第48話:招かれざる客(1)
自滅憑依体が現れたと連絡がはいったのは、
全員がそれぞれの部屋で就寝しようかという時。
連絡を受けたハヤトが俺の部屋に呼びに来てくれた。
リリスとアンヌさんも直接連絡を受けたようで、廊下に全員が集まる。
すぐに出発すると決めて、クレア経由でソニアさんに非礼を詫びてから、
館の外で二体の竜に乗って、現場に飛んでいったのである。
場所はソニアさんの館から北東。
俺の【空間把握】のスキルで確認するとドラワテから南東。
大まかな位置関係で、二等辺三角形の頂点の位置にある村だった。
「火災が発生しているな」
飛んでいる竜の上でハヤトが言う。
真夜中ということもあり、遠くからでも良く見えたのだが、
何ヶ所からか火の手が上がっている。
村を囲っているのは、人の背の倍ほどの高さがある木でできた壁。
高度を下げて近くに着陸し、こじんまりした正門に急いで向かう。
そこにいた門番の話では、
ガリドナ領から竜騎士と神官が到着していて、すでに対応を始めているらしい。
「レイラか」
「だろうね、激水の竜騎士レイラ。ここはガリドナに近いからねぇ」
アンヌさんが俺たちにもわかるように言い直してくれた。
初めて聞く名前だけれど、また別の竜騎士さんらしい。
火事を消そうと多くの人が対応に追われているあいだを縫って、
自滅憑依体のいる現場に駆け付ける。
村の中央にある広場、数人の警備隊員らしき人たちが見守る中――
大きな水の玉が浮いていて、
中でひとりの男性がもがいている光景があった。
聖魔眼がこの男に反応する。胸のあたりに見えるこぶし大の黒い球体。
脈打つように大きさを変えている自滅憑依体の本体。
男の服はボロボロ。抵抗するように水の中で激しく手足を動かしている。
時折、手のひらが赤く輝き、その度に大量の泡が噴き出している。
「火魔法使いみたいだね」
火魔法の専門家であるアンヌさんがそう指摘する。
周辺が火事になっていたので、俺もそうじゃないかと予想はしていた。
自滅憑依体は憑りついた人間のスキルを強化して暴れる。
水の中で男が出している泡は火魔法で発生した水蒸気なのだろう。
「レイラが相手でちょうど良かった」
そう言って安心したように肩の力を抜いたアンヌさんが視線を向けた先、
凝った意匠の皮鎧を装備して、三又の矛を構えた女性が立っていた。
ウェーブのかかった長い金髪を後ろで束ねている。
この女性が……激水の竜騎士レイラさん。
通り名からもわかるけど、自滅憑依体を拘束しているのは水魔法。
火魔法使いを相手にするにはもってこいの魔法だ。
そのうえ、レイラさん自身の能力も高いのだろう。
かなりの大技を使っているようなのに、
平然とした態度で、整った顔に柔らかな印象のある笑顔を浮かべている。
そのすぐ近くにいるのが神官服を着た背の低い年配の男性。
この男性が浄化魔法を使える人なんだろうけど、レイラさんとは真逆に、
何だかとっても切羽詰まった表情をしているので、見ていて心配になる。
「レイラ様、こんどこそ大丈夫です!」
「三度目の正直になって欲しいですわね」
呼びかけに答えるレイラさんの艶やかな声。
二人の会話から察するに、何度か失敗しているようだ。
けれども今回は――
大きな水球が消えると同時に、その上空に大きな魔方陣が現れ、
その真下にいる自滅憑依体に憑かれた男が動きを止める。
ゆっくりと下降する魔方陣。
男の身体が静かにその場に横たわる。
魔方陣が地面に広がり、そこで光の粒になって消えていく。
一方、聖魔眼で見た状況。
黒い球体――自滅憑依体の本体が脈動を止め、男性の身体から浮かび上がる。
それから魔方陣の消滅と同時に、再びフルフルと震えるように動き出す。
力なく漂うように向かって行った先は神官の男性の方向。
しかし途中で地面に落ち、消えていった。
三度目の正直……無事に浄化が成功。
自滅憑依体の消え方は前回見たのとまったく同じだった。
残念ながら新しい発見はなかったけれど、
同じだったという事実、それだけでも収穫だったと考えよう。
遅れてきたせいで、浄化の瞬間を見逃してしまった可能性もあったのだから。
そんなことを考えながら、
激水の竜騎士レイラさんの整った横顔をぼんやりと見ていると、
彼女の視線がこちらを向く。
だが、レイラさんの目当ては俺ではなかった。
柔らかな笑顔だったのが輝くような笑顔に変わり、華やいだ声を上げる。
「あらーっ! ハヤト様、いらしていたんですね!
