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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
紐とコンピュータ
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二重惑星(9)


「あの者、信用できるのか?」


 領主の言い分はもっともだった。あの男は信用ならぬ、とは、この座に居合わせた者、皆がそう思っていた。だが、この謀議の間で、信用できる者(丶丶丶丶丶丶)がひとりでもいるのか? と問うたなら、答えられる者は誰もいまい。


 謀略などというものは、とりあえず、己のことを棚にあげねば進められるはずもない。


――まずいな


 旅団長は平然をよそおって席についてはいたものの、心中穏やかではない。王の軍勢に街道を封鎖されて身動きが取れないのだ。しばらく日和見を決め込むつもりが、王の出足が速く、この辺境に囲まれてしまった。


 いまなら、素知らぬ顔で、王の軍勢にすり寄ることもできなくはないが、そんなことをしたら、このぼんくら領主、捕らえられた後で、あることないこと王に告げ口するに決まっている。


――口封じもかねて、こいつの首を土産にするのも一手だが


「候よ。どう思う?」


 いきなり話しをふってきた領主に、旅団長は作り笑いを返した。


「まあ、あの男も連れの異形も、この陣より遠く離れておりますし、たとえ裏切ったところで、さほどのこともありますまい」


「しかし、王妃が懐柔できれば、王はこの地より去るではないか」


 この馬鹿、そんなことを考えていたのか、旅団長は呆れかえった。自分で噂を流して王を誘い込んだものを、手に余るから、こんどは帰ってくれないか、とか無策にもほどがある。


「星の武器は、どうされました?」


 もともと旅団長は王にさほどの不満があったわけではない。星の武器の話しを聞いて、拝めるなら拝んでおくか、ぐらいの気持ちで領主の陣に寄ったのだ。


「星の武器さえあれば、王の軍などものの数ではない、そういう話しだったはずだが?」


「なんと、光の殿を疑うか」


 金切り声をあげたのは、頭に鳥の羽根をのせた神官長だった。…こいつ、旅団長は作り笑いを通り越した侮蔑を口の端にのせた。


「露ほども疑ったことなどありませんが…」


 信じたこともないがな、旅団長はうそぶく。神官長をひと睨みし、領主に顔をむけた。


「光の殿方はともかく、星の武器は、一度も見せていただいたことがありませんのでな」


「侯よ、それはまだ無理なのだ」


 領主が苦々しげに顔を歪める。


「いまは持ちこたえねばならぬ。光の殿方が空の箱舟で降りるまで…、天楼が中天にかかるそのときまで…」


「ご領主」


 神官長に叱責され、あわてて領主はとりつくろった。


「…とにかく、星の武器は必ず手に入るのだ。それは確実だ。諸侯もそれについては、まったく心配することはない」


 しんと静まり返った部屋の中、領主の薄っぺらな声だけが響く。


――こいつは儲けもんだな


 旅団長はにんまりと笑みを浮かべながら、それを隠すために、たくわえた髭を撫ぜた。本当に空の箱舟が降りるかどうかなどどうでもいい。問題は、ここにいる奴らがそれを信じている、ということだ。王への土産が意外なところで手に入った。あとは穏便にこの場を抜け出すだけだな、と旅団長は思った。そしてそれは、そんなに難しいことではない。




「では、星の武器がもたらされるのは、明日の深夜だということか」


 眼前に跪く旅団長に、ペシャグラントは繰り返し尋ねた。


「御意」


 旅団長は重ねて進言した。


「さすれば、奴らが星の武器を手にする前に、今こそ進軍なさって平らげるべきかと」


「なるほど、その通りだ」


 ペシャグラントが立ち上がる。まわりを見渡し、まさに号令を発せんとしたそのとき…


「ご注進、ご注進」


 大声をあげて駆けこんできた兵士がいる。


 何事、と、どよめく陣内に、息を切らしながら、兵士が叫ぶ。


「お味方、援軍です。大援軍が…」


「援軍だと?」


 驚いたペシャグラントは伝令の兵士を叱咤した。


「そんなもの呼んだ覚えはない。敵の策であろうが」


「いいえ」


 兵士は必死で首を振る。


「お味方です。ラムラーナポンテ様が…、お后様を見間違えることなどございません」


 后が? と絶句するペシャグラントの前に、輿がそのまま乗り入れてきた。


「王様…」


 輿から降りると、ラムラーナポンテは、崩れるように王の腕の中に身を投げ出した。


「后よ…、なぜ?」


 問うペシャグラントに、まるで幻から覚めたように戸惑いつつ、ラムラーナポンテは答えた。


「私にも、何が何やら、つい今しがたまで王宮にいたと思いましたのに」


 そう言うラムラーナポンテの顔に安堵の色が浮かんだ。


「でも、王様、お会いできて嬉しゅうございます」


 困惑したペシャグラントは、ラムラーナポンテを抱きしめたまま、その場に立ちつくしている。


――ちっ


 旅団長は、輿の中に異形の灰頭巾を認め、思わず舌打ちした。こちらもどうなっているのかわからないが、とりあえず自分の聞いていた謀議と内容が違う。旅団長は膝を屈したままにじり寄り、王に重ねて進言した。


「お味方が増えたとは頼もしい。さあ、不逞の輩を成敗に」


「空の箱舟は降りてはこない」


 そのとき初めて、旅団長は異形の者の声を聞いた。予想に反して、それは若い女の声に聞こえた。


「急ぐ必要はない」


「しかし…」


 異形の者の場を圧する気配に、形だけでも抗じて見せたペシャグラントの胆力を誉めるべきかもしれない。実際のところ、その場にいたものは、ペシャグラント以外、声を発することはもちろん、動くことさえできなかった。


「空の箱舟はこない」


 異形の者はくりかえした。


「星の武器が手に入らないから、落胆して散り散りになる。追手を出すのはそれからでいい」




「親方、準備は万全です」


 そう言う兵士の顔を睨み付け、旅団長は、兜を脱いで投げ捨てた。


「出撃はなくなった…」


 そして、旅団長は、部下の兵士にかみついた。


「親方はやめろ、って言ってんだろが、いつまで山賊のときの気分でいやがる」


 すみません、と謝る部下には目もくれず、旅団長は椅子に座ってひじ掛けにもたれた。


――異形(アイツ)め、何を考えてやがる


 異形の言う通りなら、確かに、いま出撃する(うってでる)必要はない。


 だが、異形が嘘をついていて、空の箱舟がこない、というのは進軍をとめる口実に過ぎないのだとしたら…


 王の軍は、后の援軍を含めて、ほぼボルテウスすべての戦力と言っても過言ではない。


 いま出撃すれば、反乱軍の奴らなどひとたまりもないだろう。


 だが、しかし、


 星の武器があれば…


「あの、…団長」


 恐る恐る声をかけてきた部下に、旅団長は、にんまりと狡猾な笑みをむけた。


「おう、怒鳴ったりして悪かったな」


「いや、それは、なんてことないです。それより、…出撃取りやめで残念でしたね」


「いや、そうとも言えんぞ」


 旅団長は立ち上がり、かたびら(丶丶丶丶)を脱いで壁にかけた。


「これは、絶好の機会かもしれん。俺は見てるだけでいい、どっちに転んでも俺は勝つほうにつけばいい。日和見は、俺の大得意だからな」




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