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勇者に封印された魔王なんだが、封印が解けて目覚めたら海面が上昇していて領土が小島しかなかった。これはもう海賊を狩るしか——ないのか!?  作者: 小椋正雪
第九章:新船団・誕生!

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第二二三話:「今までと同じではいかんのか?」「いかんだろ」


「ま、いろいろあったがこれで五船団統一ってわけだな」


 機動要塞『シトラス』後部艦橋、貴賓向け大会議室。

 その定例会議。

 ものすごく気楽な様子で、元船団フラット護衛艦隊司令、エミル元帥がそう呟いた。


「そうなるな……」


 僅かに呆れの調子を隠せず、俺はそう答えた。

 今回の船団統一、シトラスの参加に降ったとはいえ、その引き金を引いたのは間違いなく、エミルだ。

 ただし、元ジェネロウスのアンも、元ルーツのリョウコも同じように考えていたし、元

ウィステリアのミニス王に到っては禅譲まで考えていたことを含めると、エミルが行動起こさなくてもいずれこうなっていたのだろう。

 ただし、事態が最速で進んだのは、まちがいなくエミルの功績であった。


「で、新船団の名前はどうすんだって話になった訳だな」

「――そうだな」


 情報部門筆頭のヘレナ司書長が全力が調査したところによると、今回の統合に対するいつつの船団の民の評価は、


「びっくりするほどよいものだったわ! それにしてもクリスちゃんカワイイ!」


 とのこと。

 俺自身は特に民に好かれようという意識はなかったが、ウィステリアでは船団の懐深くに侵入した海賊を、丸腰だった護衛艦隊司令アステルを守りつつ撃退したことと、妊婦の危機を救ったことが身分の上下を問わず好感を呼び、

 ジェネロウスでは船団がふたつにわれる直前まで進行した陰謀を食い止めたこと――その犯人は今俺の配下でリバー・サウザンドを名乗っているが、これは公然の秘密である。さすがに、アンとドゥエのブロシア聖女姉妹は把握済みだが――そのものが、すさまじく好評であるらしい。

 あの事件の功績は本来マリスに与えるべきであると思うのだが、マリス曰く自身の感情を作る間は俺自身が動いていたし、なにより最後の巨大機動甲冑戦は俺がいないとどうにもならなかったのだから、当然だというのだ。

 つくづく思うが、視覚による効果というものは、本当に恐ろしい。

 そしてルーツとフラットに関しては、共通の事項がある。

 すなわち、当時の船団長後継者を無事に生還させたこと。

 リョウコもエミルも、俺がいなくても攻略できた――と言いたいところなのだが、あの機影というタリオンの配下(未確定だが、ほぼ確定とみて間違いない)は、彼女たちが全滅するまで決して手を抜かなかっただろう。

