第二〇五話:轟・炎・再・来!
紅雷号四姉妹とそれぞれの船団との連携のお披露目を兼ねた演習は、紅雷号四姉妹側の全勝で無事に終わった。
決して手を抜いた訳ではないが、俺からみれば全敗という結果になる訳だからなにかしら対策を練っておこうと思わないわけではない。
するとアリスから、
「マリウスさんって、意外と負けず嫌いですもんね!」
とか言われてしまった。
封印される前は魔王将兵六万余騎の誰からもそのような意見は出なかったので、少々新鮮ではある。
それはさておき、これで他の四船団の司令官達――ウィステリアのアステル、ジェネロウスのドゥエ、ルーツのリョウコ、そしてフラットのエミル――がシトラスに留まる理由はなくなり、翌朝それぞれの船団に帰投することとなった。
その夜、スカーレットたち紅雷号四姉妹は共に過ごしたようだ。
今後、全員が揃うのはタリオンが率いる北の海賊船団とのなるため、そういったことは必要だろうと、ここから思う。
かくして、四船団は紅雷号四姉妹と共に帰途につき、俺は船団の政務へ――
「すっかり忘れていたんだけどよ」
戻れなかった。
エミルのフラットと随伴する蒼雷号のみ、船団シトラスに留まったのだ。
その理由は――。
「水雷艇、そっちもちで造ってくんね?」
なるほど。
たしかに過日の船団シトラス奪還戦において、エミルが操縦する水雷艇『轟炎』は激戦の最中に喪われていた。
幸いエミル本人は無傷であったのだが、船団フラット的には精神面において大打撃であっただろう。
「――トライハル少佐?」
「妥当です。既に先の戦役で修理中の艦は軒並み修復しましたが、エミル総代大佐の単座水雷艇はまだ未着手でした」
船団の慣例と違えてはいけないためトライハル少佐に確認したが、どうやら俺の感覚は間違っていなかったらしい。
となると……。
「なにか希望はあるか?」
ルーツの『鬼斬改二』は元々戦艦『鬼斬』を改造したものであるし、クリスの『バスターⅡ』は元々運用が定まっていたものであったため、共に要望というものを細かく聞くことは出来なかった。
だが、今回は完全な新造となる。
とくにエミル本人のみで使うことになるわけだから、使用者の要望は良く聞くべきだろう。
「希望か――それならひとつあるんだが、いいか?」
「ああ」
「雷光号や、うちのサファイアと合体できるようにしてくれ」
「――なんて?」
「合体だよ、合体!」
『鬼斬改二』も『バスターⅡ』も、合体機構はあるにはあるが、あくまで本来の運用のついでにつけたものだ。
まさかそれを、主用途として要望されるとは思わなかった。
いや、それ以上に――。
「合体といっても、水雷艇大のものでは、たいして機能向上は見込めないが……」
「――いわれてみりゃ、そらそうだ!」
大きさとしては、雷光号や蒼雷号の前腕部分とほぼ変わらないだろう。
もう少し多ければ追加の武装として――。
……追加の武装?
「船体が少々大型化してもいいのなら建造するが、どうする?」
「大型化……? そうだな……」
俺の提案に、エミルは悩んでいた。
水雷艇は、機動力が要だ。
そしてそれは、船体の大きさに左右される。
どんなに高出力の機関を積んで高速化しても、基本的に大型艦は小型艦よりも小回りは効かないのだ。
希に、アステルやスカーレットのようにその差を腕で縮める者がいるが……。
「わかった、任せるぜ」
しかし、エミルは大型化を選択した。
「機動力の低下は、俺の腕を上げてどうにかしてやんよ!」
どうやら、エミルもアステルやスカーレットと同じ道を選ぶつもりであるらしい。
ふ。
ふは。
ふはは。
ふはははは!
ふははははは!
ハハハハハハハ!
ハーハッハッハッハァ!
