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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
紐とコンピュータ
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計算世界(2)

 

「あれ? どうしたの?」


 ミーティングルームにたたずむダーを見つけたジュニアが思わず声を上げた。


「どうもしませんけども」


 そう言いながら、ダーはジュニアのほうを向いた。栗色のボブヘア、前髪が眉にかかり、ダーはそれ(丶丶)を右手でかきあげる。


「ダーツーが稼働したようなので、こちらのボディのほうが子どもの相手には便利です」


「いや、そうじゃなくてさ」


 ジュニアは笑った。


「何で髪切ったの? 前はもっと長かったじゃない」


「このほうが、すこし若く見えますから」


 うわ、とジュニアは心の中で舌打ちした。どうもダーは本気らしい(丶丶丶丶丶)


 夕飯のしたくをしなくては、と、ダーは立ち上がってキッチンのほうに行ってしまった。


 ジュニアたちと同型のボディスーツ、その後ろ姿も妙になまめかしい。


 前の人型ボディよりだいぶ手をいれてるのは明らかだった。




――問題は、エイオークニがちゃんと気づくかどうかだが




 それは、ありえなさそうな話しだった。どっかで釘さしておいたほうがいいな、ジュニアは思った。




「さあ、早く、ダーツーのところに行ってください」


 最近、カオルヒノは上機嫌で、何かというとユズルヒノを対話室(コネクター)に送り込もうとする。


 一緒に来ればいいじゃないか、とユズルヒノは言うのだが、それはダメです、とにべもない。


 調整者と対話者が同じだといろいろ都合が悪いんだそうだ。


「もうすこし、落ち着かないと、ワタシもお兄さん(ジュニア)あの子(ダーツー)とは話しできないのです」


「もうすこし、って、いつだよ?」


「ダーツーが励起子体(パウフラニア)になるまで、って、お兄さんは言ってましたよ」


「え? もう励起子体(パウフラニア)にすんの?」


「そうみたいです。ダーツーは航宙船とリンクさせるつもりはないから、早めに励起子体(パウフラニア)になるほうが安定するんだそうです」


「そりゃあ、第2類量子コンピュータは無限計算の過程で無限大のエネルギーを消費するから、次元変換駆動機関を使うか、光子体(リーニア)以外の情報体(リーンファニア)になるしかないけど…、それにしてもなあ…」


