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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
紐とコンピュータ
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二重惑星(7)


 ラムラーナポンテは憂鬱だった。


 ペシャグラントが遠征で留守だ、ということもある。


 だが、それを言えば、ペシャグラントは常に留守がちだった。


 ペシャグラント王が首都(ボルテウス)に不在の間は、なにくれと后であるラムラーナポンテが内政を司ることになる。


 嫌だった。


 世評はどうあれ、ラムラーナポンテは、政治(まつりごと)の類は自分には不向きだと思っている。


 ラムラーナポンテは、いまでもバイツリニエンデレ(光の殿の釜)山が噴火したときのことを憶えていた。


 忘れようがない。


 その日までラムラーナポンテには名が無かった。


 フェルトート(神の鉄槌)山の贄の一人。


 彼女はその時、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 レルムは一緒に逃げようと言ってくれたが、


 両親のこと、弟や妹のこと、友だち、


 それにボルテウスに住む人たちのことを考えれば、レルムと落ちのびることには身体がすくんだ。


 けっきょく、それは正しかったのだが、彼女が聡明であったわけではない。


 臆病だっただけだ。


 バイツリニエンデレ(光の殿の釜)山から業火の矢が天に突き抜け、


 その後で、光の殿方の箱舟からレルムが降り立ったとき、


 すべてが解決したのだと思った。


 レルムも帰ってきたのだし…、


 まあ、事実、そうだったのだが。


 その大混乱の中、レルムと一緒に逃げ出していれば…


 後になって思えば、それが最初のチャンスだった。


 もし、そうしていれば、レルムと名も無き女は、二人だけで幸せに暮らせたかもしれない。


 ことによれば、もしかしたらの話しだが、子供だってできたかも。


 ただ、あの時は、あまりの幸運に、二人とも互いの無事を喜ぶだけで、他のことは考えている余裕がなかった。ぼーっ、と日々を過ごしていた。


 ぼーっ、としているうちに、レルムはペシャグラント(罪を償いし者)王になってしまった。レルムがペシャグラントになっても、二人は寄り添ったまま変わらず過ごしていたのだが、王の后に名がないのはおかしい、と、言い出した者がいて、名もなき贄にはラムラーナポンテ(奇跡の捧げもの)という名がついた。


 光の殿方が星へと帰ってしまったあとには、何であれ、その奇跡を示す何かを残しておかねばならなかったのだ。


 そして、光の殿方の箱舟から降り立ったペシャグラントは、まさに奇跡の証だった。そのペシャグラント―レルムが、贄の女を救うために光の殿方に相対したというのなら、ラムラーナポンテもまた証の一端の支えとならざるを得ない。


 ペシャグラントは、代理の殿(レルフニーア)と呼ばれることもある。


 それほどに、光の殿方の御業(みわざ)は凄まじかった。それを目にした者たちは、代理の殿(レルフニーア)にすがるしかなかったとも言える。


 だが、聡明にして光の代理者であるペシャグラント王も、安穏とその居座につけたわけではない。


 神の鉄槌の儀式を復活させようともくろむ輩は陰に陽に王の周囲を脅かした。


 幸いにも、前王の光の殿方に対する恥辱にまみれた応対や、神官の呼び出した囁く者(丶丶丶)が、光の殿方の槍で、文字通り、こっぱみじんに打ち砕かれたことなどが、口さがない噂としてボルテウス中に広まっていた。もはや、神の鉄槌派の言い分など歯牙にもかけない者がほとんどだった。


 それに、バイツリニエンデレ(光の殿の釜)の標高は、フェルトート(神の鉄槌)より、とても高い。神の鉄槌派に、よるべきものは無いように見えた。


 そうは言っても、神の鉄槌の儀式は、長い年月を経て、この国のすみずみにまで浸透している。それによって秩序、というより序列、いや権力が築かれていた。


 何の根拠もない権力ではあったけれど、根拠がない分、取り上げられるほうはたまったものではない。


 それに、光の殿方は帰ってしまった。


 代理の殿(レルフニーア)などどれほどのものか。


 口には出さぬまでも、守旧の者どもは、虎視眈々とペシャグラントの隙を狙う。


 こうなってはしかたがない。


 元はと言えば、ラムラーナポンテは神の鉄槌の贄を初めて逃れた后である。


 自分の逃れた贄の責を他の誰かに負わせるなど、もってのほかだった。


 ペシャグラントも同じ思いだったに違いない。


 だから、王と王妃は、徹底して、神の鉄槌の復活に抵抗した。




 事態が変わったのは、空の箱舟が、またやってきたからだ。


 今度の箱舟は、100隻を優に超える大船団だった。


 神の鉄槌派は、光の殿方が帰ってきたのだと思い、ボルテウスから一目散に逃げ出した。生きた心地もしなかっただろう。


 ペシャグラントにしても似たようなものだった。


 それでも、はじめてのとき(丶丶丶丶丶丶丶)と同じように何とか踏みとどまった。


 ふたを開けてみれば、彼らは光の殿方ではなかった。


 殿方の細長い使者たちのほうだったのである。


 ことにヒューリューリーと名乗る使者は、本当に、あの日、ペシャグラントをぐるぐる巻きに捕まえた使者だった。


 ペシャグラントしか知らない秘密、ヒューリューリーに再開したペシャグラントは、光の殿方のことを思い出して、王の威厳も何もかなぐり捨ててヒューリューリーをかき抱いて泣いた。


