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ワンダー7 センシティブ  作者: 二月三月
子供の時代
14/51

マーブルストライプ

 ユズルヒノがコンソールに浮かぶ木星を凝視している。


 数度操作を繰り返し、大赤斑の部分を拡大する。フォーカスを調整して鮮明度を上げると、また見入る。


「御執心だな」


 ジュニアが声をかける。


「大赤斑、好きなのか?」


「お、(にい)ちゃん、いいところに来たな」


 ユズルヒノはニコニコ顔で振りむいた。


「マーブルケーキ作ってくれ」


――そっちかよ


「…作るけどさ。赤でマーブルなんてあまりないからな。クランベリーとかでいいのか?」


「何言ってんだ、(にい)ちゃん」


 ユズルヒノが口をとんがらして抗議した。


「マーブルケーキ、って言ったら、チョコマーブルに決まってるだろ。赤いケーキなんかいらない。ケーキは、見かけより味だよ。大事なのは味と量だ」




「あら、また、ケーキなの?」


 キッチンに入ってきたダーが、キッチンテーブルの上を一瞥して声をかけてきた。


「分量からすると…、パウンドケーキかな? チョコが湯煎してあるからチョコマーブルね」


「あたり。木星見てたら、食べたくなった、ってユズルヒノに言われた」


「あら、まあ」


 と、ダーが笑う。


「そういう優しいところは、ほんとうにお父さんそっくりね」


「そういう件で、似ていると言われたことはないな」


「世間の人は見る目がありませんからね。実際、ジムドナルドほど優しい人には、いまだ会ったことはありません」


「では、私の秘蔵のブランデーを供出しましょう。香りつけにどうぞ」


 いつの間に現れた、エイオークニの手にあるコニャックのラベルを見つめ、ジュニアは苦笑した。


「ちょっと、ケーキに使うには高級すぎやしないか?」


「そりゃあ、本格的なブランデーケーキに使われたら、私だってがっかりですがね。お嬢さんたちにはまだ早いでしょうし、ほんの香りつけですよ。アルコールはよく飛ばしてください」


 ジュニアはエイオークニから受け取った瓶の蓋を開け、ほんのひと振りボウルに注いだ。そのまま瓶をエイオークニに返そうとすると、横からダーが手を出した。


「これは、わたしが預かっておきますね」


 当たり前のようにダーが言う。


「飲みたいときはいつでも言ってください。オードブルも合わせてお出ししますから」


「それはとても良い考えですが」


 言葉とは裏腹にエイオークニの口調は非難がましかった。


「気付け薬というかですね。少し含んで気分を昂揚させるといった用途もあるわけでして…」


「そういうときは、言ってくだされば、良いお薬をさし上げます。お腹が空のときにアルコールだけを摂取するのは、体に障りますから」


 そう言い残すと、ダーはすたすたと去っていってしまった。


「気の毒したな」


 小声で耳打ちしたジュニアに、エイオークニは、ニヤリと笑んだ。


「なあに、気にすることはありませんよ。ああいうものはね、1本だけ、ということはあり得ないのです。とくに正統派の酒飲みにとってはね」


 そう言ってエイオークニは、上着の襟を少しだけ開いてみせた。内ポケットの端からバーボンの小瓶がのぞいていた。


 精進しとくよ、と言って、ジュニアはケーキだね(丶丶)を手早くかき混ぜた。ほのかに甘くブランデーの香りが鼻腔をくすぐる。




「うわぁぁぁ」


 カットされて、真っ白な皿の上に美しい縞模様を見せるマーブルケーキに、カオルヒノが感動でうち震えている。


「ジュニアは?」


 心配そうにアンヌワンジルが口をはさむ。


「味見で腹いっぱいだから、アタシらだけで食えってさ」


 言いつつ、ケーキの一片をつまんで口に運ぶユズルヒノ。


 負けじとカオルヒノも手を伸ばす。


「紅茶はいかが? カオルヒノはホットミルクでしたね」


 ダーは小盆の上にのせたティーセットとマグカップを、皆の前に配っていく。


 ありがとう、と言って、アンヌワンジルは、まず、紅茶を口に含んだ。


「木星は初めて?」


「ええ」


 ユズルヒノとカオルヒノがケーキに夢中なので、自然とダーの質問に答えるのはアンヌワンジルになる。でも、アンヌワンジルの目もマーブルケーキを追っているわけで、気づいたダーは2切れ、ケーキを小皿に取り分けてアンヌワンジルの前に置いた。