封印されていた期間がどれほどかはしらんが、技術力の差などすぐに埋めてくれるわぁ!(←負けず嫌い)
「これは――」
機動要塞『シトラス』内船渠に鎮座するそれを艦橋から見下ろして、エミルは息を呑んでいた。
そのすぐ隣では、心配そうな顔のサファイアが同じようにそれを見下ろしている。
「普通の水雷艇と、変わらねぇみてぇだが……」
「操縦装置は同一の者が良かろうと思ってな、こうなった」
「つまり……どういうこった?」
「こういうことだ」
俺は艦橋から遠隔操作で可動梁を動かし、水雷艇の隣に鎮座していたそれの覆いを取り除く。
「こちらは……」
現れた細身の船体をみて、サファイアが呟く。
「駆逐艦――でしょうか」
「その通りだ。良く気付いたな」
水雷艇をひとまわり大きくした艦種に、駆逐艦というものがある。
もとは水雷艇を文字通り駆逐するための艦で、小口径の主砲を多数搭載し、艦隊を護衛するものであるらしい。
だが、この艦は違う。
小口径の主砲は前部と後部に一基ずつと自己防衛程度にしかない。代わりにあるのが――。
「艦首に四門の砲口が空いているが――あれ、銛か」
「そうだ。そちらで使っている水雷艇と同じ規格のものを採用し、なおかつ自動装填装置を装備している」
「装弾数は?」
「それぞれに五発。ゆえに計二〇発だな」
「こっちが一門に三発が限度だから、十分だな。それより――」
駆逐艦全体を見渡して、エミルが言葉を続ける。
「艦橋はどこだ? こんだけ小さけりゃ、オレのと同じく露天式だろ?」
「ここだ」
そういって、俺は先の水雷艇を指さす。
そして同時に可動梁を再度動かすと、水雷艇を持ち上げて、駆逐艦の前部砲塔の後に修めたのであった。
「……なるほど、操縦が一緒ってのはそういうことか」
エミルが納得したように頷く。
「そうだ。そしてこれは脱出装置も兼ねている。もっとも艦橋部分に直撃してしまえばおしまいだが……」
「そりゃ運ってやつだ。どうにもならねぇよ。それよりコイツ、乗ってみてもいいのか?」
「その前に、艦名をつけてやってくれ」
「お? オレがつけていいのか?」
「船団フラットの所属になる艦だ。エミルが付けた方がいいだろう」
「ありがとよ。それじゃ……」
駆逐艦をみつめたまま、エミルがおとがいに手を当てる。
ややあって――。
「決めた」
「登録しよう。艦名は?」
「――『轟炎再来』だ」
「……なんて?」
「『轟炎再来』だ! それより動かしてみていいか? なぁ?」
乗りたくてたまらないとばかりに、エミルが足踏みをする。
「ああ、ここから昇降用の可動梁が出ている。それに乗って船渠まで降りるといい」
「ありがとよ!」
例を言い終わる前に、エミルは既に駆けだしていた。
俺はその場にいたアリス、クリス、そしてトライハル少佐と苦笑する。
もっとも、その気持ちは、わからないでもない。
「うーん……」
「どうした? サファイア」
駆逐艦『轟炎再来』をなおも眺めながら、微妙な声を上げているサファイアに、俺は声を掛ける。
「いえ、その……船体の大きさのわりに、機関が高出力過ぎるような気がして」
「ほう?」
「おそらく、船体の中に何かが内蔵されていると思うんです。ありあまる出力をなにかに使う仕掛けがあるんじゃないかと……」
「良く気がついたな、その通りだ」
エミルは完全に忘れていたようだが、もとの要求は雷光号達との合体機構だ。
そしてもちろん、俺はその仕様要求を忘れたりはしない。
『こちらエミル! 『轟炎再来』出るぞ!』
「こちら艦橋、船渠解放します。『轟炎再来』出港どうぞ!」
気を利かせたアリスが、俺の代わりに出港手続きを踏み、『轟炎再来』は船渠台を滑り出て――小型の艦だと、進水を経ずに発進することが出来るのだ――そのまま海へと躍り出ていった。
「お父様は、どのような機構をあの艦に内蔵したのですか?」
『轟炎再来』を見送りながら、サファイアが興味深げに訊く。
「そうだな……それをみせるためには、特別な標的艦を造らねば――」
俺の言葉は、ここで途切れざるをえなかった。
なぜなら、通信機に急を知らせる警報音が鳴り響いたからだ。
『こちら『暁の淑女号』! マリウス、聞こえる!?』
「こちら機動要塞『シトラス』。メアリ、なにがあった?」
船団外部、それも北方を哨戒しているメアリ麾下の『暁の淑女号』から緊急通信となると、その理由もう、ひとつしかない。
『北から海賊が一隻、急速に接近中! なんかでっかい大砲担いでる!』
「付近の艦と共に、ただちにソレから距離をとれ! 雷光号、蒼雷号、緊急出航準備!」
機動要塞『シトラス』の艦橋が、にわかに慌ただしくなる。
ついに、北の船団――タリオンの海賊船団が、動き出したようであった。
「ちなみに操縦席になる水雷艇の名前は『核炎』で頼むわ」
「なんか怒られそうな名前だな、それ……」