わたくしの活躍、ご覧になっていただけましたか!」
「疲れていないのなら、お前の魔法で火事を消していけ」
レイラさんとハヤトは、同じ竜騎士としての知り合いというだけでなく、
こんな会話のできる親しい間柄のようだ。
ハヤトが突き放すように答えた理由は、
リリスが氷魔法で鎮火作業を手伝い始めていたから。
レイラさんの水魔法は火事に対して効果的だろうから。
「いえ、正直に言いますと、疲れ切って立っていられないくらいですの。
竜騎士として威厳を保つため、ここで倒れるわけにはまいりません。
ハヤト様、どうか、肩をお貸しください」
何か別の意図がありそうだけど、ハヤトはこういう言葉は疑わない。
レイラさんが肩に手をかけるのを黙って受け入れる。
その姿を見たアンヌさん。
「レイラ……久しぶりだね。今日の昼までボクたちガリドナにいたのに、
あなたの姿が見当たらなかったけど、何処に行っていたんだい」
その途端……もの凄く凶悪な目つきになるレイラさん。
今までの優しそうな笑顔は何だったのかと思ってしまうほど。
「アンヌ……あなたもいたのね。
ハヤト様と一緒にガリドナに来ていたって話はちょっと前に聞いたわ。
あの禿げ頭、それを知ってて、わたくしに関係ない仕事を毎日押し付けたのよ」
眉間にしわまで寄せて、綺麗な顔が台無しだ。
「それで――
あなたはハヤト様に近づくハエを追い払う仕事、ちゃんとやっているのかしら。
男に興味ないあなただから、ハヤト様のそばにいるのを許しているのよ」
「いや、ガリドナさんは言われるほど禿げてないし、
ボクもレイラに許可をもらう必要はないよね。
それにボクはハヤトのそばにいるんじゃなくて、リリス様の護衛だから」
アンヌさんとレイラさんもこんな会話ができる関係らしい。
こんな会話が良いか悪いかは別にして。
「リリス様ね。まあ、あの子はハヤト様に手を出しそうもないから許すわ。
そういえば聞いた話だと、リリス様は神託を受けて……」
レイラさんの視線がこっちを向いた……ギリッと音がしそうな目つきのままで。
どうやら、俺が誰だか思い当たるフシがあって、
さらに――どういう立場なのか知っているようだ。
「あなたが……」
レイラさんがそう言いかけた時に、ハヤトが口をはさむ。
ここまでの露骨な話をまるっきり無視する親友の心臓には恐れ入るが、
元の世界でもいつもこんな感じだったので驚いたりはしない。
「オレの古くからの知り合いのユウキだ。
この世界に来てからまだ日が浅い。いろいろよくしてやってくれ。
だが、もし良からぬことをするつもりなら俺にも考えがある」
俺に敵意が向けられそうになると必ずかばってくれる。
女性からしてみれば、男同士の友情なんて理解できなくて、
邪魔をする奴くらいに思われることが多かった。
ハヤトに好意を寄せる女性から受ける、こういう態度には慣れてしまった。
「いえいえいえいえ! ユウキ様ですね。
こんな格好で失礼します。わたくしレイラと申します。
これからもよろしくお願いいたしますわ。
ハヤト様とは何年も、ガリドナの竜騎士仲間として仲良くしていただきました」
こんな格好でというのは、ハヤトの肩に体重を預けながらという意味だろう。
手のひらを返す様に態度を変えたレイラさんにアンヌさんがぼやく。
「ユウキ君、レイラはこんな奴だけど、
これ以外はかなりまともだから、まあ勘弁してやってよ」
「アンヌ! 何よそれ!」
とまあ、こんな調子で――
今回の自滅憑依体との遭遇では、俺たちの出番が無いまま終わってしまった。
で、ふと関係ないことを考えてしまったのだけれど……。
いまは少し離れた位置でナナミに肩車されているクレア。
ちなみに二人ともとっても眠たそうな顔をしている。
そして、あれほどにはっきりとハヤトに親愛を示すレイラさん。
この人は、あの魔族の幼女がハヤトの娘だと聞いたら、