「わたしも初めて」


「え?」


「木星はわたしも初めてです」


 ダーがそう言うのを聞いて、アンヌワンジルは何だか不思議な気分になった。


 アンヌワンジルとしては、ダーは何でも知っていて、そしてずっと昔からいる、そんな存在だと勝手に思い込んでいた。だからダーが、初めて、と言ったことがとても不思議に思えた。


「ジュニアとは、うまくいってる?」


 アンヌワンジルの手が止まり、ティーカップをテーブルに戻した。


「どうかな? あまり、よくわからない」


 そう、とダーは微笑んだ。


「うまくいってるみたいで安心しました」


 え? という顔のアンヌワンジル、双子は2人の会話を気にも留めずにケーキに没頭している。


ジュニア(あの子)はとても難しい子だから」


 と、ダーは笑う。


「よくわからない、程度ですんでいるのなら、上出来ですよ」


 どう答えて良いのかわからない、アンヌワンジルは、笑ってごまかした。


「あんま、気にすんなよ。姉ちゃん(シス)


 3切れめのマーブルケーキを平らげたユズルヒノが、紅茶を飲みほして言う。


ばあちゃん(ダー)は心配性だからな。(にい)ちゃんみたいなのは、宇宙全体でも何人もいないから、わからなくて当然だよ」


「そうです、そうです」


 こっそり5切れめを食べ始めたカオルヒノが尻馬に乗って訳知り顔をする。


「お(にい)さんは、本気で問い詰めないと、すぐごまかそうとしますから、油断できません」


「ジュニア、って嘘ついたりするの?」


 驚くアンヌワンジルに、カオルヒノは首をぶんぶん横にふった。


「嘘なんかつきませんよ。嘘つくぐらいなら可愛げもありますけど、本当のことを言わないだけです。だから、始末に悪いのです」




「食うか?」


 ジュニアの差し出したマーブルケーキを、ゴーガイヤはつまんで一口にほおばった。


「こんな洒落たもん食ったのは、ひさしぶりダ」


 ゴーガイヤは食べながら、笑う。


「うまいゾ。ありがとウ」


「気に入ってくれたんなら、何よりだ」


光子体(リーニア)のときは、食いものなんか、食えなかったからナ。それで慣れちまったから、励起子体(パウフラニア)になっても、あまり食わなかっタ」


励起子体(パウフラニア)は、食っても、食わなくても、どっちでもいいからな」


「どっちでもいいの知ってるのに、何故、食わそうと思っタ?」


「どっちでもいいのに、何故、食ってみようと思った?」


 ゴーガイヤはジュニアを見つめた。


 ジュニアもゴーガイヤを見つめ返した。


 そして、2人は、同時に笑い出した。


「オマエ、ほんとうに親父サンにそっくりだナー」


「そりゃ、どうも」


 ひとしきり笑ったゴーガイヤは、ジュニアに言った。


「やっぱり、氷の星(エウロパ)には行ったほうがイインダな」


「無理にとは言わないが、できればな」


「無理ではなイ」


 もう、ゴーガイヤは、笑ってはいなかった。


「オレはいろんなものから逃げてきタ。オマエの親父―ジムドナルドが、逃げてもいい、と言ったんダ。もちろん、いつかは逃げるのをやめなきゃならなイ。それぐらいはオレも知ってル。そして、オマエが来タ」


 ゴーガイヤの双眸に、淡い光がともった。


「オレは、これからどうなル?」


「なりたいもの(丶丶)になるさ」


 ジュニアは答えた。


「俺もあんたも、けっきょく、それしかできないからな」



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