光弾
農場。
ジュニアはゴーガイヤの前に2枚の鋼板を差し出した。
一枚は、まっさらの水素トレイン外部構造材で、もう一枚は、アンヌワンジルが残骸から切り取った穴あきのヤツだ。
できるか? と聞くジュニアに、ゴーガイヤはニッと笑むと、新品のほうの鋼板を掴んで、天井に向けて軽く投げる。
ゴーガイヤの左の掌が、一瞬、またたいて。投げ上げた鋼板が向きを変えて壁の方向に飛ばされた。
地面に落ちた鋼板をひろってきたジュニアが、2枚を並べて、ゴーガイヤに見せる。 2つの鋼板に空いた穴は、大きさこそ違うものの、特徴はまったく一緒だった。
「同じだな」
「オレじゃねえゾ」
ゴーガイヤはそう言って、豪快に笑った。
「それは知ってる」
そう言ったジュニアは、重ねてゴーガイヤに問うた。
「同じことができるヤツを知らないか? 光子体で」
「レウインデならできル」
ゴーガイヤは言ったが、すぐさま首を真横に振った。
「でも、レウインデじゃなイ」
「俺もそう思う」
「あとは知らなイ」
用はすんだカ、と言いながら、ゴーガイヤは畑にしゃがんでイモ掘りを再開する。
「頼みがあるんだ」
ジュニアが言った。
「エウロパに一緒に行ってほしい。木星の衛星だ。氷の海がある」
「氷の星か」
イモを掘る手を止めたゴーガイヤは、しゃがんだままジュニアを見上げた。
「オマエの親父サンと、はじめて会ったとこダ。ジムドナルドは、オマエの親父サンはずっとわけのわからんことを叫んでたゾ。旅行が、どう、とかナ。懐かしイ」
「ずいぶん昔の話しだな。俺が生まれる前だ。」
「昔の話し? いや、はじめてだゾ」
ゴーガイヤはそう言うと、立ち上がって笑う。
「こっちから行くのは、はじめてダ。オレは、アノトキ、むこうから来てたんダ」
「タンクを落としたのは光子体だって言うの?」
「もう少し正確に言うと、ゴーガイヤみたいに光弾が撃てる光子体だ」
「まあ、そういうことになるでしょうね」
どうして? とは、ダーは問わなかった。理由などありすぎて、わざわざ特定するほどのこともない。
「探してみる?」
ダーはジュニアに聞いた。
「光弾が撃てて、頭の悪い光子体なんて、そう何人もいませんよ」
「頭悪い、って言ったっけ?」
「どう見ても、良さそうには見えないけど?」
やめとくよ、とジュニアは言った。
「頭の悪いヤツ、って苦手なんだ。慣れりゃ可愛いもんだ、って父さんは言うけど。俺はまだそこまでの割り切りはできないな。その点はタケルヒノ伯父さんとのほうが、まだ、意見が合う」
「光弾って宇宙船の船殻とかにも穴空けたりしない?」
アンヌワンジルが心配そうにたずねてきた。
「宇宙船の外壁はプラズマシールドが張ってあるから、光弾ははじかれる。多目的機もそうだ。水素トレインは使い捨てのつもりだったから、そのへん、少し手を抜いてる。攻撃してくるとも思ってなかったからな」
ジュニアの説明に、アンヌワンジルは、いちおう安心したらしい。それでもまだ不安が残るのか、続けて質問してきた。
「何で光子体は、攻撃してきたのかな?」
「さあなあ」
ジュニアは笑った。
「頭の悪いやつが何考えてるかなんて、俺にはわからんよ」
「頭、わるいの?」
「悪いね。確実に悪い」
「どのへんが?」
「まず、攻撃してくること自体が頭が悪い。おまけに、事故に見せかけることすらできていない。運搬阻止できたのは全体のわずか2パーセントだから、成果もないに等しい。それなのに、俺たちを邪魔しようとしている光子体がいることが、当の俺たちにバレてしまった。もし俺が、この誰だかわからん名無しの光子体さんの上司なら、即刻クビにしてるな」