いったいどんな反応をするのだろう――激水の竜騎士と呼ばれる女性は。
知りたくもあり、知りたくもなし……って感じ。
◇ ◆ ◇
で、リリスが鎮火を手伝った以外は何もしなかった俺たち。
特に疲労もしていないので、さて帰ろうかと考えたけれど、
もう深夜に近い時間帯、ソニアさんの館に戻るのも気が引ける。
ということで、報告がてらガリドナ領に行こうという話になった。
実際の報告は翌朝にして、ハヤトが勝手知ったるガリドナさんの屋敷。
その一角にある宿泊所――といっても宿屋の一室と変わらない――を、
三部屋使わせてもらって、いつものような組み合わせで泊まることにした。
突然出撃したり帰還したりする人のために、いつでも利用できる宿泊所らしい。
翌朝――
眠い目をこするナナミとクレア。
二人には「まだ寝ててもいいよ」と言って、ひとつの部屋に置いていく。
それからハヤト、リリス、アンヌさんの後ろに俺も付いていく。
着いた場所は豪華な飾りのある広い会議室。
中央の長机の先、一番奥にひときわ豪華な椅子がある。
左側に並ぶ椅子に座っていたのは、
レイラさんと昨日の年配の神官と、他に着飾った服を着た男性が三人。
その対面にハヤト、リリス、アンヌさんと続いて俺が着席する。
レイラさんは昨日見せた凶悪な目つきなど、
まるでなかったかのように柔らかな微笑みを浮かべている。
皮鎧姿なのだけれど、あふれる気品はリリスと比べても遜色がない。
「待たせたようですね」
そう言って奥の扉から現れた男性が正面の席に座る。
この人が領主のガリドナさんなのだろう。
服装がいかにもって感じだ。
見た目で四十歳くらいだろうか。切れ長の目つきと通った鼻すじ。
長い髪の毛を全て後ろになでつけ、頭の真後ろで縛っている。
広い額が理知的に感じさせる。
――この髪型を禿げ頭と呼んだのか、レイラさんは。
そのレイラさんが昨晩の状況をガリドナさんに優雅な口調で報告。
神官の人は浄化魔法を二回失敗し、三回目に成功した件も正直に話をしていた。
「連絡用魔法石は役に立ちましたか」
この場にいる人たちの関係性が、どういったものなのかわからないけれど、
ガリドナさんは全員に対して丁寧な話し方をしている。
「そうですわね。今回の自滅憑依体の宿主は火魔法を得意としていました。
これまでですと連絡を受けて到着するまでに、
あのくらいの村ならば全焼していてもおかしくないのですが、
今回わたくしが到着したときは、建物が十棟ほど燃やされた程度でしたわ」
「オレが空から見てもそんな感じだったな」とハヤト。
ハヤトの同意が得られたのが嬉しいのか、
レイラさんが一瞬だけ目を輝かせる。
「それに正体を現してからの時間も短かったので、
第二段階に移行する時間を気にしなくて良かったのも、ありがたかったですわ」
自滅憑依体は約一日経つとさらに凶暴化して、浄化魔法で対処できなくなる。
「あの村から馬を走らせて、ここガリドナ領に知らせに来る時間、
それが最も対応を遅らせる要因なのは自明の理。
こちらから竜で飛んでいくのとは比較にならない時間を要するわけですから」
そう言って、ちらっとハヤトに視線を送る。
「従いまして、その時間をほぼゼロにできる手段とは、
時間による自滅憑依体の強化が未だ初期の段階で対処でき、
素早い対応で周辺の被害も最小限に抑えられる――ということになります。
このような効果をもたらす魔法石……素晴らしいとしか言いようがありません」
静かに目を伏せて報告を終えるレイラさん。
ガリドナさんが感慨深くうなずく。
「そうですか。今回の事件が連絡用魔法石を配った村だったのは幸運でしたね。
新体制の有用性が、早くも証明できたということですか」
好ましい結果を受け、その場に安堵の空気が流れる。
すると、それまでしとやかだったレイラさんの雰囲気が突然変わった。
「すべてハヤト様のアイデアのおかげですわ!