 殿方の使者たちは、1万を超える人数で、しかも、蒼天にかかる神々の鉄槌をむけた敵地から来たのだという。ペシャグラントは肝を冷やした。そして、ボルテウスの民は、殿方の使者たちに何の敵意も持たないことを、何べんも説明した。


「そんなこと、最初からわかってますよ」


 というのがヒューリューリーの弁である。


 ペシャグラントは、ヒューリューリーを使者殿と呼ぶ。よほど初対面の印象が強かったらしい。ヒューリューリーはペシャグラントの好きなように呼ばせていた。もう、昔のヒューリューリーではないのだから。


 ラムラーナポンテはサイユルの一人と仲良くなった。ペシャグラントの影響もあって、サイユルが異形であることにはあまり抵抗はなかった。むこうからすれば、ベルガーだって異形だろう。サイユルの友だちはヤンフーリーと自分のことを名乗った。


 星を超えてやってきた、殿方の使者たちのもたらしたものは驚くべきものだった。


ホンモノ(丶丶丶丶)は、とてもこんなもんじゃありませんよ」


 と使者殿(ヒューリューリー)は言うのだが、使者殿の携えてきた装置の類、何より、空の箱舟は驚異的だ。ペシャグラントは、この技術でもって、いまのボルテウスがかかえる問題がほとんど解決できてしまうことに驚愕した。


 王を捧ぐ者たちは、王に倣って、この異形の使者たちを迎え入れた。ひとたび、交わりを持てば、光の殿方の使者たちは、神の鉄槌の支持者よりは、はるかに話しのわかる相手だった。


 そうして、ボルテウスは、しばしの安定を得た。


 神の鉄槌派は、いまだボルテウスを囲む集落に潜んでいるとの噂が絶えなかったが、すくなくともラムラーナポンテの目の届く範囲では、その影を感じることは少なくなった。


 本当に彼らは、ラムラーナポンテにとって福音の使者だったのだ。


 ヤンフーリーは、よくラムラーナポンテのもとに遊びに来た。


 皇后への面会は、通常、相応の警護をもってしかるべきだが、ベルガーの民がサイユルを真似ることは体形的に不可能だったので、ヤンフーリーが来る分には偽物の心配がなかった。


 王妃はこの異星のお客をとても気に入っていた。彼女は、ラムラーナポンテの知らないことをたくさん話してくれたから。


 (そら)を渡る、ということを、ヤンフーリーはとても熱心に説明してくれる。


 ヤンフーリーの言う、とても怖ろしい真空(丶丶)のことは、ラムラーナポンテにはあまりよくわからなかった。


 それでも、一生懸命、身体をくねらせて、ヤンフーリーは自分も見たことのない、他の胞宇宙(セルベル)のことをラムラーナポンテに話してくれた。


「光の殿方に会ったことはある?」


 ラムラーナポンテの問いに、ヤンフーリーは、いいえ、と答えた。


「光の殿方に会ったことがあるのは、この胞宇宙(セルベル)では、ペシャグラント王とヒューリューリーだけです」


 そう、と肯くラムラーナポンテの貌には、自分でも理由のわからぬ安堵の色が浮かんでいた。




 ある日、ヤンフーリーは、ラムラーナポンテに言った。


「しばらく、ご無沙汰いたします」


 とある人たちを宇宙に迎えに行くのだという。


 途方もない話しだった。


 箱舟に乗って空からきたヤンフーリーでなければ、とても信じることができない話しだった。


 ペシャグラントも難色を示した。ヒューリューリーも不在になるとのことだったから。


 最近、神の鉄槌派が星の技術を手に入れた、との報告がペシャグラントの耳に入ったこともあり、一時的であれ、使者殿を欠くことは王にとっても不安の種である。


 だが、ペシャグラントにもラムラーナポンテにも彼らを止める術はなかった。


 異星の友だちの訪問が絶えてほどなく、辺境で不穏な動きあり、との報告があった。


 ペシャグラントは、やむなく、手勢を率いて辺境へと赴くことになった。


 輿(こし)の上のペシャグラントを見送りつつ、


 ラムラーナポンテは王にむかって大きく手を振った。


 できることなら、


 ペシャグラントに行ってほしくはなかったのである。


 けれど、


 ラムラーナポンテも、ペシャグラントも、自由というものからは、ほど遠いところにいた。


 ラムラーナポンテは、夫の無事を祈り、ただ耐えるしかなかった。



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