第二一九話:魔王ですが、王を王にしたことに応じて責任を負う!
「マリウス公」
たっぷり数秒間を置いてから、ミニス王は俺に問うた。
「それはつまり、なにか? 余に五船団の王になれと……?」
「はい。仰せの通りです、陛下」
俺は頭を深く垂れて肯定した。
「昔に戻れというのだな」
「はい」
「貴公はどうする。まさか逃げる訳ではあるまい」
「もちろんです。陛下。与えられたお役目は、果たしましょう」
逃げて魔族の生き残りを探す。
それもいい。
だが、その前にタリオンと決着を付ける必要がある。
というよりも、そうすることで魔族に関する情報は飛躍的に増えるだろう。
そういう意味でも、いまここで課せられたものに立ち向かう覚悟は、できていた。
たとえそれが、タリオンのはかりごとだとしても――だ。
「では、ウィステリアの貴族たちはどうする。そのまま統一した船団に取り込むのか?」
「いいえ。そうするとどうしても貴族という階級社会が新しい体制と齟齬を生みましょう。ですから、そうならぬように貴族と陛下専用の組織を設けます」
「ほう、それは?」
「王府です」
その手があったかといわんばかりに、アステルが目を見開いた。
「その王府というものは、統一した船団でなにをする?」
「陛下の御公務の一切を取り仕切りってもらいます。もちろん、予定や予算は、政府――政治部と連携していただきますが」
要は、王としての権威と、実際の政治機能を切り離すということだ。
政治の実態は俺達によって執り行い、その権威を、ミニス王が保証する。
そういう構図になる。
「ふむ……『君臨すれども統治せず』――か。旧来の貴族達であれば、喜ぶであろうな。だが、マリウス公。そこにいる小ステラローズにも同じことをさせる気であるか? 彼女には、もっと向いている仕事があるように思えるのだが」
「仰るとおりです。陛下。ステラローズ公女殿下には、高速戦艦隊を率いてこそ華があるというもの」
褒められはしたが、場が場なので居心地が悪いらしい。
アステルが、ついと視線をそらした。
しかしそれでも、アステルの指揮能力は、統一した船団における防衛の一角を担うのに必要なものだ。
だから、王府といういわば安全と名誉を保証する、象牙の塔に閉じ込めておく訳にはいかない。
「ですので、兼任と致します」
「ほう?」
ミニス王の眉が、面白そうに上がる。
「アステル公女殿下には、平時には王府に出仕し、戦時には艦隊指揮官として赴任していただきたいのです。もちろん、それは多忙を極めるでしょうが――」
「小ステラローズ?」
「私に異存はございません。忠勤に励みます、陛下」
「うむ。任せたぞ。……だがな、マリウス公。それではいざというとき、人が足りなくなるのではないか?」
「仰るとおりです、陛下」
魔王であったからわかるのだが、王の国事行為というものは、なにをしても多くの配下を動かさなくてはならない。
そしてそれは、たとえ戦時であっても――いや、戦時であるこそ――行わなくてはならないときがあるのだ。
「なので、ウィステリアの外から足しましょう」
「なに――?」
■ ■ ■
「それでオレたち全員が貴族サマってか?」
機動要塞『シトラス』の元帥会議室で、エミルは驚き半分、呆れ半分といった様子であった。
「いいのかよ。そんなホイホイ叙勲して」
「よくはありませんわ。よくはありませんが――」
同行していたアステルが、すこし頬を膨らませながらも、続ける。
「船団ウィステリアにとって、最上に近い形が決着がつきました。マリウス管理官には、感謝してもしきれません」
最悪、禅譲が実現してしまった場合、船団ウィステリアは物理的にも精神的にも壊滅していただろう。
それが回避できたことが、アステルとってはなによりも嬉しかったらしい。
「それに比べれば、新たな貴族の誕生など些細なことでありましょう。元々、ウィステリア外の高官は貴族扱いしておりましたし」
「とはいえ、今度こそ~公ってのがつくんだろ」
「そうだ。領土の名前はとりあえず元の船団名とするが、エミルとリョウコは家名と被るから少し待ってくれ」
そう、元帥相当のものは、公爵に叙勲されることが、既に内定している。
つまり、ドゥエはジェネロウス公ドゥエ、クリスはシトラス公クリスとなる。
なお、聖堂聖女アンは既に『猊下』の尊称をもつ聖女なので、今回の叙勲には該当しない。
対外的には、聖女と王は同じ位となるからだ。
「出来るだけかっちょいいやつを頼むぜ、アステル!」
「あの、私はその――強そうなものをお願い致します! アステルさん」
「私ではなく、決めるのは陛下です!」
エミルはともかく、リョウコまでもがそんな依頼をするとはおもわなかったのか、アステルの声がひっくり返る。
「それよりもマリウス管理官――いえ、マリウス大公! 大公や公爵ばかりが増えては、貴族社会全体の均衡が崩れます。ちゃんと侯爵以下に叙勲する者の目星はついておりますのよね……?」
「ああ、もちろんだ」
さしあたっては、今回の王府設立を立案した、ミュウ・トライハル大佐を叙勲せねばなるまい。
もちろん、昇進も兼ねて――だ。
□ □ □
「くしゅん!」
「――いかがなさいました。トライハル大佐」
「いえ、なんかちょっと悪寒が……」
「それはいけません。本日はもうお休みになられた方がいいのでは?」
「いえ、今日中に五船団を統合した内政組織の基本組織図を完成させたいので続けましょう――それにしてもいまのは……うぅ、嫌な予感がします……!」