そうですわ、ハヤト様! わたくしと直接連絡が取れるようにしませんかっ!」
左手首にしている俺たちと同じ連絡用魔法石の入った腕輪。
それを突き出すようにハヤトに見せて、右手で「これこれ」と指差す。
いきなり動きが下品になる。
それに対するハヤトの返事はいつも通り冷静なもの。
「いや、それは必要ないだろう。連絡用魔法石が勿体ないしな」
レイラさんが「がーん!」と口に出してガッカリ感を表現する。
いろいろと落差が激しい人だ。こういう人を残念美人というのだろうか。
最初の優雅さを失って、しょぼぼんとしているレイラさんをそのままに、
その後も他の人たちで話し合いがなされ、しばらくして報告会議が終わる。
聖魔眼については秘密にしているので、この場で俺が話すことは何もなかった。
ハヤト達が所属しているパーティの、
名前だけリーダーだという理由でこの会議の末席に座っただけだから。
だから、最後にガリドナさんから声を掛けられたのも、
社交辞令だと思った……のだけれど。
「君がハヤトが待ち焦がれていたという人物の――ユウキ君ですか」
「……はい」
ちょっと俺を説明する言葉とは違うと思ったが、一応肯定する。
たとえばパーティ『勇敢な瞳』のリーダーだとか、
ハヤトと同郷だったとか、リリスが受けた神託に名前が出たとか、
もっと他に色々とあると思うのに。
問い掛けたガリドナさんの瞳の奥に、
レイラさんと同じ光があるように感じたのは……気のせいに違いない。
「オレの古くからの知り合いのユウキだ。
この世界に来てからまだ日が浅い。いろいろよくしてやってくれ。
だが、もし良からぬことをするつもりなら俺にも考えがある」
ハヤトが誰かに言った台詞とまったく同じ言葉をガリドナさんにも言う。
これも……特に深い意味はないのだと思いたい。
◇ ◆ ◇
引き止めるレイラさん(もちろんハヤトだけを)を振り切って、
昼食も取らずにガリドナ領をあとにして、ソニアさんの館に戻る。
そこで正式にソニアさんの館から辞する挨拶をした。
今後は、昨晩のように、突然出動という事態が頻繁になるかもしれないからだ。
ソニアさんは昨晩のことも特に気にしてはいないようだったけど、
こちらが気にするというのもわかると、あっさりと了解してくれた。
もちろんそれは、ここソニアさんの管理している地域、
この土地から離れるわけではないという事情があるからこそだけど。
とはいっても――
拠点の建築はまだ土台しかできていないので、
完成までは洞窟村にある宿屋に泊まることになった。
そこで宿泊の手続きをしてから、近くの食堂で昼食。
注文をする前、ハヤトの腕輪にある魔法石が光りだす。
離れた場所に移動して腕輪を操作していたハヤトが戻ってくる。
「ユウキ、ちょっと用事ができた。出掛けてくる」
自滅憑依体の件ではないのだろう。
そう告げたハヤトの様子に何かあると感じたけれど、
ここは追及しないのが正解。
「そうか、気をつけてな」
「あぁ、今日戻れるかどうかはわからない。クレアを頼む」
「わかった」
リリスとアンヌさんは俺とハヤトの会話で察してくれたようだ。
何も訊かずに、一言の挨拶だけでハヤトを送り出す。
「じゃあ、クレアは今日もナナミの肩に乗るデス」
「うん」
ここ数日、クレアはハヤトと別れて行動していたから、
この時もわがままを言わずに、ナナミと一緒に行動することを選んでくれた。
そして残った五人で食事を終える。
「ユウキ様、ワタシとアンヌは拠点の建築現場で、
進捗の確認といくつかの打ち合わせをしてきます。
ユウキ様はこれからダンジョンに行かれるのですよね」
「うん、そのつもり」
「では、打ち合わせが済みましたら、
そちらに行きますから……ダンジョンを見せてもらってもいいですか」
「もちろん!
でも焦らなくていいから、打ち合わせのほうをよろしくね」
「はい、わかりました」
こんな感じで全員の行動が決定。
俺とナナミとクレアはダンジョン(製作中)に向かう。
ここ数日、こっちの件では何の問題も起きていないので、
能天気な顔で森の中を歩いていたのだけれど……、
ここからが、俺にとって本当の事件だった。
始まりは怪訝そうなナナミの報告から。
「……ダンジョンの前に誰かいるデス」
ダンジョン入口からはるか手前の場所。
いつもながらの超感覚で、そうと知ったナナミが俺に教えてくれたのだ。
第48話、お読みいただき有り難うございます。
次回――招かれざる客(2)
製作中のダンジョン前にいた人物とは……です。
更新は9月22日を予定しています。




