二重惑星(8)
「では、……殿がお見えになっておりますので、ラムラーナポンテ様、ご用意を」
宰相の言葉を聞き逃したラムラーナポンテだったが、いつものことなので、あまり気にはとめなかった。宰相の言っていることは、いつも無意味な音調の連なりに過ぎず、たとえ、すべて聞き流したとしても、政務が滞ることはなかった。
謁見の大広間までの長い廊下を、付き人と警護の者たちを従え、ラムラーナポンテはゆっくりと進む。
2つ並んだ玉座の一方、后の側に腰をおろしたラムラーナポンテは、背もたれに身をゆだね、来訪者を待った。
「……殿、御前へ」
宰相が来訪者の名を呼んだが、ラムラーナポンテはまた聞き逃してしまった。謁見の間の入り口に見えた奇妙なものに心を奪われていたからだ。
それは、あまり人のようには見えなかった。遠くからでは黒い影に見えるそれは、音もなく大広間の真ん中をまっすぐにラムラーナポンテに近づいてくる。
影のようなそれは、黒いのではなく、布を頭からすぽりかぶっていたのだ。深々とかぶった暗灰色の頭巾に、足元をすべて覆ってもなお余るぶかぶかの外套を引きずりながら、ラムラーナポンテにむかって進んでくるそれは、ひどく小さい。
その異形ぶりに、宰相を除く全員が、唖然とただ眺めるばかりだったが、ふと気づいた衛士たちが、わらわらと灰頭巾を取り囲む。
「無礼な、被り物を取れ」
叫んだ衛士が押しとどめようと前に出るが、うっ、と唸ったままその場にくずおれた。他の衛士たちもそれ以上は身動きが取れず、苦悶の表情を浮かべ持っていた槍を取り落とした。
からん、と鳴る槍の落ちる音に、ラムラーナポンテは思わず身を乗り出した。その眼前に、いつのまにやら、進み出ていた灰色頭巾は、黙ってローブの中に手を怪しく蠢かす。
季節はずれの夜気を嗅いだように思ったラムラーナポンテは、目の前の頭巾に隠された暗がりに引き込まれるように、意識を失ってしまった。
「このような、急な出立とは何事?」
后の輿の横につく宰相に、近衛分隊の長は、果敢にも食い下がった。
「何事かと問われても、お后様の思し召し故、なんとも…」
薄ら笑いを浮かべて、のらくらとやり過ごす宰相に、しびれを切らした隊長が礼を失して輿に近づく。
「ラムラーナポンテ様」
かけられた声に応じて御簾が開く。
后のとなりに異形の灰頭巾がうずくまっている。
――貴様
いきり立って灰頭巾を捕えようとした近衛兵たちを、ラムラーナポンテが右手をあげて制した。
「門を開けよ」
凛と、ラムラーナポンテの声が響いた。
「私に従い、輿を前へと進めよ」
かつて見たこともない、氷のようなラムラーナポンテの貌に、近衛の者たちは、怖気をふるい、逆らおうとする気力すらわかなかった。
「おい、どういうことだ。后が城から外に出てしまったぞ」
丘の上から城内をうかがっていた2人。后の輿をみとめたでぶっちょが、あわてて隣の男を問いただす。
「どうって、城の外に出てマズイことでもあるのか?」
灰頭巾の男。こちらも深々と頭巾を被り、その表情は知れないが、服装のほうはいたって普通で、狩人着にズボン、長めの編上げ靴という出で立ちだ。
「アイツ、后を思いのままに操れる、という触れ込みだったではないか」
「操ってるだろう? いっしょに輿に乗ってる」
「しかし…」
でぶっちょは、眼下に遠く見下ろす輿と、城、そして灰頭巾の男を順繰りに見比べる。
「王の留守の間に后に取り入って、城を乗っ取る、そういう話しだったはずだ」
「そんなことしたって、王が帰ってきたら、また取り返されるのがオチだろう」
「后がこちらの手中にあれば王は手出しできん」
「そりゃ、お前みたいな小者相手なら、人質も役に立つだろうがな」
頭巾の下、男は声を隠すこともなく笑った。
「あの王に、そんなもんが利くかなぁ」
口を開けて言いかけた言葉を飲み込み、ふとっちょが苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
「貴様、我々に味方するのではなかったのか」
「してるだろう? お前の目は節穴か?」
男はうそぶく。
「王と后、どちらか片方が残っていれば、お前らに勝ち目はない。…2人まとめて始末しない限りはな」
「ひとりでも持てあましているのに、2人いっしょにだと?」
「やるんだよ。ばかやろう」
灰頭巾はでぶっちょの尻を蹴とばした。
「さんざ自慢してたじゃねえか。ほんものの光の殿方の星の武器があるんだろう? それとも何か? ありゃガセか?」
「ウソではない」
でぶっちょが答えた。だが、しかし、その背にはびっしょりと冷や汗が浮いていた。
「ウソではない…、が、その、まだ…、我々の手許には…」
はん、と鼻で笑う灰頭巾に、あわてて、でぶっちょが言葉をついだ。
「本当だ。本当に、星の武器は手に入るのだ。青き天楼が真夜中の中天にかかるとき、空の箱舟が星の武器を携えて降下する」
「そんな世迷い言、信じられるか」
「世迷い言ではない、光の殿方が現れて、我々の目の前で語ったのだ」
「じゃ、呼んでみろ」
「何?」
男の突然の要求に、でぶっちょは、うろたえた。その狼狽をあざ笑うがごとく、灰頭巾の下で男が言う。
「光の殿方だよ。ここに呼んでみろ。俺も光の殿方の話しを聞いてみたい」
「無茶を言うな」
でぶっちょは、ぶるぶる、と身体をふるわせた。そして、何かにおびえるように、時々振り向いては、自分の背後に誰もいないことを確認した。
「光の殿方が、貴様のような者にお会いになるはずがない」
ほほう? 灰頭巾が、さも馬鹿にしたように笑う。
「その下賤の輩に手伝ってもらわなきゃ何もできん、でくのぼうは何処のどいつだ? そもそも、なんの証拠もなしに、てめえのふざけた話しを信じろ、っていうほうが、よっぽど無茶だろうが。空からお船が降りてきて、とっても強い武器をくれます。だから、ボクらがぜったい勝ちます…、…馬鹿か、てめえは」
でぶっちょは、膝を折ってその場に崩れ落ち、驚いたことに、めそめそと泣き出した。
「…光の殿方は、最近、…我々の前にすら現れてはくれんのだ。…我々だって不安なのだ。光の殿方のお助けがなければ…、我々は…」
まあ、いい、灰頭巾は吐き捨てた。
「こっちも乗りかかった船だ。その光の殿方の船が降りてくるまで、つきあってやらあ」
踵を返して丘を降りる灰頭巾の男。でぶっちょは転げるように男の後を追った。




