んで現れたら、そこに向かって超高速で突撃するという案は、廃止となった。
「想像以上に、難しいな……」
雷光号の居室で設計図を引きながら、俺はそうひとりごちた。
青の〇〇六は、鏃のようにとがった三角形をしていた。
あの形がおそらく解決の糸口であると思うのだが、いかんせん原理を掴めていない。
だから現時点でその姿をまねても、出来の悪い模造品にしかならない。
ほぼ永続的に、全方向へと推力をふりわければ……あるいは?
しかし、そんなことをすれば俺も雷光号も、魔力と体力がもたない。
もしタリオンの侵攻に間に合わなかった場合は、その案で行くしか無いが、その場合
俺も雷光号も――。
「おおおおおおおおおおお!」
『うおおおおおおおおおお!』
ずっと叫んでいなくてはならないだろう。
持続時間はおそらく、数分もてばいい方ではないだろうか。
いうまでもなく、そんなものを戦場に持ち込む訳にはいかなかった。
「むぅ……」
思わず、溜息が漏れる。
「大丈夫ですか? マリウスさん」
心配そうに声をかけてきたのは、アリスだった。
「大丈夫だ……といいたいが、空を飛ぶ原理が掴めなくてな」
「あの、それなんですけど……飛んでいるものを参考にするのは、駄目なんですか?」
「というと?」
「鳥とか――」
「それは俺も真っ先に考えたがな、あれは飛ぶことに特化した身体の構造をしているのだ」
設計図に、さらさらと鳥の絵を描く。
「見ての通り、鳥はその身体のほとんどが翼で出来ている。そしてその他の部分は可能な限り軽くなるように創られているんだ。故に、人間や魔族が腕に翼を付けて羽ばたいたとしても、空を飛ぶことは出来ない」
「なるほど……だから、雷光号ちゃんは海に落ちちゃったんですね」
「ああ」
実は、雷光号自身からも、鳥を模して空を飛ぶ案はあった。
『あのさ。強襲形態でよ、腕に羽つけてぶんぶん振ったらとべるんじゃね?』
「――やってみろ」
『おう!』
その結果、戦艦一隻分の距離を羽ばたけたのは、褒めてもいいと思う。
しかしその直後――。
『オイラ、鳥になれたーっ!』
雷光号は、海に墜落した。
「ええと、つまり羽ばたいてはいけないんですね」
「そうだな」
「じゃあ、トビウオやトンビイカみたいに飛ぶのはどうですか?」
「――なに?」
トビウオは、聞いたことがある。
なんでも鰭を広げて空を滑空することが出来るらしい。
それはいいのだが、トンビイカ……?
「イカは、空を飛ぶのか……?」
「それじゃあ、見に行きましょう」
そういって、アリスは席を立った。
「よし、準備完了です」
機動要塞『シトラス』の船渠部分。
いまは半潜水状態となり、甲板と水面がほぼ同じ高さになっている。
そんな甲板の上で、全身をぴったりと覆う革鎧に身を包んだアリスは頷いた。
傍らには、エミルから借りた水雷艇がある。
「いつのまに――」
俺も着替えを終えているのだが、驚いたことにアリスは水雷艇の操縦方法を習熟していたのであった。
「エミルさんに、教えてもらったんです。これだったら小さいから低い視点で見えますし、イカを驚かせることがありませんから」
「そ、そうか……」
ここのところの激務の合間に覚えていたのだとしたら、賛辞に値する。
「それじゃ行きますよ。しっかりつかまっていてください」
「二隻で行けばいいと思うが」
「少ない方がいいですから。それだけ、驚かせる確率も減りますし」
「なるほどな」
それに、操縦していては観測に専念できませんよ。
そうアリスに言われては、頷くしかない。
やむなく、俺はアリスに抱きつく形で、出航する。
革鎧を着ていても、その身体は柔らかかった。
「うーんと、季節柄ここら辺だと思うんですが……」
水雷艇は、南へと航行する。
船団からは、それほど離れてはいないが――。
「あ、いました。水面近くをよくみてくだい」
「あのあたりか――」
アリスの指さす方向を、凝視する。
魔法で遠見をかけ、視覚的には遠くを見ているようにすると。
「イカが……イカが空を飛んでいる……」
水面の少し上を、イカが集団で飛んでいた。
「だがあれは雷光号のように放物線を描いているだけではないのか?」
「よくみていてください。前にうねりがでてくればわかりますから」
「む……む!?」
アリスの言うとおりに、イカの飛行方向に並みのうねりが生まれたところを凝視する。
信じがたいことに、イカはうねりに併せて上昇した。
鳥のように、羽ばたきもせず、だ。
「なんだ? いまどうやった!?」
「おちついて、マリウスさん。もう一度観察すればいいんですから」
アリスのいうとおりだったので、もう一度つぶさに観察する。
イカは、頭の先頭部分の鰭と、足を広げて滑空していた。
そして前方にうねりが出現すると、鰭と足を少しだけ下の方に曲げたのだ。
「あれは……風の向きを下に向けさせた……? ――そうか!」
帆船が使う、帆と一緒だ!
あれも、風を受けて方向を調整することで任意の方向に向けて推進することが出来る。
それを下向き、すなわち本体を上向きにすれば、飛ぶことが出来るというわけだ。
おそらくは、それに見合う推力がいるが、機関が爆発するほどの出力は必要ない。
自身の重量以上のものを浮かせる必要はないとすれば――。
「アリス、すごいぞ! お手柄だ!」
俺は思わずアリスを強く抱きしめた。
もとからしがみついているため、その身体の柔らかさがより一層――。
「す、すまん!」
「いえ、いいんですよ」
どこか嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうな声で、アリスは答えた。
その表情は、前を向いているため、よくわからない。
「それでは、急いで戻りましょう」
「ああ。これなら、うまく行くはずだからな」
一刻も早く、新しい推進器――いや、飛行装置を造らねばならなかった。