 ルーツもフラットも、一枚岩の上に非常に義理堅いため、俺に対する印象はそれぞれずば抜けて高いらしい。

 そこへ元々絶対的な人気を誇るそれぞれの筆頭が俺の下につくと発表したため、是非もなしということになったそうだ。

 そして、足下のシトラスは――。


「何度助けてもらったのか、もう数えきれませんよ」


 護衛艦隊司令官クリス・クリスタインにいわせると、そうなるらしい。

 特に船団シトラスの中枢船が、タリオンの企みにより乗っ取られかけたところを奪還したのは、非常に大きかったようだ。

 実際、視察で船団の外縁部に向かっても、多くの民はこちらに手を振ったり、笑顔を向けてくれたりしてくれる。

 それが、完全に本心からのものであると盲信するつもりはなかったが、それでも民が苦しまずにいることは心を軽くしてくれた。

 ――魔族の王、すなわち魔王である俺が、人間を恐怖で無しに統治する。

 封印される前は、決して想像できないことであった。


 さて、いつつの船団がひとつになると、民はあるものを求めるようになる。

 自分たちの新しい名前だ。

 新しいなにかになった、その名前を求めるのだ。

 つまりそれは、自分たちが何者であるかというごく自然な欲求であった。


 そのために、新しい船団の名前を考えなければならないのだが――。


「やはり、いままで通りとはいきませんか……」


 クリスが、椅子に深く腰掛けて溜息をついた。

 今回の船団統一に対して、クリス自身は特に動いていない。

 なので、実感が湧かないのだろう。

 もっとも、俺にしてもそうであるのだが。


「そりゃま、傘下に入った船団の上にいるんだ。今まで通りでいいかもしんねぇけどよ、それじゃシトラスの民に新鮮味ってもんがないだろ?」

「それはまぁ、わからないでもありませんが……」


 軍務一筋であるとはいえ、クリスに政治の才能がまったくないわけではない。

 むしろ政治畑のトライハル准将に言わせると、

 職分が分かれていることが当たり前と風潮のシトラスで、

 弱冠十二歳という若さながら、

 しかも政治によって運命を翻弄されているのにもかかわらず――、

 政治の才能があるというのは、奇跡に等しいらしい。

 もっとも俺も、クリスの生い立ちと境遇を考えると同じ結論に到った訳だが。

 なので、今回のこともだいたいは把握しているクリスである。

 おそらく、生まれ育った船団の名前が変わることに、無意識に抵抗しているのだろう。

 もしかすると、父親が命をかけて守った船団の名前が変わるのが、心のどこかでいやなのかもしれない。

 とはいえ、船団のことと自分の事情を選ぶ事態に直面したら、真っ先に船団のことを選ぶのが、クリスという少女であった。


「んじゃ、すげぇシトラスになったっつーわけで、偉大なる橘(グレート・シトラス)ってどうだ?」

「フラットの流儀をもちこまないでください! そもそもなんですか、偉大なる橘って!」


 どうも、フラット流にシトラスを訳すとそうなるらしい。

 そのまま他の船団の訳し方を聞いてみたい気持ちもあったが、いつまでたっても終わりそうにない気がしたので、やめておくことにする。


「はいはーい! では私からの提案です。今回は、ミニス王陛下もご賛同いただいたんですよっ!」


 極めて元気な様子で、アンが挙手をした。

 この聖女、いまや五船団における聖女という立場なのでもはや止めようがない。


「ずばり、船団マリウスです!」

「や め て く れ !」


 渾身の却下をくだす、俺であった。


「余も、それでいいと思うのだが」

「勘弁してください、陛下……!」


 かつて先の陛下に何度も言ったこの言葉を再び使うことになるとは思わなかった俺であった。


「ん? じゃあ船団アンドロの方がいいですか?」

「そういう意味じゃない……」

「そもそも、お前の名字ってどっちだ? アンドロって名前っぽくないし、マリウスってのも名字っぽくないし」

「どちらでもない。魔族の命名方法は独特でな――」


 人間は俺が封印される前から、名前・名字と順が大多数であったが、魔族は違う。

 元が長命なせいか、それとも名字というものにこだわりがないのか、大抵は自分の所属をもとにし、何々の誰それという命名規則をもつ。

 仮に所属するものが無い場合は名前のみだ。

 だから俺は、その生涯の大半をただのマリウスで過ごしてきたし、先の陛下に拾われてからは小姓のマリウスと呼ばれていた。


「んじゃ、アンドロってのは所属か」

「いや、その命名規則から唯一はずれた存在が、魔王だ」


 というわけで、先にアリスとクリスに話した魔王の命名規則を、再度説明する。


「なるほど、七二の階位ですか……壮大ですね」


 リョウコが、そんな感想を漏らした。


「一の階位がすげーってわけじゃないんだな?」

「ああ。一の階位はバエルというが、その階位にあやかった魔王が仮にいたとしても、七二の階位から名前をあやかった俺には、服従する義務も理由もない」

「よくわかんねぇ……」

「――七二の格好いい名前から、自分の名前に近いものを選べという話だ」

「なるほど!」


 さすがはフラット。

 自分の流儀に持ち込むと即座に理解してくれたのであった。


「それじゃあ船団アンドロマリウスでいいですか?」

「今は俺の名前だからやめてくれ――!」


 笑顔を崩さないアンが、どことなく怖い俺である。


「んもう。いつつの船団にもっとも功績を残したのはマリウスさんですよ? もっとこう、初代聖女(シンデレラ)としての誇りをもってくださいっ」

「そんな誇りはいらん……!」


 いっそのこと船団シンデレラにしてしまえばアンは間違いなく収まるだろうが、そうなるとジェネロウスの色が濃くなりすぎる。

 とはいえ俺の名前を――。


「いいじゃん。歴史に名前、残しちゃおうぜ?」

「俺が長命なのを忘れるなよ……?」


 寿命が尽きるまで、船団マリウスの名前の由来になったとか言われるのは、御免被りたかった。


「リョウコ、おまえんとこはどうだ?」

「そうですね……船団マリウスに賛成だったのですが、マリウス殿が嫌うのならば次善から選ぶのが道理というものではないかと思います」

「なげぇ。つまり?」

「雷光号から名前を取るのはどうでしょう」

「なるほど――古流に読めばライトニングだから――船団ライトニングか?」