「バレた、って言っても、そういうのがいるのは前から知ってたんでしょう?」
「知ってたよ。でも、俺は知ってるとも知らないとも言ってないからな。バレたってことは、もう、そういうわけにはいかないってことだ」
「いろいろ、めんどくさいんだね」
嘆息をついたアンヌワンジルは、それから、ふと思い出して、ジュニアにたずねた。
「宇宙船には入ってこれないのは知ってるけど、あたしたちが火星にいたときに襲ってこなかったのは何故?」
「そりゃあ、おっかないからだよ」
ジュニアは笑った。
「伝説の宇宙船乗組員に手を出して、まともに生き延びたヤツなんていないからな。あの宇宙皇帝ですら行方不明だ。子供はもしかしたら親よりは聞き分けが良いかもしれないが、何しろ、宇宙皇帝の腕を切り落した、って噂のエイオークニはいるし、なにより、ザワディがいる。まともな神経の持ち主なら手出しなんかできないよ」
「そうかあ、だから、ザワディも連れていったんだ」
「いや、ザワディを連れてったのは、運動不足にならないようにだよ。宇宙船が狭いとは言わないが、ライオンにとってはそれほど良い環境じゃない」
そうかあ、そうだね、とアンヌワンジルは納得していたが、向こうが襲ってこなかったいちばんの理由は、アンヌワンジルの射撃練習だ。伝説の射手の娘に、あんなマネをされて、恐怖を感じないほうがどうかしている。
もちろん、そんなことを言ったら、アンヌワンジルの機嫌が悪くなるのは必至なので、ジュニアはそんなことはおくびにも出さなかった。
「エウロパにはワタシが降ります」
突然カオルヒノが宣言したので、ユズルヒノは、ぎょっとして目を見開いた。
「ゴーガイヤも行くそうなので、ワタシのほうが良いでしょう」
「…ん、ゴーガイヤか…、じゃあ、しょうがないな。双子は片方行けばいいからな」
驚いたことに、ユズルヒノは何も反論をしなかった。双子には双子の理屈があるのだろう。
「もちろん、姉ちゃんは行くんだろう?」
「行かない、という選択肢はありませんよ。そんなことは宇宙が許しません」
「ま、そうだけどさ…」
どこに隠していたものか、ユズルヒノは、ケーキスティックを取り出して口に放り込んだ。
「役割分担はともかくとして、まだ、先のことは決まってないんだろ」
「あたりまえです」
カオルヒノも対抗して、ジュニア謹製のフロランタンを取り出し、はしっこを齧る。
「いま、この段階で、決まっていたりしたら、猛抗議です。絶対に許しません」
「猛抗議、って、誰にだよ? 兄ちゃんか?」
「宇宙にです。まあ、お兄さんに言っても、同じといえば同じようなものですが」
「直接言ったら、兄ちゃんだって困るだろ」
「そうですか? ワタシ、お兄さんがほんとうに困ってるのを見たことありませんよ?」
「困ったフリはときどきするじゃないか」
「フリだけですよ。アレは」
言いながらも、カオルヒノはどこかうわの空だ。さっきからユズルヒノの口許ばかりずっと見つめている。
「あの…」
言いかけて、口ごもるカオルヒノ。
「…ケーキスティック、まだ残ってる?」
あるよ、と即答して、ユズルヒノはもう一本、ケーキスティックを取り出した。
「フロランタンと交換してくれない?」
銀紙に包まれた、たぶん、なけなしのフロランタンを差し出したカオルヒノに、ユズルヒノは首を振った。
「いいよ、フロランタンは。まだアタシの分、残ってるから…。ケーキスティックはあげるから、食べな」
ありがとう、と、ケーキスティックを受け取ったユズルヒノは笑顔でくしゃくしゃになった。