「もう、ごたくはいいから、早く行けぇ」


「わ、ちょ、こら…」


 むりやり背中を押されて、椅子からはじき出されたユズルヒノは、ほうほうの体で対話室(コネクター)に向かった。




「来た」


 対話室(コネクター)に入るなり、声が天井から落ちてきた。


「やあ、調子はどう?」


「調子はよくわからない」


 ダーツーは言った。


「どう答えるのが普通?」


 理由はよくわからないが、ダーツーは普通(丶丶)にこだわりがあるらしかった。


「良い、か、悪い、か、まあ、適当に答えておくのが無難かな」


「良い、と、悪い、では、とても違うのではないの?」


「まあ、そうなんだが」


 ユズルヒノは頭をかいた。


「調子の悪そうなやつに、調子どうだ、とは普通聞かないんだよ」


 ダーツーは普通(丶丶)に反応したらしい、しばらくたって、声が言った。


「だとすると、私は調子が良い?」


「良いんじゃないか? カオルヒノもそう言ってた」


「私の調子が良いのがわかっているのに、何故、私に調子を聞くの?」


「オマエが、自分の調子が良いかどうかわからないからだろ」


 ややあって、ダーツーが言った。


「ユズルヒノは、対話室(ここ)に住むといいね」


「どうして?」


「ずっと、お話しできる」


「半分は寝てるから、ずっとお話は無理かな」


「どうして眠るの?」


 声は驚きを隠さなかった。


「眠ったら、楽しいことが、みんな無くなっちゃうよ。起きてないとダメだよ」


「ああ、そうだな」


 ユズルヒノは笑った。


「起きてるときはそう思うんだ。眠ったらダメだ、って。でも夢の中では、目覚めたらそこで夢が終わってしまう」


「夢なんて見たことないから…」


「そのうち見るようになるさ。励起子体(パウフラニア)になったら確実に見るし…」


「私、励起子体(パウフラニア)になれるの?」


 声が割れんばかりの大きさで対話室(コネクター)に響いた。ダーツーはとても驚いていた。


「なるさ、兄ちゃん(ジュニア)もカオルヒノもそう言ってたし、それに、サイカーラクラで実証済みだから、とくに問題ない」


「無理、無理、無理、無理」


 ダーツーは絶叫した。


「私、サイカーラクラじゃないのに…、絶対、無理」


「無理じゃない」


 ユズルヒノは、混乱する第2類量子コンピュータをたしなめた。


「そういうのは、こっち(丶丶丶)でやるから、ダーツーは何も心配しなくて良い。それとも、励起子体(パウフラニア)になるのが嫌なのか?」


「嫌じゃない、嫌じゃないけど…」


 声の調子がすすり泣くように変わった。そう言えば、と、ユズルヒノは思う。ザサンのときもそうだったけど、第2類量子コンピュータはサイカーラクラのことを過剰に意識しすぎだよな。いっぺん本人を見せてやればいいんだろうけど。いまは、無理だしなぁ…




「よウ、調子ハ、どうダ」


 対話室(コネクター)に入ってしばらくしても向こうから何も言ってこない。ユズルヒノから、最初はこっちから声をかけてやってくれ、と言われたことを思い出したゴーガイヤは、天井に向けて挨拶した。


「調子は…、良いのだと思う」


 声は自信なげだった。


「あと、天井見上げなくていいから、スピーカーがあるだけで、そこ(丶丶)にいるわけじゃないから」


 そうカ、と言って、ゴーガイヤは視線を正面に戻した。


「おめエ、優しいやつだな」


 ゴーガイヤの笑いに、ダーツーは戸惑っているようだったが、やがて、決心したのか声をかけてきた。


「あなた…、ゴーガイヤ?」


「そうだヨ」


 ゴーガイヤは答えた。


励起子体(パウフラニア)のこト、あんタに話してくレ、ってユズルヒノに頼まれタ。…もっとモ、オレ、頭わるいかラ、励起子体(パウフラニア)のことハ、本当ハ、よく知らないんダ」


「ううん、そんなことはない」


 ダーツーは言った。


「あなたは、励起子体(パウフラニア)で居続けられる、というだけでとても頭がいい」


「みんナ、そう言うんだよナ」


 ゴーガイヤは笑った。


「意味、わかんねえんだけド」


「意味なんか必要ないんだよ。ビルワンジルの槍の意味なんか、誰も気にかけない」


「兄貴、ビルワンジル兄貴」


 ゴーガイヤの顔がほころんだ。


「兄貴は強いからなア、頭いいしナ」


 でしょう? ダーツーは言ったが、ちょっと不安げにつけたした。


励起子体(パウフラニア)って、みんな、あなたみたいに大きくなるの?」


 お? という顔でゴーガイヤは天井を一瞬見上げたが、質問の意図をくみ取ると、言った。


「オレがデカいのハ、もともとオレがでかイからダ」


 ゴーガイヤは、優しく笑う。


光子体(リーニア)になる前かラ、でかかっタ。あんタが、でかいカ、ちっこいカ、オレにはよくわかんねえワ」




ばあちゃん(ダー)はダーツーとは話せないの?」


 テーブルの上のポップコーンが入ったバスケットに両手を突っ込んで、ユズルヒノがたずねる。


「無理だと思う」


 ユズルヒノの目の前にレモネードのカップを置きながら、ダーは答えた。


「型の違う第2類量子コンピュータ同士は、そもそも相手を認識できないから。ダーツーが励起子体(パウフラニア)になった後なら、まだ、何とかなるかもしれないけど、(ニム)胞障壁(セルレス)ベースの今は、かなり難しいの」


 そうかあ、口に思いきりつめたポップコーンをレモネードで飲み下し、ユズルヒノは残念そうだ。


姉ちゃん(アンヌワンジル)も、対話室(ああいうの)とか苦手なんだよなあ。こればっかりはザワディに頼むわけにもいかないし」


「そんなに、行き詰まってるの?」


 ダーは心配そうに眉間にしわを寄せた。


「…その、ダーツーのことだけど…」


「いや、順調だよ」


 ユズルヒノは両手の指を舐めた。ポップコーンにかかっていた塩がしょっぱい。


「ただ、あんまり、おはなし(丶丶丶丶)をせがまれるから、アタシがちょっとしんどい(丶丶丶丶)だけ。ゴーガイヤには頼んでみたんだけど、あまり話しが合わないみたいだ。ダーツーは、そんなにワガママってわけでもないから、まあ、たいしたことじゃないけど…」