「いや、それはやめた方がいい」


 一切の感情抜きで、俺は反対した。


「ほとんど零に等しいとはいえ、雷光号が沈む可能性が無いわけじゃない。戦うことを定められた軍艦から、船団の名前を付けるのはやめた方がいいだろう」


 仮に俺やニーゴやアリスやクリス、つまり乗員が全員脱出できたとしても、雷光号が沈むことによって船団に与える衝撃かはかなり大きなものとなる。

 それは、避けた方が良かった。


「ふぅむ……それでいいか、ニーゴ?」

『ああ。オイラ元々海賊側だしな。その名前付けたら縁起悪いだろ?』


 通信機越しに、そう答えるニーゴであった。


「んじゃ? 次の功労者にずらしていって――船団クリスか?」

「ちょっ!?」

「もしくは船団クリスタイン」

「まってください!?」


 律儀にひとつひとつに突っ込むクリスであった。


「わりと……言葉の響きは悪くないですわね、船団クリスタイン」

「やめてくださいよアステルさん!?」


 久しぶりに、声をひっくり返すクリスである。

 やはり俺と同じく、自分の名字や名前が船団に使われることは居心地が悪いらしい。


「なんだよ。オレやリョウコは自分とこの名字が船団名だったぞ」

「ずっと昔からそうだったならいいんですよ。でも、その初代になるのは、まっぴら御免です!」


 かつてのエミルやリョウコの先祖は、船団を作るときどのような感想を漏らしたのか……少し興味のある俺である。


「んじゃ、次に功績のある――船団アリス?」

「いいですよ」

「やっぱ嫌だよな――は?」


 エミルが固まった。


「アリス!?」

「アリスさん!?」


 俺とクリスが、腰を上げかける。


「せ、船団ユーグレミアにすっか?」

「いえ、実を言えば名字にはあまり愛着がないので……故郷が壊滅した後に知らされたんですよね、お前の名字はユーグレミアだって」


 アリス以外、全員の顔が沈痛に覆われた。

 わかってはいたが、アリスの前半生は、あまりにも重い。


「それに、わたしの名前の由来、アリスってどういう意味かまったくわからないんです」

「え――?」

「姉さん、しっ――!」


 アンが不思議な声を漏らし、ドゥエが即座に黙らせる。

 なんだ? アンはアリスの名前の由来を知っている?


「――ですから、名前の由来を逆に作っちゃうの、ありかなって。そう思っちゃったんです。だめ……でしょうか?」

「いや、だめでは……ないが……」

「あ、でも戦死しちゃったら雷光号ちゃんと同じ理由で士気に関わりますよね」

「いや、それは――」


 逆に、上がる。

 上がってしまう。

 祖国のために命を賭した英雄として、祭り上げられてしまうのだ。

 アリスの場合は、その年齢と容姿から、下手をすると新たな聖女になりかねない。


「い、いいんですか、アリスさん。船団アリスで」

「はい。わたしの名前が使われるのなら、光栄です。それに――」


 にっこりと笑ってアリスは続ける。


「わたしに帰る船団が出来た上に、それが自分の名前になったら……もっと愛着が増える気がしますから」

「……ユーグレミア(きょう)


 そこで、ミニス王がアリスに問うた。

 会議中の気さくな調子ではない。

 王としての厳かな声になっている。


(けい)は、自分の名前を船団に捧げようとしているのだ。それでよいのだな?」

「――はい。陛下」


 返事をするアリスもまた、いつもの柔らかな調子ではなく、俺の秘書官としての冷ややかなまでに凜とした口調であった。


「おそらく、民は卿を持ち上げるだろう。下手をすれば、聖女アンと同じように崇められるかもしれん。それでよいのか」

「はい。それで船団の民が喜ぶのでしたら」


 涼しげな様子で、アリスはそう答える。


「アリスさん、本当によろしいのですね……?」


 今度はアンが聖女としてアリスに問うていた。


「一度その責務を投げだそうとしていた私を思い出してください。民の期待、貴方が思っている以上に重いものですよ……?」

「仰ることは、重々に。聖女猊下」


 ジェネロウスで憶えた聖女への礼を捧げて、アリスはそう応える。


「ですが、(わたくし)にとってそれは、己の生きた証を刻みつける、とても重要なものです。何度も無くしそうに、捨てられそうになったそれを船団の名前として、永らえさせる――それに勝る喜びはありません」

「そうですか……では、こちらからはなにもいいうことはありません。ミニス王陛下?」

「うむ――余はそれでよい。大船団長マリウス大公。公はいかに?」

「アリスが、そこまでいうのなら――」


 俺に、反対する理由はない。


「なんてこと。まるで貴族そのものですわ……」


 アステルが、感嘆の声を漏らす。


「ああ……すげぇよな。覚悟ガンギマリだろあれ」


 エミルが、少し引くくらい驚いていた。


「――私、少し感動してしまいました。武に身を捧げる者はかくあるべし……ですっ」


 少しだけ涙声の、リョウコであった。


「アリスさんっ……」


 そしてクリスは、ほとんど泣いていた。

 だがすぐに涙を拭うと、


「言い出しっぺのエミルさん、決議を!」

「あ、ああ。それでは、新しい名前は、船団アリスで――」

「承認する」


 と、ミニス王。


「承認いたします」


 続いて、聖女アン。


「承認しよう」


 最後に、俺。


「異議のある者はいるか? いるのなら今のうちに発言しろ――いねぇな……」


 命令書に自分の名前を書き、それをそれぞれに回しながら――最終的に、聖女アン、ミニス王、そして俺の署名へとまわってくる――エミルは深く息を吸う。


「新船団名は、船団アリスで決定だ」


 アリスが小さく一礼した。

 全員の署名が終わった命令書を受け取り、伝令が走りだす。

 きっと後数分後に、トライハル准将が悲鳴を上げるだろう。

 これから、新船団として一気に物事が動くからだ。

 それにしても――。


「マリウス、さん?」


 いつのまにか俺の背後に回った聖女アンが、小さな声で俺に囁く。


「後で少し、お話が」


 聖女アンは、アリスの名前の由来を知っている。

 それは、俺も把握しておきたい情報であった。

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