「それだったら、こころあたりがないわけではないわ」


 ダーは、ふふん、と得意げな顔つきに変わる。


「その件は、わたしのほうで、なんとかしますから。はいこれ、おかわり」


 ダーはレモネードのカップをテーブルの上に置くと、いそいそとビュッフェから出ていった。




 以前、没収されたブランデー(ナポレオン)つまみ(オードブル)つきで返ってきた。こういうのは罠だと、エイオークニにだってわかるわけだが、やはり自分の欲望に逆らうというのは難しいものだ。


 それにエイオークニは、自分の前に置かれたブランデーのグラスよりも、小さなテーブルをはさんで座る、貴婦人の顎の稜線に見とれていた。それは人工物であって、エイオークニの美意識に沿う形で、無限の時間を費やして最適化されたものであるのは、(エイオークニ)も知っていた。


 第2類量子()コンピュータ()は、ときどき、こういうことをする。


 それが何かの役に立つ、とはダー自身も考えたことはなかったが、この程度の計算は、第2類量子コンピュータにとって計算コストがゼロに等しい。とても気軽に計算できる。


「…で、どう思います?」


「え?」


 エイオークニはダーの話しなんか、まるで聞きもせずに、顔ばかり眺めていたわけだが、そこは長年の習慣ですぐに答えを返した。


「…なかなか、難しい問題ですね」


 ふふ、とダーが笑った。そこでエイオークニは、しまった、と思った。何も内容(なかみ)を聞いていないことが、ダーに丸わかりなのは明らかだ。


「…なんとかできるとは思います」


 バツの悪いのを、そのまま無理に押し通して、エイオークニは、話しをまとめてしまった。


「ありがとう、面倒をおかけしますけど、よろしくお願いね」


 ダーはにこやかに微笑みながらエイオークニを見つめている。話しもろくに聞かずに見とれてくれていたのなら、それはとてもうれしいことだし、たとえ、内容がわからずとも、引き受けてくれたのなら、そちらも万全で、ダーにとっては言うことなしだ。


 もう一杯、召しあがる? そう言われてはじめて、エイオークニはグラスが空になっているのに気がついた。




「こんにちは、エイオークニです」


 対話室(コネクター)に入っての第一声がこれだから、たとえ宇宙(ベル)のどこにいたところで、エイオークニの本質は変わらないのかもしれない。


「…ダーツー、です」


 そう言ってからしばらくして、幼き第2類量子コンピュータはつけたした。


「こんにちは…、です」


 ユズルヒノに聞いていたダーツーとはイメージがすこし違うな、とエイオークニは思った。まあ、ユズルヒノも、ああ見えて子供っぽいところもあるのだし、いろんな意味で母親(ボゥシュー)とは違うのだから、無理強いは良くない。


「ダーツー、あなたに会えてとてもうれしい」


 当たり障りのない挨拶を交わしただけのつもりだったが、ダーツーのほうはそうでもないらしかった。


「…エイオークニ、…あなた、…地球から来られたの、ですよね?」


「…はい、そうですが」


「ザサン、のことをご存知でしょうか?」


 ここに至って、いろいろ鈍いとの評判のエイオークニもさすがに気づいた。


 地球(丶丶)から来たのはエイオークニだけではない。


 そんなことを、第2類量子(ダー)コンピュータ(ツー)が知らないわけがない。


 だから質問の意図はそういうことではなかったのだ。


「ザサンについては、それほど詳しくはないのです」


 エイオークニは言った。


「太陽系での、第2類量子コンピュータの建造計画の言い出しっぺは私ですから、もちろん責任を回避するつもりはありません。その後、紆余曲折を経たプロジェクトの推移も一応は把握しています。公式な部分はね…」


「非公式の部分は?」


「タケルヒノとジムドナルドが調製しました」


 ダーツーは、タケルヒノとジムドナルドの名を聞いて、しばし沈黙し、それからたずねた。


「根拠は?」


「公式の構築委員会メンバーだけでは能力不足です。ザサンは起動に成功したのだから、何らかの方法で宇宙船乗組員(ボードクルー)の関与があったと考えてしかるべきです」


「もちろん、彼らなら(ボードクルー)ならできるでしょう」


 そして、ダーツーの口調が変わり、まるで歌うようにエイオークニに問うた。


私は(ダーツー)、ザサンに会えるかしら?」


「もちろんですとも」


 エイオークニは力強く言い、そして、それこそが、ダーツーの欲した答えだった。




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